夏影 ‐なつかげ‐

それからそんな子供のことなどすっかり忘れていたある日。


客にもらった旨くもない金平糖を、花柄で綺麗に彩られた箱から摘み上げて、

口のなかでころりころりと転がしていると、前にこちらを覗いて真っ赤になっていた子供がまたこちらを見ている。


木陰に少し隠れているのでバレやしないと思っているようだ。


クスクスと笑いながらまた手をユラユラと振ってやる。


そうするとまた真っ赤な顔をして、観念したように木の下から出てくる。


声を出せば追い払われるのを、この子もわかっているのだろう。


先ほど一粒口で遊んでいた金平糖も、次をそんなに食う気が起きぬもんだから、

ザラザラと小さな紙に包んで、ぽいとその子に投げてやった。


その子はひょいと少し器用に飛んで、包みを捕まえると、不思議そうに開けている。


中から覗く金平糖に目を輝かして、赤い顔で嬉しそうにこっちを見て、輝かんばかりに笑った。


器量良しではないのに幼子のようで、なんだか面白くなって太夫はまたクスクスと笑ってしまった。


するとふと、「可愛い人。」と少年の小さな声が聞こえた。


声変わりで少し低くなったばかりの、瑞々しい若い声だ。


真っ黒い顔で、白い歯の見える、そんな子供にいわれたもんだから、朝霧の動きはぴたりと止まった。


少年も自分の言ったことに驚いたようで、ビクリと肩を揺らすと、

またぺこりと頭を下げて真っ赤な顔のまま急いで駆けていった。


なんだか朝霧は、自分の顔が熱い気がしてパタパタと手で仰いだ。


大好きな自分の顔を見ようと、鏡を出そうとしたが、

なんだか今顔を見ちゃいけない気がして、少し開けた引き出しをすっと戻した。


金平糖は高級品だ。


自分の小さな禿達にも、滅多に食えないこいつをやろうと思っていたのに、

ついついもう一粒ころりと口にいれてしまった。




「あぁ。甘い。」嫌だ嫌だと首を振ると、禿が入って来たので支度をするのに窓をするりと閉めた。

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