第17話 一人だったはずの屋上
二時間目の休み時間に俺は生雲に声をかけた。
「生雲、ちょっといいか?」
「ん? 青崎、どしたの?」
「頭痛薬、ありがとう。購買のパンを奢るとかはダメか?」
「え? いいよいいよ! 見返りも止めてあげたわけじゃないし」
「それだと俺の気が済まないんだ。生雲の好きなパンってなんだ?」
ぐぅー、とどこからか腹の虫の音がした。ちなみに俺ではない。
生雲は顔を赤くして、苦笑した。
「あ、あはは……え、っと……玉子サンドがいいけど本当にいいの?」
彼女はお腹を押さえながら、俺に恐る恐る尋ねる。
意外と普通なチョイスに、ありがたさを感じながら俺は鞄から財布を取り出す。
確か、購買の玉子サンドの値段は240円くらいだったはずだ。
俺は財布の中の小銭入れを確認すると、500円と390円がある。
後で学校帰りにサイダーを買う予定はしていたから、問題はないだろう。
とりあえず、俺は100円玉二枚と50円玉を財布から取り出す。
「ああ、それくらいは払える……今渡してもいいか?」
「あ、うん。ありがと」
生雲にお金を渡して、とりあえず安堵した。
「それじゃ、またな」
「うん、サンキュね! 青崎っ」
千種の視線を感じて、俺はスマホが鳴ったのでポケットから取り出す。
ラインではコメントに、「珍しいな、生雲と話すなんてさ」、と打たれてあった。
俺は無言で自分の席に座り「昨日に頭痛薬くれたんだ。そのお礼をしただけだよ」と返す。
すぐに返信は「おお、無理すんなよ」と来たて数分経つと、チャイムが鳴って次の授業が始まるのを告げた。
四時間目の授業も終わり、お昼時間になった。
今日はあまり湿度もなく、開けられた窓からさっぱりとした風が入ってくる。
弁当箱を鞄から取り出すと千種がやってくる。
「おーい、波留人。今日はどこで食べるよ」
「今日は一人で屋上で食べる」
今日もイチゴ牛乳を片手に持ちながら千種に素直に言ってから席を立つ。
もちろん、風呂敷に包まれたお弁当も持ってだ。
千種は以外、と言いたげに目を丸くする。
「お? 俺とは食べないのか?」
「たまにはアリだろ?」
「えー、マジかよー? 好きな子と一緒にお食事ですかー?」
「どうだろうな」
茶化す親友に平常心で返すと、彼は一口ストローでイチゴ牛乳を飲んでから真顔で聞いてきた。
「……もしかして、人魚姫様と一緒に食べようって魂胆か?」
「まさか、一人で食べたい気分になっただけだよ」
「本当かー? 嘘ついてねえかー? 親友様によー」
「そういう気分もあるってだけだろ。お前が親友やめるって言いださない限り俺はお前が好きだよ」
「っっっぶっ!!」
俺の発言に千種は飲んでいたイチゴ牛乳を吹き出した。
周囲の生徒たちは、なんだなんだ? と視線を向ける。
一部の男子にはうわー、きったな、と言っているのが聞こえてくる。
千種はイチゴ牛乳を口から零しながら咳き込むのを見て、俺は苦言を呈した。
「汚いぞ、千種。どうした?」
「げほ、ごほ……ごほ! っ、お前なぁ、ホントそういうとこだぞ!? そういうトコぉ!!」
「おかしいこと言ったか?」
千種は俺に向かって指差ししながら再度口元を制服の袖で拭いた。
親友の動揺に、俺は理解ができない。
そういうトコ、と言われて、どういうところが悪いところなのかわかる奴がいるか? ちゃんと説明してくれと言いたくなる俺はおかしいのだろうか。
「男子でそんなこっぱずかしいこと口にできんのおめぇくらいだよぉ、たくっ」
「それじゃ行ってくる」
「おー……また後でな」
千種は不機嫌そうに再度、イチゴ牛乳をストローで飲む。
俺は2-Aの教室から出て、階段を上がっていく。
弁当箱を持ちながら、軽く指で頬を掻いた。
「……本当に千種は勘が鋭いな」
いやはや、親友の勘というのは恐ろしいものだ。
千種にバレバレなのはわかってはいたが少しでもいいから水野と会って違和感なく会話するためにも、今回はあえて屋上を選択したのである。実際は個人的に屋上の風を感じながら昼食をとりたいという俺の欲望に少し負けたのは、誤魔化した千種にも、これから会うかもしれない水野にも黙っておくことにしよう。
中庭や外という選択肢もあるが、中庭なら内側の窓から中を確認できるから違うというのはわかっている。
波留人は屋上の扉の前までやってきて、一度深呼吸してから扉を開けた。
「……流石に、いるわけないか」
いろんな学校では禁止にされている屋上だが、うちの学校では許可されている……田舎だから、と言われたらちょっと反論ができなくなるが。
水野がいる、という確信があっていくわけでもないが、今日は気分的に風を感じながら昼食を取りたかった、だけの話だ。
波留人は残念に思いつつも、昼食をとることにした。
青藍色の包みをほどき、中から俺の愛用の弁当箱が登場する。
今日のメニューは、昨日の残り物でもある生姜焼きと不由美が好きな砂糖たっぷりの玉子焼き。もやしとゴマのお浸し、たこさんウィンナー、梅干おにぎりといった感じだ。
「うん、今日も悪くない感じかな」
「おいしそうですね、青崎先輩」
「ああ、そう思ってくれるか? でも今日のは残り物がほとんどで――――――って、水野!?」
水野は隣から、俺の弁当をのぞき込んだかと思えば、俺にそっとふわりと微笑んで見せた。
その笑顔は、俺が彼女の素を知っているからわかる、猫を被った笑顔だった。
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