第19話 彼女からのお願い

「っぶ!! げほ、ごほ、ごほごほ……っ!!」

「大丈夫ですか!? 青崎先輩!」


 俺の背中を水野は4,5回ほど叩く。

 遠慮がない強い力だ。先祖返りだからだからなのか?

 水筒を置いてから小さく手を上げて、水野に待ったをかける。


「だ、大丈夫だ。ありがとう」

「よかったです……! あ、もし吐きたかったら一応ビニール袋も持参していますよ?」

「い、いや。大丈夫。大丈夫だから」

 

 心配そうに眉をハの字にさせながら、どこから取り出したビニール袋に俺はやんわりと拒否した。

 演技でも、上手過ぎないか……? 役者目指せるぞ水野。

 学校だから口にはできないけど。


「そうですか、だったらよかったです!」


 水野は自分の両手を合わせて、ぱぁっと明るく笑う。

 彼女のきらきらとした笑顔の星が当たるので、俺は額の汗を拭う仕草で誤魔化すことにした。

 ……ギャップ、ギャップが激しいぞ、水野。

 俺は頭を掻きながら水野に尋ねる。


「なんでまた、そんな話を?」

「私、最近ストーカーに追われていて……貴方にはその、恋人のフリをしてほしくて」

「……それが本題か」


 ほほう、と俺は内心感心した。そういう流れで恋人ってことにして一緒に動くのもおかしくないように、と……いうことなんだろう。

 しかし水野が言うのだから、ストーカーについては本当のことなのかもしれない。

 昨日、水野を家に送る時妙な視線はひしひしと感じていたし。


「俺じゃなくても頼れる人はいたんじゃないか?」

「青崎先輩の噂は兼ね兼ね聞いています。中学生の時に部活をやめられた時も、貴方のファンがいるのは知っています」

「……? ファン? 俺に?」

「ご存じなかったんですか?」

「いや、中学時代は部活命だったから……はやくオリンピックの水泳選手になりたかったし」

「まぁ、素敵な夢をお持ちだったんですね」


 ニコニコ、ニコニコ、と張り付けられた水野の笑顔に、少しぞわぞわする。

 ……水野の本来の性格を知っているせいか、わざとらしさを覚える。

 俺は鳥肌にも近いこの感情を誤魔化すためにも、彼女にあえて質問した。


「お前、こんな俺にも優しくするの疲れないか?」

「そんなことは……皆さんと一緒に学校生活できるのはうれしいですよ? 勉強も捗りますし、人生経験も多く得られます! いたれり尽くせり、ですね!」


 水野はこっちを向きながら、口角は上げているが、小声で彼女は言った。


「……はやくわかったって言ってくれる?」


 あ、さっきまで上手く擬態していたのに、本音が出てきている。

 ちょっと水野が本音を言われて俺はやはり何かあるのを感じちら、っと俺は屋上の扉の方に視線を向ける。

 水野が開けてきた扉からこっそり水野と俺の様子を伺っている男子生徒たちが見える。俺がこっちを向いたのを見て、慌てて隠れた。

 ……やっぱり、見られてるってわかってる上での行動だったってことか。

 いい加減、水野に意地悪をしていると思われそうなので俺は素直にOKを出すことにした。


「……そっか、そんな真面目の君の頼みは断れないな」

「本当、ですか?」

「ああ、君が嫌じゃなければ」

「……! ありがとうございます青崎先輩!」

「いや、気にするな。男子は困った女の子を助けたくなるものだからな」


 ほっとしたのか、水野は満面の笑みを浮かべて礼を言われる。

 俺は少し、ドキッとしながらも表情に出さないよう努めて、彼女が気を追わないように気負わせまいと適当な理由を言っておく。


「それは青崎先輩のポリシーみたいなものなんですか?」

「ポリシーというか、素直に言ってしまうと男は困ってる女の子がいたら、放っておけないんだよ。いい子ならなおさらな」

「……そういうもの、なんでしょうか?」

「俺もよくはわかってないが、水野は良い奴だとは思う。だって、みんなから好かれてるなら、きっといい子だからだと思うぞ」

「……だったら、うれしいです」


 顔を俯きながら水野はか細い声で囁く。

 まだ食べ途中の重箱を全部正しい順番に戻して、流れるような手つきで風呂敷に包むと、すくっと立ち上がった彼女はふわりとした一枚の絵画のような微笑を俺に向けた。


「また、機会があればこんな風にお弁当の中身交換しましょうね。青崎先輩」

「……ああ」

「あ、それとできれば今日一緒に帰ってくださいますか?」

「構わないが……」

「約束ですよ? それじゃあ、また放課後で」


 水野はすっと、去っていくのを眺めながら俺は自分の弁当を見る。

 

 ――――水野が顔を俯いた時に頬を赤らめたのを見過ごさなかった。


 ……もしかして、それも演技なのか?

 弁当の中から俺はおにぎりを口にした。

 水野の家系は神秘の存在である人魚の末裔なのは知ってる。

 だから、色々と一般人に溶け込むための技術は色々と彼女は磨いてきたはずだ。それを俺にバレたのは、本当に緊急事態だったのもわかっている。

 だけど、水野父にはやはり水野の夢を潰そうとしているような気がしてならなかった。その点について、俺はあの人に激怒していたが……水野の気持ちも汲めないのは違うと思ったのであんな結果になった。

 ……だがしかし、ストーカーの件については本当にわからない。


「……一体、誰なんだろうな。水野のストーカーって」

「おい! 青崎波留人!!」

「ん?」


 さっきまで屋上の扉で俺と水野の会話を盗み聞きしている生徒たちが仁王立ちしながら現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る