月が綺麗ですね



「月が綺麗……ですね」


潤んだ目が、照れ臭そうに頭を掻く君が。

あんまり幸せな気分にされたから、少し意地悪したくなる。


「月が綺麗って、三種類くらい意味があるんだけど。一つは、普通に、月が綺麗だねってだけ」


反応を伺う。なんて言ってやろうかな。


「二つ目は、死ぬ時に言う言葉。殺す時もかなぁ。えっ、私殺されるんだった?」


こんな冗談を言って笑う。それでも良いやとか思いながら。幸せな勘違いができたなら、それでも。


「違うよ……」


困ったようにまた頭を掻く。私がちゃんと意味を分かったのを知って。


「三つ目は、……夏目漱石」


「……っ愛しています」


ちゃんと言えたな。偉い。

後で君に奢って貰ったアイスをあげよう。

有名な返しは確かこうだ。


「死んでも良いわ。あーあ、本当はそれ、逆が良かったなぁー」


「逆?」


「そ。死んでも良いわって言われる方が良かった」


「……我儘」


「いつもでしょ」


聞いてくれるから、我儘を言うのだけれど。気付いているかな。どうだか。


「ねえ私が死んだら、後を追ってくれる?私と一緒に死んでも良いわって言ってくれる?」


「……約束、するよ。死んでも良い」



***



君が、動かなくなったのを知る。

約束を守ろうとしてくれたのを知る。

私が死んだと思ったのか。

私もなんで生きているか分からない。


死んでも良いってなんでそんな約束守った。

アイスと違うのに。たかだか百円ちょっとのアイスを奢って貰う約束とは違うのに。


死んでも良い。死んでも良い。死んでも良い。


あの日の君の言葉が頭に響く。

声が上手く思い出せない。文字だけが伽藍堂になった頭に響いている。

いいや違う。まだ間に合う。


そうだ今夜は月が綺麗だから……。

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