1.〈 05 〉
すっかり仲直りしたアタシとトンコは、喫茶店を出て映画館へ向かった。費用はもちろん各自持ちということでね。
よくありがちな「全米が感動した」とかいう〈枕詞〉をつけて宣伝されている洋画作品に決まった。
アタシなんかは、いつも「全米って、ちょっと感動し過ぎてやしない?」などと疑問に思ってしまうのだけど、でも観たら観たで、全米に属していない〈日本国内日本人〉であるアタシたちにまで、ドッシリでかい感動を与えてくれるのだ。
で、映画の内容はというと、これもありがちなんだけど、最初いがみ合っているNY市警と連邦捜査官が次第にお互いの能力を認め合うようになって、途中にはもちろんピンチだとかパンチだとかペンチだとか、まあいろいろとイベントが起きたり小道具が飛び交ったりもするんだけど、結局は協力して悪の組織を壊滅させるというラストに着地、2人はガッツリ握手するというアクションものだった。
主役はNY市警のオジサンだったけど、アタシは超人気スターの演じている連邦捜査官の容姿と活躍に心を奪われていた。別の有名なスパイものシリーズでは主役をやってて、女子ならまず誰もが認めるウルトラ級のイケメンさんだもの。
今日の猪野さんが、少しでもああいう顔立ちをしてくれていたら、横の席でアタシもトキメキと感動をいっぱいもらえたはずなんだけどね~。あー残念!
逆にトンコはオジサンの方を高く評価していた。いい演技のできるベテランさんだし、しかも渋くてカッコいいもんね。だから許す。
夜を迎える頃には、アタシもずいぶんと気分がよくなっていた。晴れた空に大きく見える月もいいし、ようやく日曜午後の楽しさを取り戻せた感じだった。それまでたりてなかった〈トキメキ指数〉が一気に上昇したからね~。
それでプログラム20%引きのお返しをしてやろうと思いつき、トンコにお寿司をおごってやることにした。
まあ安いやつだけどね。浮いた金額といっても、その程度だったし。
その後トンコと別れて電車で帰ってきた。コンビニに寄って家に着いたら、午後9時を少し過ぎていた。
どの部屋も真っ暗で、お父さんも正男もいない。
キッチンに入って灯りをつけた。冷蔵庫にくっついている伝言版に、ヘタクソな字で「19:10~父さんと外メシ」と書いてある。行きやがったか!
こんなことなら映画観てすぐ帰るべきだったよ。残念無念の回転寿司!
先にお風呂にしようかとも思ったけど、でもやっぱり8千円も出して買ったプログラムのことが気になる。
それで2階のアタシの部屋に行って、アタシが長年愛用しているデジタルフォトフレームを手に取り、隣の正男の部屋に入る。コンビニで買ったババロアも持ってきた。
パソコンデスクの付属チェアに腰かける。廉価品の固いやつだ。
デジタルフォトフレームにセットされているメモリカードを引っこ抜き、この値段が高くてスペックもムダに高いらしい、正男のパソコンにセットする。そして電源オン!
ワインダーズ10Homeの起動を待つ間、ババロアを食べる。うまい!
おやまあ、もうユーザー選択画面が出ている。この速さ確かにハイスペックだ。
「パソコン君ちょっと待ってろ。ババロアうまいし全部食べちゃうね~」
あっという間に食べ終えて、ユーザー〈Masako〉のパスワードを入力する。
そして、ハンドバッグからUSBメモリを取り出してパソコンに挿す。ブスッとな。
すぐに〈E:/〉の画面が表示される。その中の〈combine.wps〉を〈D:/Novels〉にコピーする。これで準備が整った! ときは今、敵はメモリカードにあり!!
ワクワク感が頂点に達したアタシは、思わず「行くわよ!」と声をあげた。
口内の甘味を感じつつ、少し震える手つきでマウスを動かし〈D:/Novels〉の中の〈combine.wps〉を〈PowerShovelで実行〉で実行した。そしたらどすこい、とんでもない悲劇が起きたのです!
アタシは「あぎゃぎゃあぁーっ!!」と大きく叫びました。
そりゃあ絶叫の1つもしたくなりますよ。なにしろ人生最大の失敗をやらかしたのですから。10年もの歳月をかけて集めてきた大切なWEB小説がぶっ飛んだのですから!!
ここでようやく気づくのです。パワーショベルウィザード様が作ってくれたプログラムをゲットして喜び、笑みを浮かべていたアタシは大バカ者だった。それこそが大きな落とし穴だったのよ!
やっぱりアタシは、トンコと猪野さんにだまされたんだわ。その被害は8千円プラスお寿司代金8皿分だけではない! 今日の午後が完全なムダ骨だったし、それよりなにより、お金では買うことのできないWEB小説コレクション約3千作品をメチャクチャにしてしまったのです。
16万円? ――ぼったくりだろ!
パワーショベルの達人? ――ざけんな!
約2千項目のテストをクリア? ――大ウソつき!
正子だけには値引きしてあげたい? ――ブタ鼻詐欺女!
そんなやつらにだまされちゃった大森正子? ――薄幸の美女!
もしもアタシがお金持ちで、あのとき16万円をポンと払ってたら、さらなる損害を被っていたわ。そうならずにすんで少しはマシよねえ。きゃはははぁ~。
なんとバカバカしい顛末だろうか! でもホント巧妙なワナだったねえ……、アタシのように〈生まれたばかりの無垢な弥勒菩薩〉みたいな人間ほど、こういうことでコロリとだまされるものなのよ。
残りの人生はよくよく注意して歩かなきゃね~。
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そんなわけで、昨夜からのおよそ24時間を今の今まで思い返してきたのだけど、同じ失敗を繰り返さないためにも、これを教訓にして生きて行くのよ。
ほら、戦国時代の大名で、戦に負けちゃった情けない自分の姿を絵師に描かせて、生涯の戒めにしたとかいう人、そんな逸話が残ってるでしょ? ――うん、今のマサコちゃんは、それと同じなのです。そんなふうに割り切ることにでもしとかなきゃ、アタシの心は凍え死んじゃう……。
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