水底に沈んだ恋の水死体
水底に沈んだ恋の水死体・壱
親愛なるあなたへ。
お元気でしょうか、と書いてみたものの、あなたとは毎日のように顔を合わせていますから、こんな事をわざわざ手紙で聞いたとて、意味などございません。
私は、時が来たらあなたに言いたいことがあると、伝えたいことがあると言いましたね。そして、あなたは一言「待つ」と言ってくださいました。
こんなに嬉しく思うことはありません。きっと、この思いの丈をあ※たに言えたなら、もっと嬉※く思うの※※ょう。
だから、どうか。どうかその時が※る※※は。私があなたに追いつくその時までは、息災でいて※※さ※。私はあ※たの※せを、きっと死んで※乞い願※のです。
いまは言葉にできない※を、言える日を心待ちに※※※り※す。
※※※※より。
※※※
ピッピッピー!
クーラーの使用率を下げようだとかいう環境美化委員会のなぞ政策により、教室は窓を開けただけの蒸し風呂とかしていた。
カラッと晴れた空の下は無風であり、窓なんざ開けたところで涼しくなんかない。
ピッピッピー!
外からはプールにきゃいきゃいはしゃぐ声と、潜って出てをくり返すためのホイッスルの合図が喧しく聞こえてきていた。くそ、B組め、うらやましすぎる。
倫理の授業の第二次成長期のはなしを右から左に受け流しながら、恨みがましくプールの方を見た。
「あいたっ」
突然、顔に何かがぶつかってきた。
ポテと机の上に落ちたのはクシャクシャに丸められたノートの残骸。
前の席から投下されたそれを開くと、これまたきったない文字が書かれていた。
『外なんか見てたそがれちゃって、まぁた例の先輩の事でも考えてんの?』
違わい!!
私はきったない字の下に『違わい』と大きな字で書きなぐった。ついでに赤ペン先生よろしく赤字で『黄昏れる』と訂正もしてやる。これくらい漢字で書けってんだ。
ジトっとした視線でもってまえを見やれば、成瀬が脇の下から手を閉じたり開いたりしていた。なんだか無性にムカついて、勢いつけて紙を握らせる。
しかして、返した紙はまた何か書かれて返ってきた。どうやらこいつは倫理の授業が暇だからって文通したいらしい。まったく、仕方のない
『前まで部活のせんぱいがーせんぱいがーってめっちゃ話してたのに、最近は話さないし、何かあったんじゃん?』
『別に、なんも無いし。全然なんも無いし』
『いやそれ絶対なんかあったやつじゃん』
成瀬の文字にグッと息をつまらせた。
何かあったか、と言われれば何もない。それは確かに揺るがない事実だ。でも、私たち二人に流れる空気がギクシャクしているのもまた揺るがない事実。
メル先輩が私に問いかけた日。あのときから先輩は上の空になってしまった。
映画を見ていてもどこかぼーっとしており、考え込むことが多くなったし、スキンシップ過多だったあれは何だったのかと言うくらい近づいて来なくなった。
かといって私が帰ろうとすると『もう帰るんですか』というので、立った席に座り直すという日々が続いていた。現在進行形で。
『何も無いよほんと。ちょっと気まずい空気ができてるだけだから』
『なあにそれ、もしかして告った?』
なんでそうなる!
こんの恋愛脳め、どうしてこうすぐにソッチに持ってこうとするんだ。少女漫画の見すぎなんじゃないか?
『私は別に告ってないし、そんな予定ない』
『なんで?』
『なんでがなんで?』
『だって、お前その先輩のこと好きじゃん』
ビリッと紙が破ける音がした。
見たら文通用の紙を両手で裂いていた。
(私が、メル先輩のこと好き……?)
いや、いやいやいや。無い無い無い。
だって相手は人類悪だよ、天使な顔して人の不幸に愉悦を覚える人だよ? いっつも私に意地悪したり言ったりするような先輩だよ? そんな人のどこに私が惚れるってんだ。無い、絶対無い、断じて無い。
「……」
(――ああ、でも)
なんだかんだ言っていつも助けてくれるのも、わがままを言えば仕方ないなって笑うのも。私が話せば読んでた小説やノートを中断して聞いてくれるのも。ぜんぶ嬉し――
ゴンッ!!
「雀部ー、頭机に打ち付けてどうしたんだ? うるさいからやめなさい」
「せんせー、成瀬くんがちょーぜつ下手な落書き見して笑わせようとしてきました」
「は、ちょ、おま」
「成瀬は四百字の反省文な」
「はぁ!?」
まじかよーと嘆く成瀬にクラスのみんなは笑った。私も得意な顔になって笑う。変なこと言うからこんな目にあうのよ。ざまあみろ。
「はー、やってやったぜ」
黒板は第二次成長期の説明の途中だ。先生が成瀬に構っている間に赤いチョークで書かれた部分をノートに書き写しておく。
ふと、なんとなくまたプールの方に視線をやった。本当になんとなくだった。クラスの担任が、何やら慌てた様子でビーチサンダルを履いているのが見えた。
(……なんだ?)
何か、様子がおかしい。
プールサイドにはB組の生徒たちがみんな上がっていて、一様に同じ方向を見て固まっていた。何を見ているのかは私の見ている角度からでは見えない。
「あ」
ちょうど校舎側に走ってきていた担任教師と目があった。
「雀部ぇーーッ!! 救急車ぁーーッ!!」
担任教師の馬鹿でかい声が届く。教員の焦ったような切羽詰まった声に和やかな教室は一転して静寂に包まれた。
私は気がつけば、スマホ片手に三つの番号を押していた。
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