5.〈 09 〉

 3月14日の午後、まるで明治時代の社交場のような雰囲気が漂う〈相模博物舘〉でトンコと会談中ナウ!

 本日の主題テーマはパワーショベルでの開発案件について。パワーショベルの達人である猪野さんが、アタシを推挙してくれたとか。

 お仕事の内容は、猪野さん監督の下、猪野さんの妹さんとアタシが協力して、以前トンコがいってた〈ウルトラ読み専アプリ〉を作るということ。できあがったらトンコの会社がネット上で世界中の読み専たちに販売してくれるんだって。すっご~い!


「でも萩乃はぎのさんは、就活中なんじゃないの?」

「ワタシの会社でお仕事して頂くの」

「え、もうしたの!?」

「違うよ。したの。昨日ね、嘱託だけど」

「へ……??」


 なんと、猪野さんの妹さんは短大生でありながら、既に〈株式会社 ノウブルビッグバン〉の嘱託社員だそうです。これまたすっご~い!


「それで来週の月曜にでも、打ち合わせを催したいと思うの。場所は猪野さんと最後にお会いした、中原駅前のお店でいいよ。喫茶パキラの園、だったよね? 地味な名前の」

「そうよ。ほら、入ってすぐ横にパキラがあるでしょ?」

「あったかなあ?」

「あるのよ」

「ふうん。じゃそこで月曜13時ね。アプリの仕様とか詳しいことは、そのとき説明するわ。猪野萩乃さんにも聞いてもらわないといけないから。今日は概要だけ少し話すね?」

「ラジャー!」


 5分くらいトンコから説明を聞いた。アタシと萩乃さんで役割分担して開発するとのこと。アタシが内部処理を任されて、萩乃さんの方はグラフィカルユーザーインターフェイス、略してGUI、つまり画面デザイン的な部分を担当するとかどうとか。

 で、監督役の猪野獅子郎さんが、アタシらの作るプログラムをレビューしてくれるの。

 あとコーディネーターのトンコは文字通り調整役。WEB小説投稿サイトの各運営会社から、アプリのアクセス許可をもらわないといけないし、いくつかの出版社にも話を持ちかけるとかで、そういう交渉まで担当するってさ。

 とはいえ、4月からの平日は、アタシはまた夜のお仕事があるし、萩乃さんは短大2年生だから、開発の方はゆっくりペースで進めるとのこと。2週間ごとに、どこか喫茶店で顔を寄せ合ってミーティングをやる程度でね。


 そして迎えた月曜の午後1時、喫茶〈パキラの園〉に3人が集結。

 アタシと萩乃さんはお互いに挨拶を交わし、それからトンコの話が始まった。


 アプリの仕様を4月末までに決めて、ちゃんとした仕様書の形でドキュメントを作る。その後、設計書を作ってプログラムを作成する。6月末くらいには完成させて、それからテストを実施。8月に販売開始という予定なの。


 アプリの名前は〈PowerReaderパワーリーダー〉なんだって。なんだか強そう。ふふ。

 それはともかく、トンコが説明してくれた仕様には、すこぶる驚愕的な機能が1つある。なんとそのパワーリーダーには、猪野さんがアメリカの会社で作ることになっている〈AIによる小説リーディング代行システム〉と連動するオプションをつけられるんだとさ。

 それのどこがすごいのかと申しますれば、利用者の小説の読み方、感じ方、好きなジャンル・作風・文体はもちろんのこと、さらには表現技法・構成方法・世界観・キャラ属性・エッチ度合い・ギャクセンス・ナンセンス・イノセンス・エッセンスなどなど、多角的・総合的な作品特性に対する嗜好を余すことなく身につけたオリジナルの人工知能が、その利用者が読んだらおもしろいと思える小説を間違いなく見つけてきてくれるっていうのよ!


「要するに、アタシのクローンみたいなAI君が、WEB小説でも新刊書籍でも、新作を先に読んでくれて、アタシにとっておもしろい作品だけを教えてくれるってことだよね?」

「そうなの」

「ベラボウだねえ。でもそれでアプリの価格が跳ねあがるんじゃない?」

「価格はそのままよ。小説リーディング代行システムのサービスに会員登録して、発行してもらう承認コードをアプリに入力すればいいだけなの。そのサービスには、アプリの画面に広告が表示される無料会員と、年会費20ドルくらいで広告なしになる有料会員があるのよ」


 聞けば聞くほどすごい機能だわ。もうこれからは、あれやこれやと作品を物色しなくても、100%おもしろいマイお気に入り小説が見つかるんだからね。しかも広告を気にしなければ、会費無料なんだよ。すっご~い!!


「ねえトンコ、肝腎なことなんだけど、アタシの報酬額は?」

「0円なの」

「は??」

「正子には、弊社から開発の報酬を払わないということ。でもね――」

「ちょっとちょっと、なによそれ!?」


 なんだこいつ? アタシをタダ働きさせるつもりかよ!


「まあ最後までお聞きなさいよ。アプリは4千円くらいの価格に設定しようかと考えているのだけど、1本売れたら千円を正子に渡すという歩合契約なのよ」

「えっ、じゃあ1万人が買ってくれたら1千万円もらえるってこと?」

「売れればね。それと、もちろん所得税を払わないといけないよ」

「そうかあ……」

「正子も萩乃さんのように嘱託社員の契約を結ぶ?」

「それだと報酬いくらになんの?」

「正子の塾での稼ぎ1年分は保証できるわ」


 5か月くらいの片手間作業で100万以上か。まあそれも悪くはない。

 けれど、1本売って千円の方が絶対いいに決まってる。だって10万本なら1億円だもん!


「わかった、歩合契約の方に決めたわ!!」

「それでいいのね?」

「もちろんだとも!」


 もしもこの先ずっとニートでもハートに希望の1億! でへへへ~。

 そういうわけでウルトラ読み専アプリ〈PowerReader〉開発プロジェクトの第1回ミーティングが無事お開きになりました。


 ここでアタシは、今まで話しそびれていた正男の件を打ち明けることにした。トンコも少しは幼い頃の正男に会ったことがあるし、萩乃さんだって元クラスメイトだもんね。

 そうすると、2人とも「すぐにでもお見舞いに」といってくれた。だからお店を出て3人で中原総合病院へ向かうのです。


 病院から駅までの道、横浜方面へ帰るお2人を見送りがてら少し話せた。

 トンコは昨日お見合いをしたんだって。お相手は税理士だとか。

 あと萩乃さんね、今でも正男のこと好きみたいなの。次お見舞いに行くとき、またアンタにチョコブラウニーを作ってあげるってさ。よかったねマサオちゃん、今度は感謝の心をちゃんと伝えなきゃだよ。

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