掌編小説・『地蔵』

夢美瑠瑠

掌編小説・『地蔵』

(これは2019年7月24日の「地蔵盆の日」にアメブロに投稿したものです)




   掌編小説・『地蔵』



 その地蔵仏の脇には大きな桃の木があった。

 地蔵は数多くの、多種多彩な通行人を、ひたすらただ見つめて、やり過ごしてきた。

 道祖神ともいうように、地蔵は道の守り神でもあった。

 道を行く旅人だのが安全に行程を終えられますように、そういう祈りが全てすなわち地蔵への手向けの花や、お供え物となって、小さくて素朴な石地蔵に可愛らしい興趣を添えた。

 地蔵には「南無観世音菩薩」と、ありきたりな文言が刻まれていて、通りすがりの無学文盲の旅人たちは神妙に辛うじて読めるこの文句を唱えた。

 

 そうして、幾風雪、幾星霜が過ぎ去っていった。


 地蔵は雨に打たれ、雪に振り込められ、優美だった顔は擦り減って童顔になっていった。

 が、地蔵はずっと変わらずに道行く旅人たちの安全への願いを受け止め続けた。

 春には桃の花絮が全身に降りかかり、夏にはキリギリスが頭に止まって鳴き声を上げ、秋には紅葉が装束の色模様となり、冬には「笠地蔵」の如くに雪に覆われた。


 そうして、ずっとずっと、ずうっーーーーーと長い時間が経過した。


 やがて、地蔵は打ち砕かれて、石のいくつかの残骸になっていた。

 それでも台座だけは残って、地蔵の在りし日の名残だけが鎮座していた。

 数限りない人々の祈りが込められているかつては地蔵だった御影石の欠片・・・

 信心深い、そして知恵ある人々はその割れた欠片をてんでに持ち帰って、お守りにして、旅行の安全を願って持ち歩いた。


 湯治に行った足萎えの老人がふと思いついてその欠片を温泉に混ぜてみると、欠片は黄金色の入浴剤に変わって、温泉を極上の薬湯に変えて、老人の老いた足が、たちまち健脚に回復した。


 道に迷った親子連れが、その欠片を握って天に祈ると、真っ白いうさぎが現れて、正しい道へと道案内をしてくれた。


 狼に行路を遮られた旅人が万策尽きてそのお守りを振りかざすと、お守りはたちまち囂々(ごうごう)と燃え盛って、その聖なる炎が獣を追い払った。


 そうして、旅を無事に終えたある旅人が、感謝の気持ちを込めながら、庭先にそのお守りを埋めると、次の年の春には地蔵の脇に咲いていた桃の花の親木と寸分たがわぬ大きな桃の木がぐんぐんと生育して、盛大に花が咲き誇って、美しい桃の実がたくさん実った。そうしてその桃は、不老長寿の桃か?、と噂されるほどに人々の病をいやし、元気を増進する「霊力」を発揮しました。


 驚いた村人たちはありがたいその桃の木から苗木を分けてもらい、村中に繁茂させてたくさんの「霊桃」を栽培しました。


 桃のすばらしい薬効はその極上の味と共にすごい評判となりました。


 そうして挙句の果てには、地蔵があった村は「不老長寿の霊桃」の産地として、長く広く国中に語り継がれることになったそうです・・・


<終>

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掌編小説・『地蔵』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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