第6話 思いやり(?)

 確かに僕は、結衣が怖いと言った。


 言ったが……。

 日本語って、案外難しいんだな。


 僕達は、放課後、再度相談をすることにした。

 今度は勘違いが起こらないよう言葉を考えてから発言する。


「結衣。自分が怖いと思ったからと言って、人をリラックスさせようとする直接的な行動は控えよう」


 僕の言葉を聞いた結衣は、ぱちくりと瞬きをして、僕に問うた。


「どうしてかしら?」


「まず1つ目。俺が言った思いやりを持つことっていうのは、目の前の人が何を考えているのか、何をして欲しいのかを察して、それに対応する行動をとることなんだ。結衣がそれをできなかったのは、俺が言葉足らずだったせいもある。でも、2つ目は……その……」


「教室でお香をくなんて行為、規則違反だし、流石に常軌を逸してると思うんだよ……」


 結衣は僕から目を逸らし、いじけた子供のようにぼそぼそと話し始めた。


「昼休みの間だけなら、大丈夫だと思ったんだけれど……先生に怒られてしまったわ。ついでに授業で使う教科書も忘れてしまったし……」


 しょんぼりと項垂れ、ついで「確かに」と続ける。


「みんな、お香を焚く私を見て怖がっていたような気がするわ。今考えてみると、なんであんなことをしてしまったのか……」


 ここまで素直だと、アドバイスしている僕の側もなんだか申し訳なくなってくるな。

 ……まぁ、先は長いが、注意を続けていこう。


「ゆっくり慣らしていけばいいよ。そのうちきっと、出来るようになる」


「ええ。……ありがとう」


 結衣は、僕の言葉にふんわりと笑った。


 ……あれ?


 なんで、僕は。

 結衣が周りに同調しなかったことに対して、こんなにも安心しているんだろう?


 僕は、結衣の望みを叶えたい。

 親友を作って貰いたいと思っているはずだ。


 それなのに……。

 結衣から相談受けて、それからの僕は、なぜか、どうしようもないほど苦しんでいる――?


 急に顔色を変えて俯いた僕を、結衣は心配そうに見つめた。


「どうしたの?」


「……いや、その」


 僕の視界の端。

 肩の辺りから、シュルシュルと降りてくる。

 教室の茜色に染まっていない……細く、白い、針金のような何かが見える。


 これは……?


 ――……あぁ、そうか。

 これは、あのとき、『普通』になると決めた10歳のときと同じ光景だ。


 僕に巻き付くために、糸が降りてきた。

 僕はまた、自分に嘘をついて、自分の糸を増やしてしまった。


 馬鹿だ。僕は。

 素直で、どこまでも真っ直ぐな結衣に憧れを持ちながら、その結衣にさえ嘘をついて、操っているんだから。


 僕は結衣を心配させないよう、少し微笑んで、言葉を発した。


「……なんでも、ないよ」


 本当に、どこまで行っても……。

 僕は操り人形なんだ。

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