第3話 葉山柑奈の秘密

 今日は始業式だったから、学校はすぐに終わった。やっぱりみんなの注目はずっと転校生の烏丸からすまくんで、始業式の間も、大掃除のときも、見かけるたびに誰かが彼のそばにいた。だから、私は昨日のことを話しかけるタイミングを全くもって見つけられなかったんだけど……。まあでも、家が隣ならきっとチャンスはいくらでもあるでしょ。目を思いっきりそらされて、なんとなく避けられてる感じがするのが気がかりだけど。


柑奈かんなちゃん帰ろー!」


 りんちゃんと真琴まことちゃんと校門に向かうと、私たちの前にはやっぱりたくさんの子に囲まれた烏丸くんがいた。


「とりまるくんすごい人気だよねえ」

「かっこいいよね!」


 真琴ちゃんと凜ちゃんが口々に烏丸くんを褒める。私も自然な感じで返すつもりだったのに、目の前で烏丸くんが私の家の方向と逆方向に歩き出したから思わず、えっ、という言葉が口からこぼれてしまった。不思議そうな顔をしたふたりが、こっちを見ている。


「えっ? 柑奈ちゃんはとりまるくん嫌いなの?」

「ま、まさか! そんなことないよ。ただちょっとびっくりしただけ」


 嫌いもなにも、そんなのわかるほど関わってない。


「びっくりって?」


 どこまで話していいものか悩む。烏丸くんと夜に会ったことはたぶん言わない方がいいけど、烏丸のおばあちゃんの話はどうなんだろう。家の事情で転校してきたって言ってたし……。


「いや、なんでもない! 勘違いだったから忘れて!」


 ちょっと強引かなと思ったんだけど、まあしょうがないよね。その後は、伊藤先生の話とか、運動会の話とか、修学旅行の班決めの話とかをしていたんだけど、久々にふたりと帰れるのがうれしくて、気づいたらあっという間に別れるところまで来てしまっていた。ふたりと別れてひとりで歩きながら考えてしまう。夜もこうやって時間が早く過ぎればいいのに。そしたら寂しいこともないのに。


 家にはいつも通り、一番乗りだった。お父さんもお母さんも会社に行ってていないから。誰もいない家に申し分程度にただいま、と言って入る。ただいまって言うのが防犯にいいとか、そうじゃないとか。とりあえずお昼を食べたあとは、いつも通り図書館に行くことにした。借りていた本をトートバッグに入れ、図書カードを持って、自転車にまたがった。


 頬に当たる風が気持ちいい。桜並木を通ると、桜の花がほとんど散ってしまっているのが見えて、少し寂しく感じる。烏丸くんは家に帰らずどこに行ったのだろう? そりゃあ、誰かとどこかで遊んでるって可能性もある。でも、あのとき周りは少し残念がっているように見えたしなあ。それから昨日のことも。……気になる。気になって夜も眠れない、というのは冗談だけど。


 毎日のように通っている図書館は、多少の考え事をしていても迷うことなくたどり着いた。返却カウンターで本を返してから、なんの本を借りようかと図書館のなかをぷらぷらと歩いていると、子ども用のテーブルにすごい高さまで本を積み上げている子が目に留まった。積まれた本の高さが高すぎて、その子の顔が隠れて見えない。


 いや、積み過ぎじゃない? 思わずツッコみたくなる、というか、心配になるほどの高さで、気になって近づいてしまう。少し離れたところにある本棚からそっとのぞいてみた。


 大丈夫かな。これ私、不審者みたいになってないかな。ちょっと不安だけど、平日の昼間であまり人がいないからたぶん大丈夫だよね……? そう言い聞かせて、私は見るからに怪しい行動を続ける。


 ……だが見えぬ。どうしたものか。


 あっ! いいこと思いついた。私も同じことすればいいんじゃない?


 隠れるのに使っていた本棚から、持てる限りの本を引っ張りだして、本の山が出来ているテーブルに向かう。テーブルの子はよっぽど集中しているのか、私が近づいても全く気付く素振りを見せなかった。だから私は、その子の目の前に持ってきたたくさんの本をそっと置いて、おむかいに腰かけようと椅子を引いた。


 そのとき。椅子を引く音にはさすがに気づいたのだろうか、テーブルの子が顔をあげる。積まれた本の上からこちらをうかがってきたその子の目が、驚きに見開かれる。


「えっ、なんで……」


 テーブルに本を積み上げていた犯人に思わず言葉がこぼれる。目の前には。


「……葉山さんこそ」


 ――烏丸くんがいた。

 驚きのあまり、本から手を放してしまって、支えを失った私の本の山がバランスを崩しかける。


「おっと、危ない!」


 雪崩が起きる寸前で烏丸くんが本を受け止めて立て直してくれた。


「ありがとう」

「うん。崩れなくてよかった」


「「で、なにしてるの?」」


 見事なまでにハモリ。


「いや、こっちのセリフだから。そんなに本積んでる人めったに見ないから!」

「いやいや、俺のセリフだから。葉山さんだって、本めっちゃ持ってるじゃん。しかもいかにも適当に取りましたって感じで」

「うっ。それを言われたらなにも言えない」


 本棚の影からのぞくっていう、もっと怪しい行動もしちゃってるし。ふと烏丸くんの手元に目をやると、紙が目に入った。


『みよるかさみみんじはかんかにあさみかくからじんかかじゃみでまかってみいるかだみんかごをかもかってこみい

十月に従え』


「十月に従え……?」


 ひらがなの部分は意味不明で口に出す気になれない。


「あっ、これは……」

「それなにー?」

「これは……。その、暗号なんだけど。……葉山さん、わかる?」


 烏丸くんは少し迷ったようだったけど、私の方にその紙を向けた。私はというと、暗号よりも名前が覚えられていたことにちょっとびっくり。だって烏丸くん、転校生だよ? クラス全員の名前を一発で覚えてたらすごくない?


「ええ、なんだろ……。あ、でも、十月は私の月だよ! 私は、かんなだからね」

「かんな?」

「うん。十月は別名で神無月かんなづきともいうんだよ。だから私の月!」

 

 正直言ってちんぷんかんぷんだ。でも、せっかくの烏丸くんと話す機会を逃したくないから、苦し紛れにそんな話をした。


「へえ、かんなづきか。どういう漢字?」

「えっとね。神様がみんな出雲に行っちゃっていない月だから、神が無い月って……」


 ん? が無い月……?


「「あー! を抜くんじゃ?」」


 私たちは顔を見合わせて、どちらともなく吹き出した。


「またかぶったね」

「真似しないでよね」


 なんて軽口を叩き合って、それからふたりで紙をのぞき込む。


「「よる、さんじはんに、あさくらじんじゃでまっている、だんごをもってこい」」


 夜三時半に朝倉神社で待っている。団子を持ってこい。


「すごいや! 葉山さん、ナイス!」

「でしょっ!」


 なんてふたりで騒いでいると、怖い顔した司書さんが烏丸くんの後ろからやってくるのが見えた。やっちまった……。ここが図書館だってこと、すっかり忘れてた。


 ◇◇◇


「葉山さんのせいで怒られたじゃん」

「こっちのセリフなんですけど」


 司書さんにこってり怒られた私たちは、あの後、大量の本を黙々と片づけて、今ようやく外に出たところだった。本借りそびれたし。


「で、結局それはなんの暗号だったの?」


 学校から直接図書館に向かったから歩きだという烏丸くんと、自転車を押して並んで歩く。


「うーん……。とある神様からの宿題、かな」

「神様からの宿題?」

「そ! 葉山さんが葉山さんの秘密を話してくれるんだったら、俺もちゃんと話すよ」

「私の秘密……?」


 心臓の音がうるさい。私の秘密? そんなの思いつくのは一つしかない。でも、烏丸くんがそれを知るわけない。だって、知りようがないでしょ?


「葉山さん、眠れないんでしょ? ――いや、眠らないんでしょ?」

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