1.〈 04 〉
まずは気合い入れに、このすっかり冷たくなってしまったホットレモネードを飲むことにする。もうホントわずかしか、残ってないんだけど……。
それでもちょっとは元気になれた感じがする。これもビタミンCの効能か?
さあ、ここからはアタシの方から打って出てやろう。
「あぁ~あ、トンコが中学の2年から卒業するまでの間、クラスでイジメられずにすんでたのは、誰のおかげだったと思ってんのかなあ~」
「誰なの?」
「アタシでしょ、ア、タ、シ! ここに座ってるマサコちゃんのおかげだろ?」
「どうしてそう思うの。うぬぼれないでよ」
「なっ」
やっぱりこいつ、今ではホント強くなってる。トンコのくせに!
「そうかあ……、ふん、わかったわよ。そういう生意気な態度でくるなら、普段は温厚で寛容なアタシだって、もう容赦しないわよ!」
「どう容赦しないの?」
「どうって、それはこうよ! つまりもう今日限り、この現時刻をもってアタシはトンコと絶交する。今がそうよ、絶交する絶好の機会だわ。いっとくけど、
「ゼッコウだけじゃないゼッコウ?」
ふん、まあトンコは知らないだろうから、ちょいと説明が必要だな。
アタシのハンドバッグから電子辞書を取り出し、4秒で起動。それで〈舌口〉という語句の意味を表示させてトンコに見せてやる。
「舌口の意味は見ての通り〈口先〉だよ。だから『口先だけじゃない絶交』ということになって、つまりガチガチ本気のリアル絶交なの。わかる?」
「わからない」
「バカ!」
「違うもん。正子は現時刻をもって絶交するとかワタシに宣告したくせに、それでもまだ2人で話してるよ。だから、ガチガチ本気のリアル絶交とかいうのは、ただの脅しでしょ?」
「なっ」
「あとワタシ思うのだけど、正子は国語の先生だからって、言葉の知識とかひけらかさない方がいいよ。偉そうで超ウザいもん。性格ブスに見えるよ?」
「んが……」
あちゃー、アタシやり込められちゃってるよ。ていうか、こいつ今ではなかなか賢くもなってやがる。
どうにも攻めづらい。でも負けたまま帰るのはくやし過ぎる。なにか効果的な反撃が必要だわ。どうヘコましてやろうか?
「ねえ正子」
「は、なによ?」
「このプログラム、どうしてもほしい?」
トンコがUSBメモリを見せつけてきた。ムカつくわ!
でも顔に出してはならぬ。スカッとフェースのレモネード仮面!!
「そりゃあまあね。その目的だけで、今日ここまできたんだし」
実をいうと、最初はその目的そのものを忘れてたけどね。
「でも、アタシは16万円なんて絶対払わないよ。ていうか、そんな大金持ってないし」
「うーん、どうしようかなあ……、お仕事の都合上、できればこんな方法は避けたいのだけど、もし正子がどうしてもというのなら、猪野さんのアフターサポートなしで、プログラムだけを売ってあげるというのは、どうかな?」
「あっそうか!」
そういえばさっき、トンコは「サポート20時間つき」とかいってたよ。
そんなのなくていいじゃん! ああでも、それでも数万とかするんだろうな……。
「その条件でいいなら、8千円にできるのだけど……」
「へ!? なにそれ、アフターサポートの有無でそんなに違うの?」
「うん。このプログラム自体の価値は小さなものなの。実際この程度のスクリプト、ものの1時間で作れるみたいよ。それでね、猪野さんのような高い技術力を持つ人による〈保守対応〉の方にこそ、ずっと大きな価値があるの」
「ふむ……、そういうことね。でも8千円……、こりゃあなんとも微妙な金額だ」
タダでもらえるものだと決めつけてたからなあ。
見返りとして、食事1回つき合ってあげればいいくらいに思ってたよ。もちろん費用は猪野さん持ちでね。
「正子、決断するなら今よ。考えてごらん、時間は貴重でしょ? 正子が今まで集めた連載作品も、これから集めるものも、全部一瞬で1ファイルに結合できるのだから。その浮いた時間があれば、たくさん小説読めるでしょ?」
「うんうん、その通りよ! だからこそアタシ、もうホント喉から手が出るほど、そのプログラムがほしくなったのよ! だってそれすごいもん」
「そうでしょ、だから8千円なんてタダ同然よ」
「わかった! それ買うわ!」
こうしてアタシは、パワーショベルウィザード様が作ってくれたプログラムをどうにかゲットできた。――でも、これこそが大きな落とし穴だった。このときのアタシは、そんなことを露ほどにも思わないで、まるで〈生まれたばかりの無垢な弥勒菩薩〉にでもなったかのように、幼けない高貴な笑みを浮かべていたのだ。
「ところでトンコ、このUSBメモリ自体にも費用がかかってるよね?」
「もちろんよ」
「じゃあ、これは後で返すから返金してよ。また他のことに使えるじゃん?」
「それはできかねます。1度お客様の手に渡りますと中古品扱いとなり、弊社ではそれを別のお客様にお売りするようなことは致しておりません。あしからず」
「クソ~、残念!」
いやはや、人とは成長するものだね。こいつも今では立派な営業人だわ。
「あと『正子だから16万円でいいよ』っていったよね?」
「うん」
「じゃあ他の人だといくらなの?」
「20万円」
「え!?」
「でもね、正子は中学2年生のとき、1人ぼっちでいたワタシに優しく話しかけてくれたことがあったでしょ? ワタシどれほど嬉しかったか。それが生涯忘れられなくて。だからこそ正子だけには、ワタシの営業成績を度外視してでも、値引きしてあげたいのよ」
アタシも覚えてるよ。涙を流して、本で隠すようにしてたトンコの姿をね。
でも当時のアタシなんて、物語で泣くとか思いもしなかったから、トンコは誰かにイジメられてるのか、それとも無視されてるんだろうなって思ったんだよ。
「そうかあ、あのときの大恩に報いるために、アタシだと20%引きにするのか~。いわばアタシ限定のウルトラセールだね?」
「そうなの。正子だったら毎日20%引きだよ。だからこれからもよろしくね?」
「もちろんだとも!」
こうしてアタシとトンコは友情を取り戻せた。――でも、これはおよそ6時間で再び消滅する儚い絆だった。このときのアタシは、そんなことをスズメの涙ほども感じないで、自分たち2人がまるで〈しばらく離れていた後に再会した小皇女ベッキーと侍女セーラ〉にでもなったかのように、温かい気持ちで満たされていたのだ。
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