第26話 下心

***

※お酒は二十歳になってから。

※お酒はおいしく適度に飲み方を考えて楽しみましょう。

***



 俺に手渡された紙コップの中身は。



 飲めないから、という理由で人が一回口に含んで戻した、唾液の入り混じるウイスキー。


 タダでさえ多量のウイスキーをストレートで飲むこと自体が気持ち悪いのに、人が口に含んだものだぞ? 気持ち悪さが倍増してないか?




 だがここで、俺の脳裏にある言葉がよぎった。



 ――間接キス。


 それは、回し飲みなどで、ある人が唇をつけた箇所に別の人が唇をつけること。



 よく考えろ。


 これは、リオの口から出てきたウイスキーだ。


 まぁ、ムカつく奴だけど、こいつ一応、顔も身体もモデルみたいな美女だし? 

 初めて会った時は、めちゃくちゃキレイだなって思ったし?

 こいつの趣味も、漫画とかラノベとかゲームとか、俺と一緒みたいだし?

 さっき不可抗力で床ドンしちゃったときだって、正直ドキッとしたし?


 本当に飲めないのか、って言われたら、飲めなくもないっていうか、むしろ飲んでみたいっていうか、本当は飲みたいっていうか……。




 そして、そのウイスキーが入った紙コップは?


 常に冷静なオトナの美女ハルカさん、天使のような可愛さのミホちゃん、そしてモデルのようなスタイル抜群のリオ、という3人の美女が口を付けた、究極の間接キスができる紙コップ。

 

 

 本来ならこんなものを手渡されて、しかも飲まなければならない、という状況で、潔癖症でなければテンションの上がらない陰キャラの日本男児はいないであろう。




 これは、人が口に含んで唾液の入り混じったウイスキーではない。


 ハルカさん、ミホちゃん、リオの唇が触れた紙コップに、リオの口から注がれた聖なる飲み物なんだ。


 俺の人生振り返ってみろ? こんなのを飲めるような人生送ってこれたか? いや、このERINA'S HOUSEに入っていなかったら飲めるはずもないくらいの暗い人生を送ってきた陰キャ野郎だ。



 下心とか、そういう固定観念に囚われて恥ずかしがってちゃだめだ!


 コレを飲まないで、陽キャになれるはずがない!!




 俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。



 ちらっと横にいるリオを見ると。


 酔っ払っているのだろうか、ポーっとした顔をしながら「早く飲めよー」と俺を煽ってくる。

 こいつ、自分が何をしたのか覚えているのか!?




 ……だが、これでいい。

 リオからも了承は得られたことだし。


 いっただっきまーーーす!!!




 紙コップを口につけようとした瞬間。



「遅ーい! もう、これはウチが飲む!」


 ――マナミさんが俺の手から紙コップをぐいっと奪い、そのまま勢いよく一気に飲み干ししてしまった。




 ああああああああああああ!!!!!!!

 俺が陽キャに生まれ変わるための聖水がああああああああああ!!!!!!!




「くうぅー! 染みるぅー! リオちゃんのお口に入ったウイスキー、染みるぅー!!!」


 マナミさん、ウイスキーを一気飲みしてツラいのか、それともリオの唾液が混じったウイスキーが飲めたからなのか、ゆらゆらしながら、今にも天に召されそうな顔をしている。



 本来俺が飲むはずだった、みんなと間接キスができるかもしれなかったウイスキー。


 幸運にも不運にも、下心全開のマナミさんの手によって無くなったのであった。




 さようなら、聖水。さようなら、俺の青春。




 ――とはいえ、順番飛ばしで飲まされずに済むわけもなく。


 さっき入っていたのと同じ量のウイスキーを、新しい紙コップでマナミさんに手渡され。

 

 飲まざるを得なくなってしまった俺は、ショックで少しだけしか唇に付けることができず、ほとんど飲まず。


 ウイスキーは減らないまま、エリナさんの元に渡ったのであった。




「ヨウくん、全然飲んでくれないんだぁ! ……後で覚えておきなさい」


 エリナさんが前髪をかき上げて睨んでくる。


 ミホちゃんがちょびっとだけ唇につけただけだったときは、あんなにケラケラ笑ってたのに。



 でもねエリナさん、違うんです。

 俺、本当はさっきまで、一気に全部飲む予定だったんです。

 でも、こんな新品の紙コップとウイスキーじゃ、もう飲む気になれないんです。

 フォローできなくてすみません。後で覚えておきます。

 でも、非人道的なことだけはどうかおやめください。

 


 この罰ゲームにおいて、自分の番に近い人は飲まないと責められることを理解した。



 こうしてエリナさんは、紙コップに半分以上入ったまっさらなウイスキーをぐいっと飲み干すと、涙目になりながら近くのオレンジジュースをガバガバと飲むのであった。


 ワイワイパラダイスにおいて、マスに止まったら最後に大量に飲まされるパーティーマス。

 このマスだけには、絶対に止まらないようにしよう……。





 残るマスもあと少し。


 止まったマスでちょびちょびとウイスキーを飲みつつも、なんだかんだで俺はギリギリ生き残っていた。


 頭はもうフワフワしているし、身体もピリピリしびれている。



 現在のプレイヤーはマナミさん、ミホちゃん、リオ、俺の4人。


 一気に大量のウイスキーを飲んだからか、エリナさんは途中でソファにぐでっともたれかかり眠ってしまった。


 マナミさん、ミホちゃんはまだまだ飲めそうな顔をしている。バケモノか!?



 そしてリオはボソボソと「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……」とつぶやくようになっていた。


 こいつ、大丈夫か……?

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