旧コンピュータ室の寂しがり・肆
七月後半、学生はもうすぐ夏休みのはじまる時期だ。その間もちろん顧問の先生と、あと何かあったときの為に体育教師も同行する事になっていた。だから、聞くなら夏休みに入る前だった。
「たのもーーーー!!」
「ちょお!! 普通に入ればか!!」
茜さす職員室にはちょうど我がクラスの担任――
二人はいきなりドアを勢いよく開け放った私に放心しているようで、ポカンと大口あけていた。そんな二人にずんずん近づいていく。
「……は、コラ、ドアは優しく開けなきゃ駄目じゃないか!!」
「や、ツッコむのはそこじゃあないでしょ」
確かにそう。もっと職員室はノックしてから入りなさいとか、たのもーじゃなくて失礼しますって言って入りなさいとかあるだろうに。和先生も一路くんタイプの天然なのだ。
「それにしても珍しいな。雀部はよっぽどの事がなきゃ滅多に職員室に来ないのに」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ細田先生。なんだか極度の職員室嫌いらしくって、毎回手を焼いてるんです」
そう、私は職員室が大ッキライだ。過去に少々イヤなことが起きてから、ちょっとしたトラウマになっている。だが、そんなトラウマ先輩のことと比べたらそこら辺の石っころより些細なもんだった。
「和先生に、どうしたって聞きたいことがあってここに来ました」
「ん、なんだ?」
手に強く握っていた日誌を先生の前に出す。先生は驚愕した様子のあと、懐かしげにそれを手にとって眺めた。
「懐かしいな。部室で見つけたのか?」
「メル先輩が読んでたんです」
すかさず言えば、先生がノートを見たときとはまた違った種類の驚き方をした。その顔は映画研究倶楽部の入部届を持ってきたときとおんなじもの。やはり、この先生はメル先輩の事について、確実に何か知っている。
「お前、その名前どこで――いや、読んでたんですってのは一体」
「今日は、今日はメル先輩……海尋海さんの事について知りたくて来たんです」
宙ぶらりんで汗ばむ手にスカートを握らせる。震えを殺すための動作だった。目の前の先生の顔は真顔で、高校一年生の私には恐怖の対象として映ったのだ。
「……野次馬根性で聞きたいのなら帰れ。揶揄ってるつもりでもだ。面白い話なんか、これっぽっちも無い」
内側に怒りを込めた声色だった。きっと、
「冷やかしじゃあ無いんです。私は、私はメル先輩の事を知らなきゃいけないんです。見つけてって、逢いに来いって言われたから」
私のこの行動が常人から見れば可笑しなものに見えるのは承知している。私だって霊が見えなきゃ狂人かと思う。
ただこれしかないから。彼を知るためには、この方法しか私にはないから。
小さな声でお願いしますと頭を下げれば、次いで成瀬も頭を下げてくれる。
まるで死刑宣告を待っている気持ちになりながら目を瞑っていれば、少し上の方からどうして、と声が降りてきた。
「――どうしてここまで場が緊迫してるのか、俺ぁよくわかっちゃいないですがね。ただ、こいつらが真剣にモノ頼んでるっつーのはだけは分かります」
細田先生は私と成瀬の頭の上にぽん、と手を乗っける。軽く頭を抑える自分より大きな手に僅かに涙腺が緩んだ。
「ね、話してやってくれませんか」
「……」
「先生」
「はぁ……わかった」
顔を上げ、ぱあっと視界が広くなる。
「お前たちには何か事情があるみたいだしな。言いふらさないと約束できるなら話そう」
ここじゃあ話せないからと部室まで移動する事になり、私たちは先導する和先生の後に続いた。
視界に映した和先生は歩きながら日誌を見つめていたが、泣きそうな顔をしていたのがいやに印象的だった。
「この部屋も、随分久しぶりな気がする」
部室に着くなり遠く遠く、過去を見つめている様に置かれた映画のパッケージを撫でた。
「五年前、ここの生徒が屋上から飛び降りる事件が起きた。これから話すのはその事件が起こる一年前から事件に至るまでの話だ」
―回想―
事件が起こる約一年前、当時の俺は教師になったばかりで、しかもクラスを任せて貰えるとあってかなり息巻いていた。ここいらではかなり古くて有名な高校だったからな。ずっと夢だった担任教師になれたもんだから、その時はかなり頑張っていた。
悩んでる生徒の相談にのったり、怪我した奴を保健室まで運んだり。その中で一際目をかけていたのが理事長の息子である海尋 海という生徒だった。
そいつは
理事長に事情を説明、相談し、理事長の息子だからといって贔屓に見えないよう『病気で療養するために別室で授業を受けるが、皆と同じよう部活はしっかり通わせる』という建前をつくった。
正直な、他生徒が授業中に海尋に雑巾を投げたり、水筒の中身をかけたりして授業がストップするのが、問題になってたんだ。それなら、教室に海尋がいない方が授業の進行的には良しとされたんだよ。
別室になってから暫く、だいぶ穏やかな日常を送れていたように思う。海尋はボロボロの鞄やノートを引っさげて来なくなったし、クラスの方も落ち着いてきてた。二年生にも無事に進級して、これがこのまま続くと思ってたんだ。
――七月半ば、あいつは
屋上から飛び降りた。
―回想終了―
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