3.〈 06 〉

 お父さんがお金を出してくれて買えたデジタルフォトフレーム。

 思い出のスライドショーは延々と繰り返されている。寂しいときに、こうしてぼんやりと眺めるの。

 あの18歳の秋の夜もそうだった。アタシ、珍しく泣いてたね。

 一向に気分が落ち着かず我慢できなくて、ついに電話をかけたのよ。


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 涙を拭い、わざと明るい声で話す。


「お母さん、今幸せ? 結婚したの?」

『してないわ。お1人様ってやつ』

「ふうん。あのねお母さん、今日アタシ初めての彼氏と、初エッチしちゃった」

『まあそうなの。でも正子、避妊をしっかりとなさいよ』

「わかってるって。ちゃんとスキンついてたよ」

『そのスキンが危ういのよ。破れたりするんだから』

「えっ、そうなの? まさか、それでアタシが……」

『そうよ、できちゃったの』


 お母さんってば、どんだけパワー出させたのよ?

 アタシの母だけのことはあって、当時はスタイルもよかっただろうし、お父さんが本気出すのもムリはない。それで勢い余って突き抜けたのか? 怖いわねえ。


『だから廉価品は使っちゃダメダメ! ちゃんとしたのを選ばせなさいよ。それから空気入れて装着してたらアウトよ』

「えっ、そうなの? じゃあお父さんのパワーのせいじゃあないのね?」

『まあそうねえ。でも、あれでなかなかパワフルだったわよ』

「そうなんだ」

『すごいのよ』

「ふうん」


 アタシたちなんの話してんだか?

 ていうか、お父さんがパワフルで、しかも廉価品スキンに空気入って、それで破裂しちゃったからアタシが生まれたんだ。

 裏返せば、お父さんがパワー不足で、しかも頑丈なのを使って空気入れてなければ、この世界にアタシは存在していない。そう考えると、なんだか不思議。

 そして今のアタシ、少し気分が落ち着いてる。ちっぽけなことでメソメソしていたように思う。

 たいていの女子なら誰もが通る道なのよ。そう楽観的に思うことにしておく。


「お母さん、話聞いてくれてありがと。もう切るよ」

『そう? なにかあったら、いつでも電話するのよ?』

「うん」

『それから、男の子とエッチばかりしてちゃあダメよ』

「わかってるって!」


 これがお母さんと交わした最後の言葉。


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 今頃あの人、どこでどう暮らしてるんだろ?

 我が母、孤独に生きてるなら今年48歳、アラフィフお1人様ですか?

 家族よりも、お仕事とお仕事仲間の男を選んだ女。でも結婚には至らなかった。なんだか、すこぶる寂しい生き方をするものだわ。アタシにはマネできないね。


 スライドショーも飽きてきちゃうから、デジタルフォトフレームをシャットダウンさせてやる。さあ眠りなさい、アタシの思い出たち、なんてね。

 で、今度はパソコンで〈萩乃のババロアレシピ.txt〉を読んでみる。結構わかりやすい説明だわ。猪野さんの妹さんやるじゃん!


「これなら冷やす時間を入れて4時間少々で作れそう」


 午後2時半過ぎか。今からお買い物してきて、すぐ作り始めれば夕食後のデザートに間に合うだろう。

 猪野さんは「妹が1晩かけて作りました」なんていってたけど、たまたま夜の中途半端な時間に作って、それで1晩冷蔵庫に入れてただけなんじゃない? あの男、あれでなかなか大袈裟に表現するところがあったから。


 なにはともあれ、今すぐスーパーへGO!

 思えばアタシ、手作りスイーツなんて家族以外の男にあげたことない。

 ある意味これは、ホントの恋愛に向かっての修業にもなるね。次に出会う彼氏には、そういう部分でアピールしなきゃ。顔とスタイルと声が美しいことなんてアタシの場合、なにも改めて主張する必要ないもんね。

 これまではそっちばかり強調し過ぎて、スケベエな男どものハートをオーバーヒートさせちゃったんだよ。それで5匹あやつらは野獣に変身したってことね。超絶美女と野獣男の組み合わせなんて、物語の世界だけだよ。


 そもそもリアル世界の男というものはだなあ、真面目で仕事ができて、優しくて気性も気前もよくないとダメダメ!

 そしてガッツリ稼げなきゃだよ。顔がいいに越したことはないんだけど、多少のことはよしとしよう、譲歩する。

 だって今までのアタシ、顔だけの男を選んで5連敗したもんね。――いやいや、アタシは決して負けてやしない。運が悪いの。幸が薄いの。だから、それを補って余りあるほどの男を見つけないとね。


 大森家の晩ご飯に3人が揃うのは、どちらかというと少ない。

 そういうわけで今夜は久しぶりの家族ディナーになった。

 メインは、マサコちゃん特製チキンオムライス。ありがちなんだけど、ケチャップ使ってハートマーク描いたりしてるのよ。アタシもまだまだ乙女だわ。てへへ。

 サブの品には、コンソメスープとポテトサラダ。こちらも愛情を込めてご用意させて頂きましたよ。


 食後、テーブルの上も綺麗になったところで、お父さんには仄めかしてあり、正男は覚えてないだろう、例のスイーツを出すときがきた。

 正男が部屋に戻ろうとするタイミングで「ちょい待ち!」という。


「なんだよ?」

「浪人、座ってなさい」


 やっぱり正男は忘れてやがる。ふふふふ。

 冷蔵庫から出してトレーに載せて運んでくる。スプーンも3つ。


「お、プリンか?」

「正男よく見ろ、プリンとは違うのだよ!」


 お父さんはちゃんと覚えてたね。


「ババロアか!!」


 よしよし、ようやく思い出したねマサオちゃん。

 我が家は3人とも甘党。こういうサプライズは全員ウェルカムなのよ。

 そういえばお母さんはお酒飲む人だったわね。その辺りでお父さんとの歯車が狂い出したということも考え得る。夫婦の関係って難しいのよね~。

 アタシは結婚したら、その辺のところうまくやれるのかなあ?


 で、ババロアだけど、正男が真っ先に完食。

 次がアタシで、ゆっくり味わいながらのお父さんがラスト。


「どうだった?」

「うまいことはうまい。だが駅前の喫茶店の味には及ばない」

「うん、オレもそう思う」


 アタシもそう思うわ。レシピがよくても、やっぱり決め手は腕なのかしら?

 それとも猪野さんがいった「3倍おいしい」というのは誇張表現だったか?


「正男もあの喫茶店のババロア知ってるんだね?」

「うん、父さんと食べたことあるんだ」

「なにそれ、いつ2人で行ったのよ? なんかズルいじゃん!」

「夏のことだ。8月の中頃だったか、駅でばったり正男と会ってな、ちょっと寄ったんだ。それで『今夜はどこか外で食べようか』ということになって、お前に電話かけたのだが『そんな用事ぐらいで連絡してこないでよ!』とかいって怒っただろ?」

「……」


 怒ったわ。1番いい下着の日だったからよく覚えてる。

 しかもこの話、この前もお父さんとしたばかり。マサコちゃん気分トホホ。

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