エピローグ
6.〈 01 〉
朝を迎えたマサコは、いつものように食事の仕度をせねばならぬ。
今日のメニューはまだ決まっていない。前日に買い物をしなかった場合は、特にそうなりがちなのだ。
「今朝は焼き鯖に、里芋と人参とコンニャクのお味噌汁。あと納豆と生卵と明太子フリカケは、いつものようにほしい人が自分でチョイスすればいいだろう」
準備がすっかり整った頃、男2匹が少しの時間差でノソノソとやってきて、6時40分に3人で「イタダキマス」となる。これはこの家の朝のしきたりであり、2人だった頃を含めると、もう10年継続している。
長年愛用してきた正方形の白い食卓。マサコの向かいにマサトが座る。シシロウの定位置はマサコの斜め右隣。マサコは夫の笑う横顔をずっと見ていたいのだ。
「カズちゃんが『マサトくんのママ、声キレイだね』っていってたよ?」
小学3年のマサトは、よくお友だちのカズオ君をこの家に連れてくる。
「そうよ、顔とスタイルだけじゃないのよ」
35歳、女盛りのマサコである。その容姿は「アタシまだ25歳」といっても誰も疑わない、と書いても決して自信過剰ではない。
「だからお父さんはお母さんをスキになったの?」
「あのなあマサト、お母さんは顔とスタイルと声だけでなく、心も美しいのだよ。だからこそお父さんはお母さんを好きになったんだ」
「まあ、アタシのすべてが美しいだなんて……」
マサコは頬を染めた。この歳になっても気持ちは乙女のままである。
「さあさあマサト、おしゃべりばかりしてないで、早く食べちゃいなさい。学校に遅れちゃうわよ?」
「わかってる」
平凡ではあるけれど、こういう温もりに満ちた家庭が今のマサコの生きがいである。今後もずっとこの穏やかな毎日の続くことを、真に願ってやまない。なぁ~んて、まるでベタな恋愛小説のエピローグみたいなこんな将来を、この先のアタシは望むのかしら?
最近になって〈妄想を文章にする〉という楽しみを知ってしまった。お家に帰ったら、今のアタシの脳内ストーリーをちゃんとノートPCのワープロソフトで清書しなきゃだ。
思えば、妄想できるからこそファンタジー小説やなんかがあるのよ。人とは、話す人〈
しっかし、ちょいと前までは小説を書くだなんてマネできないと思ってたアタシがだよ、少しだけど〈書く喜び〉というのを知っちゃうとはね。
まあ今のところは、ネット上に公開するつもりなんてないけど、いつかはアタシもやってみるかもしれない。
「そうねえ、専業主婦になって、子どもが学校へ通うくらいにもなったら、その頃は昼間の暇を持て余してて、そういうことに熱中してるのかもね。ふふ」
少なくとも今のアタシはすこぶる忙しい。大森家の福利厚生担当者であり、ウルトラ読み専者にしてウルトラ読み専アプリの開発者、さらに夜は人気塾講師でもあるんだもんね~。
しかもそれらに加えて、虚史詩さん作『人気だす草なぎ君!』の書籍化リメイク版『アイドル転性 ~ 女の子になっちゃって人気だす草なぎ君!』の下読みアドバイザー的な役目も買って出ている。あ、来月3巻が出ますよ! ――うんうん、楽しみなの。マサコちゃん、発売日にちゃんと買うからね!!
で、ウルトラ読み専アプリ〈
ところが残念無念のレモネード、まだ数えるほどしか売れてない。トホホ……。
小説閲覧アプリなんてタダのが数多く出まわっている昨今、税込み価格4千円というのは、ベラボウに高い! という話もチラホラある。それはわかる。
でもねえ、ウルトラ読み専のアタシにいわせると、自分が読んで確実におもしろいと思える小説を見つけてくれるんだし、パワーショベルの達人も太鼓判を押すほどの高機能アプリなんだから、お手頃だと思うよ。もしかして宣伝がたりてないのかしら?
1か月の期間限定無料お試し版をダウンロードしてくれてる人は、そこそこいるんだけどねえ。例えば〈ビーナピター〉というハンドルネームの自称ハッカー君とかがね。ふふふ。
それはそうと、今日11月27日はトンコの結婚式。
わざわざ大安吉日を選んで火曜にやってくれてるんだよ。あの子ってば、ピンクのウェディングドレスなんか着ちゃって、すこぶる可愛いの。
しっかし、アタシより先に生涯の伴侶を見つけただなんて、ちょいとムカつくけどね。ブタ鼻トンコのくせに! なんてね。
でもまあ、たった1人の親友が幸せなんだから、それはそれでよしとしよう、許す。別にアタシ、羨ましくなんかないんだからね!!
トンコは先月会社を辞めて、今は会計士になるための勉強に力を注いでいるの。今あやつの横で満面の笑みを浮かべて座ってる男と一緒に、年が明けたら税理士&会計士事務所を開くんだって。
式場から帰ってきて、アタシはお母さんに電話しようと決めた。6年ぶりだわ。
だって、いつまでも使ってない携帯電話の料金を払わせておくのも悪いなってずっと考えてたし、だから「もう解約してくれていいよ」というためにね。その代わりにアタシのスマホ番号をちゃんと教えるよ。そして、それよりもなによりも「正男のことを伝えなきゃね」と思うから。
で、すべてを話したら、お母さん「明日お見舞いに行くわ」ですって。アタシとあの子を産んでくれた中原総合病院にね。
どんな姿になってるのかなあ。すっかりオバサンだよね? ふふふ。
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