透明のハゥフル
絵之色
第一章 透明に輝く君との出会いからの日々
第1話 水色の君
快晴の青空に眩しく感じながら、帰りの会が終わるとイギリスのビックベンを模したチャイムが響く。
各々それぞれの目的を済ませるために活動を始める。
ある女子生徒は教室の掃除を、ある男子生徒は部活に向かって燃えているだろう……そんな青春を満喫していると実感してしまう他人が、少し羨ましくなる。
ある男子生徒の一人、
「なあ、波留人。ゲーセン行こうぜ。今日も負かしてやるよ」
プラチナブロンドの頭をした彼は俺の友人である
チャラそうには見えるが別にピアスをしているわけでもないし、彼が見せてくれた漫画とかに出てくる登場人物の二枚目みたいな雰囲気はなくはないが、まあ……顔はいい方だとは思う。
胸元をシャツのボタンを軽く着崩していて、彼の色白な肌と鎖骨が少し見えて、少しだらしないといった印象だ。
普段からだるそうにしているがゲームになるととても熱い男である。
ゲームセンターの格ゲーをした時なんて、コテンパンに負かされてしまうから悔しいと思ってしまうのは千種には秘密だ。
俺は胸元のところまで軽く手を挙げる。
「悪い千種、今日は
「妹さんとか? マジ?」
「マジだ」
「……しかたねえか。じゃあ明日に期待だな」
ため息を吐きながら、残念そうに言う千種に気にするなと言う意味で拳を突き出す。
「次は負けないからな」
「楽しみにしておいてやるよ、覚悟してろ」
「もちろん」
波留人は千種と拳と拳を合わせてから教室から出る。
玄関に急ぎ足で行き上履きと外靴に履き替えて外に出ると、眩しい太陽に手をかざした。
「暑いな……」
自分の地元である学校、
夏服にしても、やはり炎天下の太陽は眩しいというもの。
黒いアスファルトの熱を靴で感じながら向かい風になって吹いてくる風に癒されつつソーダ味のアイスキャンディを食べたくなる衝動にかられながらも歩く。
俺の住んでいる
日本の中でも、本当に数知れた小さい都市なのだとか。
妹を迎えに行く途中に、海岸線が見える。
大海の指先になった白い波が、黄ばんだ砂を
見慣れた光景だ、少し海に近くて困ることがあるとするなら外干しがあまりできないことくらいだろうな。
「…………不由美に怒られるな」
いつまでもじっと見ていたら、不由美の怒号が飛んでくるのは必須だろう。
さて、そろそろ向かうとするか。
◇ ◇ ◇
人間の
中に入る前になんだかんだでコンビニで買ってしまったサイダーを口にしながら、
不由美はスマホを持っているし、連絡してくるなら後そろそろだろう。
「…………ん、来たな」
ポロン、と制服のポケットから電子音が聞こえる。
ジュースのキャップを閉めてから俺はボトルを胸と腕の間に挟んでスマホのラインを確認する。
『お兄、もうプールの前にいる? 後もうすぐで着くよー!』
スタンプにかわいらしい青い瞳の猫が押され、自分も返信する。
『いる、兄貴が干からびる前に来てくれ』
『了解でござる―! 楽しみにしておくがよーい!』
『はいはい、それとジュース今飲んでるから突っ込んでくるなよ』
『はーい!』
コメントをそう打つと、それからはもう返信が返ってこなくなったので、とりあえず一息吐く。
「…………よし」
鞄とプールバックを持ち直し、サイダーをもう一度飲もうとキャップを開けようとすると、何かが突進してくるのを感じた。
「おっ兄ぃいいい――――――!! 」
「おうっと」
全力タックルをかましてくる妹に背が完全に猫背状態というか
衝撃でサイダーが手に零れてしまった。
……特に気にした様子もないまま自分の背で抱き着いている妹をじろっと見る。
「お兄、待った?」
「待った、ジュースかかっただろ。後でお前が洗濯しなさい」
子供用の髪留めを付けた少女は俺の妹、
俺と違って焦げ茶色の髪をして、キャラメル色の瞳の彼女である不由美は猪や怪獣と評すと顔をぷくーっと餅のように膨らませられる特技がある可愛い妹である。
いたずらっ子な笑みを自分に向けてくる妹に素直に怒った。
「だって早く泳ぎたかったんだもん! ……ダメだった?」
母さん譲りの愛らしい顔が、俺の前にやってくる。
うるうる、と自分の身長と顔の良さを最大限に使った上目遣いをしてくる不由美。
……しかし妹よ、その目は兄ちゃんには響かないぞ。
「洗濯しなかったら、今日の晩御飯は辛口カレーだからな」
「えー? やってよぉお兄」
「ダメなものは駄目だ」
「ちぇー」
ぶー、と顔を膨らませる不由美の頬を
すると、また不満そうに口を尖らせて手を振って抗議してきた。
「むー! お兄、顔突かないで!」
「…………じゃ、泳ぐぞ」
「うん!」
俺はジュースで汚れてない方の手で不由美の頭を撫でる。
ふにゃりと口元を緩める妹のさっきまでの不機嫌そうな顔はどこにやってしまったのか、満面の笑顔を向けてきたのに小さく笑い返した。
水着に着替え体をシャワーで濡らしてから軽いストレッチをする。
大体終えると、不由美と一緒に手すりを伝ってプールに入った。
夏のプールは最高に気持ちいいもんだよなぁ……なんて、しみじみ言うと妹にからかわれそうだから言わないが。
潜水したり、ビート板で泳いだり、水をかけあったりとかして遊んだ。
どうしても不由美がビート板なしで泳ぎたいと
「ねえ、お兄……」
「なんだ」
「また、水泳はやらないの?」
あまり人が多くないせいか、やけに妹の言葉は聞き取りやすかった。
不由美はぶくぶくとプールの水に息を吹き込み泡を作り出す。
…………なんて、答えてやるのが正解なんだろうな。
「足、怪我したからな」
「はくりこっせつだって言ってたじゃん。すぐ直るって、言ってたじゃん」
「…………なんで、なんだろうな」
俺は笑いながらそう返すと、不由美は思いっきり俺にプールの水をかけてきた。
両手で顔を庇い目にかかるのは何とか回避すると不由美は後ろを向いて、早口でまくし立てる。
「もう上がるから、今話しかけたらお兄の好きなアイス
「……目だけは洗っとけよ」
「今からスタートなのです! 話しかけたら本気で食べちゃうんだから!」
「おう」
「…………お兄の馬鹿」
不由美は手すりに上がり乱暴にプールキャップとゴーグルを外すのを見て、自分はこれからどうするか考えることにした。
すぐに家に帰ったら、きっと不由美の機嫌は下がったままだ。
つまり、晩御飯を作る時間くらいの時間に戻れば御の字だと思いたい。
バシャ、とどこからか水の音が鳴る。
それくらいは普通だ、ここは市民プールだし誰が泳ぎに来るのも自由な場所なんだから……ただ気になったのはそこではなく、俺たちの向かい側のレーンで泳いでいたであろう少女の泳ぎについ目が留まる。
「…………あ」
水の抵抗を恐れずに突き進む様はまるで人魚を見ているような動きだ。
オリンピックの選手に負けていないくらいのスピードで、彼女はプールの壁に手をつく。息をそこまで切らしていないのを見て、水泳部かそういう団体に所属しているのだろうと推察する。
少女は横の手すりを使ってプールから上がる。
「……ふぅ」
ドキリ、とした。
水中ゴーグルを引っ張って外す彼女は、深海の色、いや太陽に照らされたサファイアと見間違えそうになる輝いた瞳が
付けていた髪ゴムをひっかくようにして外すと、彼女の髪が少しだけ揺れる。
最後にプール周りにあるイスに彼女自身が用意したであろうタオルで頭を拭き始めた、ぽたぽたと伝う水滴を零しながら。
何もかも綺麗に見えて、一種のCMかイラストを見ている気分にさえなる。
……それぐらいに、彼女の一連の仕草は綺麗だったから。
透明な湖面の波のような、そんな神秘的な美しさを覚える。
気が付けば自分は、彼女のことをじっと目で追っていた。
「……まるで、人魚みたいだ」
ぽつりと口から出てきた言葉すら意識できなくなってしまうほどに。
「…………?」
「!!」
少女がこちらを見たことに俺は慌てて潜水した。
俺は自分の口元を片手で抑えた。
――何してんだ、完全に不審者にしか見えないだろ。
いや? さっきまで妹と泳いでいたわけだから、そう思われる可能性は低い、か。 どっちにしても女性をじろじろ見るのはマナー違反というものだと爺ちゃんが言ってたな……俺は一度冷静になって思考を巡らせる。
つまり、彼女とすれ違う形で出れば問題ない。
それ以上は怪しい目に見られることはない、よしこれで行こう。俺は近くにある手すりを伝って上る。
「…………? あれって」
彼女の歩いてた方にあるものが落ちていたから、近づいて行って拾う。
シンプルな水色の髪ゴムだ、あの子が落としてしまったのだろう。
つまり、届けねばいけないことになるよな。
「…………よし」
寡黙で顔面鉄仮面と周囲から評される俺だが、落とし物くらい届けるのは将来の夢を目指す……いや、未定になってしまった自分でもいただけないだろう。
俺は女子の脱衣所に入る勇気はさすがになかったため、自分も脱衣所に向かうことにした。
タオルで体を拭いて、プールバックに入れておいた私服に着替え終える。
慌ててもう帰ってないかと、玄関の確認する。
女子の着替えは男子よりもかなりかかるものだと知ってはいるが、彼女がはやく着替えられるタイプだったなら、もう帰ってしまっただろうか。
俺はあたりを見渡すとさっきの少女が制服に着替え、受付の人と何か話している。
白を基本とし、差し色にスカイブルーを入れたデザインの制服は、まちがいなくうちの学校の女子制服であるのは間違いない。
まさかの偶然に驚きを隠せないが、見知らぬ彼女に変に怪しまれないよう平常心に徹した。
「ちょっといいですか」
俺は二人に声をかけると、少女と受付の人はこちらに振り向いた。
受付の人は笑顔で俺に声をかける。
「どうかなされましたか?」
「あの、これさっきプールの床の方に落ちてて……これ、貴方のじゃないですか?」
俺は少女に髪ゴムを見せた。
すると彼女は、ほっと胸をなでおろすように胸元に手を当てる。
「それです私が探してたの……! あの、いいですか?」
「はい、どうぞ」
彼女に濡れた髪ゴムを渡すと笑顔を浮かべ、受付の人に頭を下げる。
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「本当にすみません……貴方も、ありがとうございます」
「よかったです、それじゃあ俺はこれで」
そう言って、俺はプールから出た。
「……美人、だったな」
服装がうちの学校の制服だったし、もしかして同級生だったりするだろうか。
友達もなく、一人で泳いでいたように見えたが……いや、詮索するのはいけない。けど、もし会った時彼女を何と呼ぼう? ……ああそうだ。
水色の君、と心の中で呼んでおくことにしよう。
髪ゴムの色水色だったし、女だとかいうと偉そうだし。女性に対して誠実に優しく接するものだって父さんも言ってたしな。
うん、自分にしてはぴったりな命名センスだと思う……少し、キザっぽいけど。
「さて、今日はどうするかな」
真っ青な青空を眺めながら、温くなったサイダーを飲んだ。
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