2.〈 08 〉

 駅前から大森家までは、ゆっくり歩くと20分くらいかかる。

 猪野さんのことを考えながら道を行く。あの人の話し方は固過ぎると思う。


 もしも猪野さんのような人をキャラクターにして小説書いてる作者さんがいたら、すこぶる大変でしょうよ。だってセリフの文がいつも〈ですます調〉の丁寧語やら尊敬語やら謙譲語ばっかりで長くなりがちだもの。アタシにはマネできないね。まあ〈ウルトラ読み専〉だから、そちら側へまわる気はありませんけど。

 ていうか猪野さん、もう少し砕けて話してくれてもいいのに。アタシより4歳も上なんだからさ。

 そりゃあ、あの吾郎みたいなチャラい男も、ちょっとあれだったけどね。


   $


 公園の芝生に2人で座って、コンビニで買ってきたサンドイッチを食べた。それから〈ババ抜き〉とかやってんのよ。

 アタシが負けたら吾郎のやつ「うえぇ~~い、おれの勝ちぃ~! おめえ超ヘタクソだしぃ~」とかはしゃぎやがる。

 それでアタシがトランプ投げ捨てて、スマホでネコ動画を再生して「やーん、この子すこぶる可愛いぃ~」とかいったら、「おめえカマトトぶってんじゃねえっつーの!」なんていいやがる。

 アタシはムカついて「オメエこそ、そのしゃべり方チャラ男丸出しぃ~。しかも足超臭いしぃ~」と返してやる。そしたら逆ギレしやがるのよ。


「ざけんなよぉ、バカにしやがって! おめえ1回ボコボコにしてやんぞ? つーか、おめえだって臭ぇんじゃねえのか? いろんなとこがよぉ」

「臭くなんかないわよ、普通の匂いよ」

「普通ってなんだよ?」

「標準的な乙女の香りよ」

「あぁ? 誰が乙女だって?」

「アタシです、ア、タ、シ!」

「おれで5人目なんだろ? それのどこが乙女だ、ざけやがって!」


 ここまでコキおろされて黙ってるわけにはいかないので、アタシは吾郎を前にして、右手を高くあげてやる。


「おれを引っ叩く気か? おれは母さんにも引っ叩かれたことねえんだ。やめてくれよ。つーか、おめえ性格そうとうブスってるわ。おれやってらんねえしぃ~」


 とまあ、吠えるだけ吠えて逃げやがった。――今から半年前のことよ。ホントあやつはすこぶるバカだったわ。


   $


 家に着いた。1階には誰もいない。

 2階にあがって正男の部屋に入った。航空宇宙浪人は机に向かっている。


「アンタ生きてんの?」

「手を見ればわかるだろ? シャーペンを動かしてるんだから」

「シャーペンがアンタの手を動かしてるのかもしれないじゃん」

「それだとB級ホラーだよ」

「で、生きてんの?」

「当然だろ。しゃべってんだから」

「シャーペンがしゃべってるのかもしれないじゃん」

「それだと子ども向けアニメだよ。シャーペン妖怪がしゃべるなんてな」


 ああいえばこういう、こういえばああいう。4歳も下のくせに!


「アンタ女の子は大切に扱わなきゃだよ。いきなりabcは絶対ダメなんだから」

「なんの話だよ?」


 まあ心配せずとも、正男の場合そんなムチャはしないだろうて。


「アンタがお勉強し過ぎてぶっ倒れてやしないか、確認にきてやったの。どうよ、この姉様の慈悲深さ?」

「あっそう。ありがたいです」

「感情こもってないよ?」

「オレはたとえぶっ倒れたとしても、タダでは起きないさ。去年転んで今年はさらに実力がついてるんだからな」


 浪人したことを正当化しようってか? このバカ正男め!


「転んでるようじゃダメダメ! アンタでも『転ばぬ先の杖』くらいは知ってるんでしょ? だからアンタ、そのシャーペンを杖にして歩きなさい」

「オレはどんだけ背中が曲がってんだ! ていうか、それじゃC級コメディだよ」

「もののたとえでしょ。そんなの杖にしたら、先の小さい金属部品がすぐ折れるってば」

「わかってるよ。で、なんの用だよ?」

「アンタ、好きな女の子いるの?」

「オレか? オレの好きな女は、今のところ姉ちゃんだけだよ」


 まあマサオちゃん、アンタって子はそんなふうにお姉ちゃんのこと思ってくれてたの! 今までイジメたりしてごめんね。これからは優しい姉様になってあげるわ。なぁ~んて、このアタシがだまされるとでも思ってんのか?

 アタシはねえ、男のウソを見破ることにかけては〈神的〉といっても過言ではないレベルに達している、つもりなのよ。そんな女神のようなアタシの公平かつ厳正なる審判によると、こやつは芝居してやがるだけ。


「アンタ、そんな目を潤ませた子イヌみたいな顔してもムダよ。お姉ちゃんを担ごうだなんて千年早いわ。ホントおバカさんね」

「クソ~、バレてたか……」


 でもチョッピリ可愛げのある顔だからよしとしよう、許す。


「さて、先ほどまでの会話は、ある意味どうでもよかったのです」

「へ?」

「ここからお姉ちゃんの用件に入ります」

「なんだよ姉ちゃん、今までのは余興的な前置きってか?」

「そうよ。で、お父さんはどこ行ったの?」

「どこかは聞いてねえけど、夕方までに帰るってさ。どうせ本屋か電器店か、買い物かなんかじゃねえのか?」


 コンビニかなあ? いや、お父さんはコンビニとか使わないか……。


「用件ってのはそれだけか?」

「今の会話も、ある意味どうでもよかったのです」

「どんだけ引っ張るんだ。早く話してくれよ!」

「アンタ今夜なにが食べたい? お姉ちゃんがアンタのためだけに作ってあげるんだからね。体を暖めて栄養つけて、それで受験を乗り切らなきゃだよ。ね?」

「ありがと姉ちゃん。オレ姉ちゃんがいてくれたから今まで生きてこれたんだ。常々、心からの感謝を表わさないといけねえなって思ってるんだよ、ホントにな」

「まあマサオちゃん、アンタって子はそんなふうにお姉ちゃんのこと思ってくれてたの! 今までイジメたりしてごめんね。これからは優しい姉様になってあげるわ。なぁ~んて、このアタシがだまされるわけないって、まだわかんないの?」

「クソ~、やっぱムリがあるか……」


 なんか、夕方にやってる国民的人気アニメの姉弟コントみたいね。まあマサオちゃんは、イタズラとかしないだけよっぽどマシだけど。


「で、なに食べたい?」

「中華丼」

「わかったわ。生姜入り玉子スープと杏仁豆腐もつけてやるよ。大満足?」

「おお、ホントいつもありがとな、姉ちゃん」


 うん。これはウソの言葉じゃあないね。わかるの。


「アタシは大森家の福利厚生の一切を任されてるんだから当然の責務よ」

「じゃあできたら運んできてくれな」

「わかったわよ。7時でいいね?」

「それで頼むわ」

「承知しました、お殿様」


 マサオちゃん少しは気分転換になったでしょ?

 アンタは1度エンジンかかったら机にかじりついたままで、根を詰め過ぎる傾向があるんだから。福利厚生担当者として、そこんとこが心配なのよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る