第2話 深夜の出会い
夜の街は思っていたよりも明るかった。黒しかないと思っていたのに、隣の家はカーテンから薄っすらと灯りが漏れていたし、二十四時間営業のコンビニやらカラオケやらの看板はカラフルでチカチカしていた。
もう三時を越しているというのに意外にもたくさんの人がいて、周りの視線が痛い。まあ、こんな夜中に小学生が出歩いていたら思わず見てしまうと私も思う。でも、起きているのが私だけでないことを知って、ちょっとうれしかった。仲間を見つけたみたいな、そんな気持ち。でもそれは、交番が視界に入ってきたとき、一気にしぼんだ。いまさらながら悪いことをしている気がしてきて、顔を隠すように下を向いて回れ右をする。
なにがしたいんだろうな、私。こんな夜中にひとりで外に出て。自分にもわかんないよ。
行く当てもなく歩いていたら、いつの間にか見覚えのある家の近くに戻ってきてしまっていた。どうしようかと考えあぐねて、とりあえずふらふらと歩いていると誰かにぶつかる。カラカラという音がして何かが落ちる。反射的に顔を上げて、驚いた。自分と同じくらいの年の男の子が同じようにこちらを見ていた。どこかで会った気がしないでもないけど、暗いしよくわからない。
「ごめんなさい。前、見てなかった」
「いや、俺も前見てなかったからごめん」
慌てて謝ると向こうも謝り返してきた。彼は落ちたものを拾い上げる。なんだろう? 気になって、思わず目で追うと、それはお面だった。真っ黒のお面。夜であたりは十分暗いのに、お面は不気味なほどに黒かった。
こんな時間になにをしているの?
そのお面はなんなの?
訊きたいけれど、訊かれたくはない。というか、知り合いかもわからないのにそんなこと訊けない。彼も同じだったのだろうか。じゃあ、とだけ言うと彼は私の横を駆け抜けて行ってしまった。
同じくらいの年の子との思いがけない遭遇で少し冷静になった。こんな時間に外にいてどうする? 親にばれたらたまったもんじゃない。さっきの比じゃないくらい怒られるかもしれない。
……はあ、帰ろ。星でも見えるかしらと空を見上げると、生憎の天気。まだ明けていない空がどんよりとしているのが目に写って、なんだか無性に悲しくなった。
家に戻ったころには意外と時間が経っていて、もう四時半を越していた。自分の部屋でひとり、することもなく、形だけのベッドにダイブする。ベッドの上でぐっと伸びをするとさっきのことが思い出された。
彼はなにをしていたのだろう。お面を持っていたけど、なんのために? なんのお面だったんだろう。それから、あの少年とどこかで会ったことがある気がするのは気のせいだろうか。
勢いよく手を下ろしたら、カーテンに引っかかってしまった。少し開いてしまったカーテンを閉めようと起き上がると、窓の外の隣の家が目に入る。あれ、おかしいな……。さっきは電気がついてると思ったんだけど。でも今は、電気は全くついていないように見える。見間違えかな? まあいいか。
謎の少年のことを考えたり、明日のクラス替えのことを考えたりしていると、頭の方で目覚ましが鳴った。どうやら、六時らしい。目覚ましを止めて起き上がる。もっとも、目覚ましが鳴る前から、というか、ずっと起きているのだけど……。ほら、雰囲気は大事でしょ。
外に出たことがバレてはいないかとひやひやしながら階段を下り、リビングの前に着いた。小さく深呼吸してから扉を引く。
「お父さん、お母さん、おはよう」
「「おはよう」」
心配をよそに、いつもと変わらない返事が返ってきた。よかった。たぶんバレていないはず。心の中でほっと息を吐き、椅子に座る。いつもと同じような朝。
でも、お母さんと仲直りはできてないから。お母さんが謝るまで私も謝らないから。だから、朝食のトーストを食べるとき、いつもより静かだったのはしょうがない。そう思うことにした。
行ってきますと言って家を出ると、お隣の
「烏丸のおばあちゃん、おはよう!」
「あら、
「え? うん!」
よろしくってなにを? 烏丸のおばあちゃんの言葉が引っかかったけど、今日はなんとしても遅刻するわけにはいかないから、とりあえずそう答えておいた。色々あるけど、なんたって今はクラス替えが一番大事だからね。
◇◇◇
学校に着くと、昇降口前はたくさんの生徒で埋め尽くされていた。できるだけ近づいて、入口に貼られたクラス表をチェックする。
「柑奈ちゃーん! 同じクラスだったよ! やったね!!」
そんな考えは彼女の声で一瞬にして吹き飛んだ。ランドセルを軽く押され、後ろを振り返ると、一年ぶりに同じクラスになった
「真琴ちゃん!」
真琴ちゃんは、誕生日が一日違いだとか、帰り道が途中まで一緒だとか、ふたりとも学童に行っていただとか。いろんなことが積み重なって、小一のころに同じクラスになって以来ずっと仲がいい友だち。真琴ちゃんがいるなら、今年もきっと大丈夫。
一緒に新しい教室に向かいながら久々の話に花を咲かせる。教室について中に入ると、もう来ていた子たちがなにやら盛り上がっているのに気づいた。
「うちのクラスに転校生がいたらしいよっ!」
私と真琴ちゃんを見つけた
「女子? 男子?」
「男子だって! とりまるくんっていうらしいよ!
真琴ちゃんの質問に凜ちゃんが田中を指差しながら答えた。転校生かあ……。どんな人なんだろう。にしても、とりまるって変わった苗字だな。どういう漢字を書くんだろう。……取丸とか?
クラスの話題はまだ見ぬとりまるくんで持ち切りだった。無理もない。うちの学年は去年も一昨年も、その前も。五年間ずっと転校生がいなかったのだから。
そうこうしているうちに朝の会の五分前を知らせるチャイムが鳴り響いた。と、同時に、チャイムが鳴るのを待っていたかのように担任の先生が入ってくる。みんなは慌てて自分の新しい席に座り、ドアの方に視線を集めた。新担任は伊藤先生だった。去年もうちの学年を担当していた先生。だけど、みんなの注目は当然のことながら伊藤先生ではなく、その後ろにいる転校生。転校生が私の席からだとよく見えない。伊藤先生、申し訳ないけどめちゃくちゃ邪魔だよ……。
「みなさん、おはようございます。六年一組の担任になりました。
でも先生が教卓について話しはじめたとき、転校生の顔が見えて、私は思わず声をあげそうになった。だって、彼は。
「では、転校生を紹介します」
――私が昨日会った少年だったのだから。出かけた声はぎりぎりで飲み込み、口を手で押える。
そんな私をよそに、伊藤先生は新学期の挨拶を終え、名前を書いてと少年にチョークを渡した。
昨日の少年が、黒板にきれいな字でこう書いた。これは……。
とりまるじゃないっ! からすまだよ!! おい、田中っ!!!
心の中で叫ばずにはいられない。そんなことより。
「
今クラスは三つに分かれている。烏丸くんのイケメンさに心を鷲掴みにされている女子たちと、とりまるじゃなかったことに驚きを隠せない田中たち男子と、そして、状況についていけない私。
いやいやいや!? 情報が多すぎるっ!
烏丸?? あっ、思い出した! どこで会った気がしていたのか。春休みの最初の方で、引っ越しの挨拶にうちに来てた子だ! 烏丸のおばあちゃんちの。
もしかして、今日烏丸のおばあちゃんがよろしくって言ってたのってこれ……?
烏丸くんは、深夜に外に出ていたなんてみじんも思わせないようなさわやかな笑顔をみんなに向けてから、軽くお辞儀した。それから顔をあげると、なんたる不運。彼と私は目があってしまった。そして、あろうことか。
烏丸くんが目をそらしましたっ。これは、もう黒でしょ! 昨日の子は彼でしょ!
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