暦の空色

有馬悠人

プロローグ

私はある小説の一節に想いを伏せる。


『出会いは始まりではなくあくまで準備運動。本当の始まりはその人を求めるところから始まる。たかが顔馴染みというだけで、その人との出会いは大きな意味は持たない。』


小説は心地がいい。自分の不安を軽減してくれる言葉が必ずどこかにある。それを見つけることが私は好きだ。現に、今の私は不安に駆られている。この一節にあるように新しい出会いを強制される状況にいる。


車の外を見ると、流れる並木。日差しを遮る木の葉が車のエンジン音に負けないように葉を擦り合わせて鳴いている。どれもが新しい出会い。見たこともない景色の中に私はいる。父が車を止めると、これから帰ってくる場所になる家に着く。普通の住宅街。引越し業者の人が大きな家具を家の中に入れてくれている最中だった。


「こんにちは。」


多分、この周辺に住んでいる小学生だろうか。元気に挨拶をしてきた。両親はそれに応えるように挨拶をするが、こういうのが苦手な私は少しだけ頭を下げた。


「いい家だろ?今日からここで暮らすからな。」


私たちが引っ越す原因になったのは私がいじめられていたから。決して社交的ではない私は、格好のいじめの対象。いじめが発覚したのも、先生が、たまたま私がいじめられている現場に居合わせただけ。単に運が良かった。別に仲のいい友達もいないし、住んでいる地域に思い入れもなかった。両親に無理を言って、引っ越しをさせてもらった。高校生だから、1人でもいいといたのだが、両親曰く、「ひとりにすると何するかわからないから」ということで、家族ごと引っ越すことになった。


父の仕事は飲食店の経営。母はその手伝いをしている。両親とも私のことを第一に考えてくれる素晴らしい人たちだと思う。私とは真逆で、社交的。もともと住んでいた地域にも、たくさんの友達と常連さんがいたにも関わらず、私のために。いつも、こういうことを考える時に頭に浮かぶ言葉がある。


『自分が嫌いなんじゃない。期待に応えられない自分が嫌い。』


こういうネガティブなところが他の人は嫌なのかもしれない。いじめられる理由も自分なりにわかる気がする。


「暦。手伝って。あなたの本が重くて1人じゃ運べないの。」


母が私の名前を呼ぶ。


「わかった。少し待ってて。」


私は、空を見上げて、大きく息を吸った。照りつける太陽の中で、少しの雲。風は程よく頬を掠めた。


「よし。」


自分なりに気合を入れて、新しい生活に向かっていった。


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