第38話 元炎帝と元雷帝

 結局、サエイダはついてすぐにベットに向かって行って寝てしまった。

まあ、寝る子は育つという言葉もあるくらいだから仕方ない。

帰ってきたらサエイダといっぱい遊ぶとしよう。


「ルーカス」


「ん? どうした?」


「ちょっとだけ外で一緒に散歩しない?」


 サエイダに布団をかけて優しく頭を撫でた後、アンラは俺の目の前まで歩み寄ってそう言った。

2人だけで外に出かけるなんていつぶりだろうか。

サエイダが生まれてからてんてこまいだった俺とアンラ。

たまには息抜きに2人きりで過ごすのもありか。


「分かった。じゃあ行こうか」


「うん!」


 俺は頷くと、アンラはすぐに俺に飛びついた。

一瞬バランスを崩しそうになったが、何とか耐えた。


「っと! 相変わらずいきなりだな」


「だって嬉しいんだもん!」


「俺もそうだよ。にしても、いつぶりだろうな。アンラと2人きりで街に出るのは」


「うーんと……4年ぶりくらい?」


「4年ぶり、か……。いつの間にそんな時間が経ってたのか」


「育児に専念してたもんね。サエイダももう5歳になるって思うと何だかびっくりしちゃう」


「そうだな……」


 サエイダが生まれてから、時間の進みが異様に早いと感じたのは俺もそうだ。

一日中働いているようなものだから、気づけば夜になっていたり朝になっていたり……。

でも、そのおかげでアンラとのお互いの絆はさらに深まった気がした。

お互い兄弟がいなかったせいもあって、小さい子の扱いに慣れていなかった俺とアンラは、色々2人で試行錯誤をしながら子育てに専念した。

おかげで、サエイダは良い子に育っている。

 自分もよく乗り越えたなと自分を褒め称えたいし、アンラにも感謝している。

実際に出産に立ち会うと、女の人はすごいと感じた。

男子にはわからない苦しみや痛みを間近に感じられた瞬間だった。


「ありがとうアンラ」


「ど、どうしたの急に……」


「いや、何だかアンラにそう伝えたかっただけさ」


「隠さなくても良いのに〜」


 アンラは俺の脇腹をツンツンと指先で突いてくる。

脇腹が弱い俺はたまったもんじゃない。

それを見たアンラはニヤリとしてまた突っついてきた。


「や、やめてくれよ!」


「もう、本当は嬉しいくせにー!」


「そ、それはそうに決まってる! アンラとデートなんて久しぶりすぎて嬉しんだ!」


「――――っ!」


 俺がそう言った瞬間、アンラは顔を真っ赤にした。

恥ずかしそうにしながらもじもじとする仕草も久しぶりに見たが、あの頃と変わっておらず、破壊力抜群だった。

俺は思わずドキッとしてしまったが、今度は俺が反撃に出ることにした。


「――――アンラはいつも素敵で、すごく可愛い……。一日中抱きしめていたいくらいだ」


「えっ、急にどうしたの!?」


「母親になったアンラを見て、俺はさらにアンラが美しく見えて仕方がないんだ」


「ちょっ……待って……!」


「それに、アンラはいつも――――」


「もうやめて! 恥ずかしいから……」


 アンラは俺の口を手で塞いでそう言った。

顔を真っ赤にして、頭から煙を出していた。

眼もぐるぐると回して、今にも倒れそうになっていた。


「――――もう、ルーカスのバカ……」


「ごめん……。ちょっと言いすぎちゃったな」


「べ、別に……。久しぶりに言われて……結構嬉しかった……」


「そ、そうか……」


 アンラはチラチラと俺のことを見ながらそう言われ、俺も何だか恥ずかしくなってきてしまった。

 ――――アンラの顔を直視できない……。

恥ずかしさのあまりに俺から視線をそらす彼女を久しぶりに見て、俺は可愛いと思ってしまった。

前から知っているが、やはりこの仕草は破壊力があると改めて実感した。


「じゃあ、サエイダのことはミライに任せておこう」


「どうして?」


「前にミライから話があって、今度サエイダのお世話をして子どものこともっと勉強したいって言ってたんだ。今は休暇に入っているし、丁度いい」


「なら、ミライにお任せね」


 ミライ……ミライ・アライは元アーリア王国の七帝ひとりで、雷属性の魔法が使えるため、雷帝という称号をもらっていた。

アーリア王国がシャイタンに吸収された今はティフィーと同じく、国の防衛を努めている。

気が強い女性で、雷帝時代はかなりの暴れん坊だった。

今は戦いもなくなり平和になったこともあって、落ち着いた性格に変わってはいるが、まだまだ癖の強い彼女の性格はまだまだ健在だ。

 俺とアンラはミライの部屋へ向かった。

俺たちの部屋から階段を使って1階下がれば、かつての七帝が暮らす階になる。

そこから左に曲がって一番奥にミライの部屋がある。

彼女の部屋の目の前に着き、俺はドアをノックしようと手を伸ばしたその時だった。


「なによー、まだわたしと居たい気なの? しょうがないわね」


「また俺をそうやって誘いやがって……! 俺がどうなってもいいのか?」


「ふふっ、そんなの良いに決まってるじゃない」


 扉の向こうから何やらこそこそと声が聞こえる。

明らかに男女がイチャイチャしているとすぐに分かった。

こんな時間になってもこんなことをしているなど、もうあの2人しかいない。

俺はノックをするのをやめ、ドアノブに手をかけて勢いよく開けた。


「「――――!?」」


「お前らはいつまで部屋でイチャついているんだ……」


 2人で一緒に布団に包まり、ノックもなしに入ってきた俺に驚いてこちらを見ている。

ミライと、アーリア王国の七帝の一人で火属性の魔法が使える、炎帝という称号を持っていた野生児な男で、ミライの恋人のホムラ・ヒノサカだ。


「せめてノックぐらいしろよルーカス!」


「いや、呆れてそれをする気もなくなったから」


「そ、それでもノックして入るのが礼儀だと思うけど!」


「こんな時間になってもお互い裸になってイチャついているのが本当に引く……」


 焦っている2人だが、俺とアンラはそろって顔を青くした。

昼を過ぎたくらいの時間にこんなことをしているのが本当におかしいと思う。

せめて夜にしてほしいところだが……。

 実は前回も訪れたときもそうだった。

ホムラに用があって、部屋をノックしたものの留守だった。

しかし、その時隣の部屋、つまりミライの部屋からこそこそと声が聞こえていた。

よく耳を澄ませると、それはホムラとミライの声だった。


「ふふっ……もうホムラったら……」


「お前も懲りねぇなぁ……」


 ホムラに向かって甘えたような声で話しかけるミライの声が、ドアを越えて俺の耳に聞こえてくる。

ホムラも嫌がっている感じはなく、逆に受け入れているような雰囲気だった。


「――――」


 俺はこの時、あることを知ってしまった。

ホムラとミライは、知らぬ間にそこまでの関係になっていたということに。

その時は気を使ってノックはしたものの、部屋の中に響き渡る音は結構慌ただしかった。

ホムラは見た目からしてわかる気がするが、ミライがこれほど積極性があることが驚きだった。

普段はそんな感じがしないからな。


「で、そんな2人にお願いがある」


「な、何よ?」


「俺たちは今からちょっと出かけてくる。その間、2人にはサエイダの相手をしてほしいんだ。この前、ミライが子どものお世話をしてみたいって言ってただろ?」


「えっ! ほ、本当に良いの!?」


「ああ。それに、将来のことを考えたら良い経験になる」


「――――! 分かったわ! ほらホムラ、さっさと着替えて行くわよ!」


「お、おう……。急に張り切ってんなあ」


「だって子どものお世話をすること、一度でもやってみたかったんだもの!」


「――――! フッ、そうか。なら俺も付き合ってやるよ」


 眼を輝かせているミライと、それを見て乗り気になったホムラ。

そんな2人を見て、俺はアンラと付き合い始めた頃に似ているような気がした。

初々しい感じに懐かしさを感じる。


「おい、俺たちはこれから着替えるからちょっと捌けてくれ」


「はいはい」


 ホムラに睨まれながらそう言われてしまったので、俺とアンラはミライの部屋から出ることにした。


「ねえルーカス」


「ん?」


「あの2人、何だか昔のわたしたちみたいじゃない?」


「アンラもそう思ったのか。俺もそう思った。何だか懐かしい感じがして……」


 そう話していると、アンラは俺の頬に手を添えてきた。

見惚れたような彼女の表情を見たのはいつぶりだろうか。


「ルーカス……今日だけ昔に戻ってみない? わたしたちが恋人になったばかりの時みたいに……」


「――――! アンラ……」


 俺はアンラの妖艶な顔に引きずり込まれてしまった。

アンラも惚れぼれとした顔で俺の顔に近づいて来る。

そして、俺たちは唇を重ねた。

いつもは起きてすぐのみになっていたため、こんな時間でするのはサエイダが生まれる前以来だった。

アンラの言う通り、本当にアンラと恋人になったばかりの頃に戻っていた。


「で、俺たちは行って良いのか?」


「「――――っ!?」」


 いつの間にかドアの目の前に、着替え終わったホムラとミライがいた。

俺とアンラは思わず顔を赤くした。

まずい……めちゃくちゃ恥ずかしいところを見られた!?


「それを見たら、あんたたちもわたしたちと変わらないわよ?」


「「――――」」


 それを言われたら、俺たちは何も反論できなくなってしまった。


「えっと――――と、とりあえず俺たちは出かけるよ。サエイダのこと頼んだ!」


 俺ははぐらかして、アンラの肩を掴みながら城の門へと向かっていった。

アンラは何が何だかわからずな感じで、とりあえず俺に背中を押されながら外へと向かった。

俺とアンラの久しぶりのデートは、気まずくて恥ずかしい気持ちから始まった。

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