第11話「異形」

 異形。

人語を解し、人里に住み、人間世界に交じる。しかしその姿かたちは人から程遠く、力も特性も人のそれとは一線を画す。

人のように生きる、人ならざるもの。

それが異形だ。


 「ナナは先程燃えているといったが、そうではなく俺には頭が無い。というかそもそも、本体が炎なので実体が無い」


 そう言ってパライソは右手の黒い手袋を取る。するとその下では、頭部と同じように青い炎が燃え盛っていた。

おそらく服の下は全て炎なのだろう。


 「異形……ていうか、キャロルもなのです?」


 「あ、ああ、まあな」


 少し言葉が詰まっているキャロル。ナナに問われ、何やら挙動不審だ。


 「でも人間に見えますけど……あ、ナナと同じで聖霊です?」


 「いや、そういう訳じゃ……あー……」


 答えにくそうにしているキャロルを、サラは隣でよく観察していた。確かに人間との差が全く見受けられない。

ふとサラの目に、キャロルが被っているベレー帽が飛び込んできた。


 「あ、もしかして帽子……」


 「わ、ちょ、待て、ま──」


 サラはキャロルが被っているベレー帽に手を伸ばす。するとキャロルは慌てて椅子から立ち上がろうとして、その途端椅子の脚につま先を引っ掛けた。そのまま身体を宙に踊らせ、床に勢いよく倒れ込む。


 「い──イテテ」


 膝をついて起き上がり円卓の方に向き直るキャロル。そしてそのまま椅子に座り直そうとする。

しかし何かがおかしい。


 「……あ? 何見て──」


 「帽子が……」


 その場にいた全員の視線がキャロルへと向けられる中、サラがポツリとこぼした呟きに、キャロルは頭に手をやる。

やはり、帽子が取れていた。


 「……あっ、いや、その、や……」


 「ケモ……?」


 ベレー帽によって隠されたキャロルの頭部にがついていた。青髪の中から除く耳はまさに猫のそれだが、キャロルの可愛らしい容姿とはそれなりに相性がいいようで違和感はない。


 「み、見るなぁ……」


 「「かわいい……」」


 レイとアラスターが真顔で声を漏らす。

キャロルは頭を抑えながらベレー帽を掴んでかぶり直した。当然顔は真っ赤だ。

(コイツら見境ないな……)

歓喜しているレイとアラスターを軽蔑しながら、「ぅぅ……」とうめき声を漏らしているキャロルを励ます。

 

 「い、いや、全然変じゃないって、かわいいよキャロル!」


 「だからかわいい言うな……」


 励ますどころか追い打ちをかけているサラだったが、本人はそれに気づいてもいない様子だ。

するとパライソが疑問符を浮かべながら問いかけてきた。


 「キャロルは獣人というわけだ。しかし、キャロル。獣の耳や尾が生えているのだぞ? 何をそんなに恥じている、もっと誇れ!」


 「だからお前のセンスはおかしいんだよ!」


 ケモミミをカッコいいと思っているらしいパライソ。ワードセンスが無い人だとレイは思っていたが、色々とズレているようだ。


 「尻尾も生えてるんだ」


 パライソの話を聞いていたサラがキャロルの腰回りを覗き込む。ふわふわの青髪で隠されているが、彼女の背中の腰回りが少し膨らんでいた。


 「ちょ、覗くな変態」


 「あ、これかな」


 「変態〜!」


 キャロルの髪を持ち上げて尻尾を覗こうとするサラ。キャロルは必死に抵抗してどけられた髪で腰を覆い隠す。

困惑した顔で事態を見守っていたナナに、隣にいたアルスが耳打ちをしてきた。


 「コンプレックスらしいです」


 「なるほど……かわいいですけどね」


 「私もそう思います」


 おそらく「かわいい」のが問題なんだろうが、誰もその事には気づいていなかった。

キャロルはサラを押し退けるとパライソに訴える。


 「もういいわこの話は! 異形の話だろ!?」


 「ああ、だから今異形の話を……」


 「なんでオレの話だけなんだよ」


 そう言って話を無理やり捻じ曲げるキャロル。どうやらアルスの言うとおり重度のコンプレックスらしい。

これ以上触れるのは辞めておこう。そう判断したナナは再び炎について聞くことにした。


 「えっと、じゃあパライソは炎の霊みたいな存在です?」


 「いいや、俺の正体は地獄の門戸に立ち塞がる門番にして、闇の軍勢ダークサイドに立ち向かう者……」


 「あ、やっぱいいです……」


 おそらくサラにしか分からない言語を使うパライソ。ナナは炎については諦める事にしたようだ。

すると円卓の隅で、いつの間にかレイの隣に席を移動させていたアラスターが、レイと共に何やら話し込んでいる。


 「アラスター、ケモミミについてだけど」


 「ふむ、ケモミミと一口に言っても多種多様なケモミミがあるからな、その中でもキャロルのは猫、あるいは虎などのそれであり、ケモミミ界の王道とも言える代物だ、実にかわいらしい」

 

 「うん、ケモミミと言えば犬や兎なんかもあるけどやっぱり猫は強いよね、キャロルの女の子らしい外見とマッチしてると思うんだ、かわいい」


 「キモい……」


 「うん……」


 早口で語るレイとアラスターにキャロルがドン引きする。サラも今回は同意するしかない。


 「アラスターはともかく、レイはマトモだと思ってたのに……」


 「マトモ……」


 二人とも少なくともマトモではないだろう。天才は変人、というより変態なのかもしれない。

などと考えながら二人を眺めていると、レイが喜々として声をかけてきた。


 「そうだ、サラも猫耳生やしてみようよ」


 「あ、それ見たいのです。なんかそういう魔法ないですかね」


 「…………」


 何の躊躇もなく提案してくるレイと、悪意なくそれに同調するナナ。

どうやらサラの仲間にマトモな者などいないようだった。


 

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