第39話 久しぶりのデート1

「「――――」」


 気まずい……ものすごく気まずい!

アンラとデートをするのが本当に久しぶりで、且つ先程のこともあってアンラとどう接せれば良いのか分からなくなってしまった……。


「あ、アンラ……?」


「な、なに……?」


「ささ、散歩のついでにお茶でも飲もうか?」


「う、うん。良いわね……」


 俺たちの会話が完全にギクシャクしてしまっている。

夫婦の俺たちがこんな感じになっていることがおかしい気がするが、恋人としてスタートした時も最初はこうだったなあ……。

緊張で手から異常なくらい汗が滲み出ている気がして、こんな手でアンラの手を繋いでて良いのかとか、変じゃないかとか……。

とにかく不安と緊張が入り交じるこの不安定な感情は懐かしさを感じる。

 アンラも俺と同じ様子らしく、かなりガチガチに緊張している。

外に出てから1回も俺と顔が合っていない。


「アンラ」


「――――!?」


「えっと……着いたけど」


「えっ……もう着いたの!?」


 アンラは眼を回しながら驚いていた。

城から喫茶店までそれなりの距離があるが、あまりの緊張で今自分がどこを歩いていたのかも分からなくなってしまっていたようだ。


「――――ぷっ! あっははは……!」


「――――! ど、どうしたの?」


「いや、なんかアンラのその反応が懐かしく思ってさ。そうそう、アンラはデートに行くとなるといつも眼を回しながら俺について来てたよな」


「だって! は、恥ずかしいじゃん、男の人と2人きりでなんて……。しかも外で……」


「それなら俺だってそうだぞ……。でも、俺はもっとアンラと楽しみたいんだ。だから、喫茶店で緊張をほぐして、その後ゆっくりと歩きながら話そう」


「――――ふふっ……。やっぱりルーカスにはかなわないね……」


「かなわないっていうか……。そうやってエスコートしていくことは男の役割だからな」


「そういうときだけ見栄を張るところは昔から変わってないよね」


「ぐっ……」


 そう言われれば反論できなくなってしまう。

女の人の前では格好つけてしまうのは男の性だと思う。

もちろん俺もそれは例外ではないわけで……。


「その反応は毎日見てるけど、今日だけはいつもと違う感じがする……。うん! なんだか緊張もほぐれてきたみたい」


「き、急にほぐれたんだ……。まあ、それなら良かった……って、ちょちょっ!」


「早く行こう! ルーカスともっとデートを楽しみたいな!」


 俺の手を引きながらアンラはそう言った。

満点の笑顔は彼女のシンボル。

1番アンラらしくて、1番俺が大好きな顔だ。










◇◇◇









 喫茶店に入り、俺たちは紅茶を飲みながら話をする。

最近の話もあったが、ほとんどはアンラと出会ってからすぐの時の話だった。

アンラの緊張は完全になくなり、いつも通りの話し方に戻った。


「あの時は本当に驚いたよ。急にアンラの部屋に呼び出されたかと思えば告白されるし……。聖帝のときは見合い話は結構あったけど、何も知らないはじめましての相手に唐突に言われたもんなあ」


「だって抑えきれなかったんだもん! 早く言いたいって気持ちが溢れてきちゃったから」


「でも、そんな出会いからスタートした俺たちが、今はこうしているもんなあ……。そういえば、俺のことを前から知っていたって言っていたけど、いつから俺のこと知ってたんだ?」


 俺はずっと疑問だった。

俺とアンラはあの日に初めて会ったのに、アンラは以前から俺の顔を知っているかのような発言が多かった。

噂はこの国にまで流れていたのかもしれないが、噂だけじゃ信用性はない。


「わたしはルーカスのことは前から知っていたということは伝えてはいたと思う。でも、ルーカスを始めてみたのは、実はあの時ではないの」


「えっ……? じゃ、じゃあ俺のことはもっと前から知っていたのか……?」


「うん……。ごめんねルーカス、今まで黙ってて……」


「いや、それは全然気にしてないんだけど……。そうだったのか……」


 アンラは申し訳無さそうな顔をしながら俺に頭を下げた。

彼女が悪いだけじゃないし、もしかしたらなかなか言い出せなかったということはすぐに分かった。

だからアンラを攻めるということはしない。


「ちなみに俺のことはいつから知ってたんだ?」


「ルーカスを初めてこの目で見たのは……ルーカスが聖帝になったばかりの頃ね」


「そ、そうだったのか……」


 俺が聖帝になったばかりの頃、それはシャイタンに来てから1年前だ。

でも、まさかアンラに見られていたとは、何だか恥ずかしいな……ん?

俺が訓練しているところを見ていた?


「俺が訓練していたところを見ていたってことはアーリア王国来たことがあるってことか?」


「うん。わたしは一回シャイタンから抜け出した時があってね」


「ちょちょちょ待ってくれ! ここから抜け出したことあるってアンラは魔王だろ!?」


「その時はまだわたしは魔王じゃなかったの。だから抜け出しても何も言われないって思ってたのと、ちょっとだけ外の世界に興味があったから……」


 なるほど、抜け出しても何も言われないというのはかなり引っかかるが、外の世界を知りたいという気持ちは分かる気がする。

というのも、前魔王――――アンラの父親の子どもとして育てられている以上、簡単に外に出すというわけにはいかない。

王族のような強い権力を持つ家庭に生まれ育った者は、きちんと保護をしてあげないと跡継ぎに影響してくるためだ。


「ずっとお城の中にいると、外の世界はどうなっているのかなって知りたくなるじゃない? わたしだって次期の魔王になるということは決まってるから、その日までは全く外に出してもらえなかった。出してもらえたとしても、部屋にあるベランダだけだったの」


「なるほどな……。それで、俺のことをどこで見たんだ?」


「えっと……空から……」


「そ、空……?」


「以前ルーカスを誘おうとして、わたしはサキュバスに変身したの覚えてる?」


「ああ、俺の能力のせいで虜にすること出来なかったやつだよな」


「あ、あんまりそこは掘り返さないで欲しかった……」


「ご、ごめん……」


 アンラは頬をほんのりと赤くしながら視線をそらした。

可愛いけど、なんか申し訳ないことを言ってしまった……。


「えっと……それで、サキュバスの能力を使って空を飛んでアーリア王国に入ったてことか?」


「そういうことなの。そして、七帝はお城の中で訓練をしているって聞いたことがあったから、お城の周りを見ながら誰かいないかなって思っていたら、ルーカスが1人黙々と鍛えているところを見ていたの」


 気づかなかった。

というのも、あの頃はとにかく自分を限界まで追い込んでいた。

特に訓練中は余計周りが見えなくなるため、誰かが見ているなんていうことは考えもしていなかった。

 光属性という珍しい属性を兼ね備えている俺だが、だからといって才能はあるわけではなかった。

剣はまともに振れなかったし、魔法を操ることも出来なかったくらいだ。

 しかし、実家の近くにあるあの森で自分を限界まで追い込んだ結果、俺は念願の聖帝になれた。

聖帝という称号を貰い受け、城の中で過ごすことになっても俺は鍛えることをやめず、朝早くから剣を振り、様々な属性の魔法を研究しては試し打ちをすることばかりしていた。


「それでね、わたしはルーカスがずっと剣を振っている様子を見ていたんだけど、見事に虜にされた。色んな体制でも安定した剣裁き、そしてわたしが全く見たことがない摩訶不思議な魔法を次々に詠唱していく姿……。いつの間にか見惚れてしまっていたわね。見惚れていたっていうのは好きになってしまったっていう意味じゃなくて、凄いなってずっと見入っちゃった方だからね?」


 アンラは顔を赤くしながら、慌てて手を横に振った。

違うからねと何回もアンラは俺に言い聞かせる。

俺はその姿を見てにやけそうになってしまったが堪えた。


「わたしが本当にルーカスに惚れてしまったのは、ルーカスがシャイタンに捕らわれて、わたしの前に来たときだったの。久しぶりに見たけど、ルーカスの姿をあんなに近くで見たのは初めてだった。わたしにはルーカスがカッコよく見えて……。それで、気持ちが抑えきれずに、ルーカスにわたしの気持ちを伝えたってわけなの」


「そうだったのか……」


 アンラが俺に一目惚れしたというのは間違いないらしいが、本当に初めて見たばかりなのに惚れてしまったというわけではないらしい。

 最初は、俺が訓練しているところを偶然見かけ、俺に興味を持った。

そしてしばらく経った後、俺がアーリア王国から追放され、森で倒れていたところを魔物たちに連れ去られた。

で、俺がアンラの前に立った時に初めて俺を近くで見て、アンラは俺を好きになってしまったということらしい。

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