花葬
花の溢れる棺。
濃い花の匂い。
身体を起こすと、服にも髪にも花弁がついた。
白いその部屋は、無数の白い棺で埋められていた。
私の入っていた棺以外は、どの棺も花だけしか見えない。
眠っていたのは私だけ。
他の皆はどこへ行ったのだろう。
花に囲まれている。
棺に囲まれている。
棺から抜け出して、他の棺の間を縫って歩く。
いくつかの棺の花を掬ってみたけれども、どれも花びらだけだった。
随分歩いても、まだ棺の列は途切れなかった。
そうして歩くうち、あるひとつの棺が気になって花を掬った。
中から、女の人の骸が出てきた。
その顔を見た瞬間、哀しくなった。
ああ、私はこの人を知っていたはずなのに。
骸は綺麗だった。
その人から花の匂いがした。
私とこの人が着ている白いワンピースはきっと喪服代わり。
ここは奇妙なほど何もかもが白い。
けれど恐ろしくはなかった。表面はさざ波が立っても、心の奥底は凪いでいた。居心地が良かった。ずっとこの人の骸を見詰めていたかった。
掬った花びらをもう一度骸の上に被せて、私は歩き出した。
いつの間にか、部屋の終わりが近づいていた。
重たいドアを開けて中に入ると、後ろでドアの閉まる音がして、部屋は真っ暗になった。
明かりは洋燈の小さな火だけだった。
一匹の蝶が、洋燈の火に惹かれて飛び込んでいく。
だめ……。
蝶は灰になった。
洋燈の火は赤かった。
焦げた匂いが部屋に充満した。
洋燈のすぐ側にあった本を手に取る。
洋燈の明かりで文字を追う。
花になりますか?
灰になりますか?
骸は綺麗ですか?
洋燈の火は赤いですか?
太陽は見えませんか?
雨は降りますか?
傘は差しますか?
祈りますか?
歌いますか?
扉は開きますか?
何になりますか?
どこへゆきますか?
変な詩だ。
本を閉じた。
洋燈を手に取る。
部屋は狭くて、すぐに出口があった。
扉を開ける。
薄明るい外だ。
雨が降っている。
洋燈の火は雨に濡れて消えた。
洋燈を扉の側に置いて、歩き出した。
森のような場所だ。はっきりした道がない。
見上げてもてっぺんの分からない高い木と、こけのような短い草の地面。
雨はそれほど強くはなかった。
しばらく歩くと、傘を差した女の人がいた。
さっきの綺麗な骸と同じひと……。
どう、して……?
『花になる?灰になる?骸は綺麗?雨は降る?傘は差す?』
歌うように口ずさんだ後、私を見る。
『お入りなさい』
その人が傘を差し出す。
同じ傘に二人で入って、その人に連れられるまま、歩く。
『洋燈の火は赤い?太陽は見えない?雨は降る?傘は差す?』
時々その人は口ずさんだ。
私はその人の横顔を見ていた。
『花になる?灰になる?何になる?どこへゆく?』
そう言うとその人は足を止めた。
『おやすみなさい』
別れの挨拶だと分かった。
その人のおやすみなさいはひどく優しかった。
ひとりになった。
また歩き出す。
森の終わりが近づいて、抜けた先は、また白かった。
急に何もなくなって、何もない代わりに、二人の女の子がいた。
少女は無邪気に歌っていた。
『花になる?灰になる?骸は綺麗?洋燈の火は赤い?太陽は見えない?雨は降る?傘は差す?』
『祈る?歌う?』
またあの言葉だ。
『お姉ちゃんも歌おう』
少女が言った。
二人は同時に話している。ずれがないから、一人だけが話しているように聞こえる。
私は、歌えないよ。
『じゃあ、祈ろう』
何を……?
『お姉ちゃんは何になるの?花?灰?』
分から、ない。
『私たちはねえ、花になるの!』
少女がそう言うと、上から花びらが降ってきた。
『扉は開く?何になる?どこへゆく?』
『でもねえ、私たちはまだ歌ってるよ。祈ってるよ。お姉ちゃんもまだ傘を差しているよ』
『お姉ちゃんはどこへ行きたい?』
『花になる?灰になる?骸は綺麗?』
何になりたい?私はどうしたい?どこへ行きたい?
『おやすみなさい、お姉ちゃん』
また、歩き出す。
どこまでも白い。
気の済むまで歩いて、もういいやというところで足を止めた。
倒れるように寝転ぶと、何もなかったはずの地面に灰の山が出来ていた。
灰に埋もれる。
上から花びらが降ってきて私を覆い隠していく。
私は灰に呑まれていく。
その上に花が積もっていく。
灰の匂い。
花の匂い。
花になりますか?
灰になりますか?
骸は綺麗ですか?
おやすみなさい
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