第7話 ソファベッド
「あ、あの……。俺より歳上なのに、お兄ちゃんって、違和感ないですか?」
「ううん? 全然そんなことないよー? あ、あとタメ語でいいよ! ミホって呼んでね♪」
やべーな、この人。歳下の俺のことお兄ちゃん扱いしちゃってるよ。
「じゃ、じゃあミホちゃんって呼びます――」
「もう! お兄ちゃんなんだから、敬語は禁止!」
「う、うん!」
だめだ。完全にペース持ってかれてるわ俺。
「あ、そうだー! お兄ちゃんの部屋、見てみたい!」
はい? あの事故現場を見たいだと!?
「え、でも、あの部屋は――」
「うん、もちろん知ってるよ! だから、どんな感じに変わっちゃったのか、見てみたいの」
うわぁ、なんと好奇心旺盛だこと。
「そ、そっか、そこまで言うなら。まだ部屋の荷造り終わってないし、何もおもてなしとかできないけど……」
「やったぁ! じゃ、さっそく案内してもらおーっと!」
ミホちゃん、もとい俺の妹はご機嫌な様子で、螺旋階段をぴょんぴょんと跳ねながら登っていった。
「早く早くー!」と手招きされるが、俺は大きなダンボールを抱えているのでそんなに早く駆け上がれない。
好奇心旺盛な妹に引っ張られる、お兄ちゃんこと、俺。
あれ、何か、この感じ、ちょっと良いかも? よくある妹系ラブコメって感じ?
そんなキモオタ感丸出しの心をを隠しつつ、俺はなんとか階段を登りきった。
ミホちゃんが202号室のドアの前で、ワクワクソワソワしながら俺を待っている。
「鍵は開いてるから、入っちゃっていーよ」
「ホント!? ありがと! お邪魔しまーす!」
ミホちゃんはドアを思いっきり開け、中に入っていった。
ドアは思いっきり開けると閉じずに止まってくれる仕組みになっているらしい。俺も追いつき、部屋の中に入ってく。
ていうか、女の子を部屋に入れるの、冷静に初なんだが!?
何が、はいっちゃっていーよ、だよ!
ハルカさん含めるともう2回も入れてしまったんだが!?
……これは陽キャに一歩近づけたのでは!?
そんなことを考えていると、ミホちゃんは2段ベッドの方を見て、棒立ちしていた。
「……ん? ミホちゃん、どうしたの……?」
恐る恐る尋ねる。
「――ない」
「ないって、何が?」
ミホちゃん、そわそわしている。なんで焦ってるんだ。
「ない! ないの!」
「だから、何が――」
「ソファベッドがない!!!」
――へ? ソファベッド?
「あ、あぁ、ソファベッドなら、廃棄処分したって、ハルカさんが言ってたけど――」
「えええ!? 何で捨てたの!?」
ミホちゃんがバッと俺の方を振り向く。
さっきまであんなにニコニコしていた天使が、怒っているような焦っているような、なんとも掴めない表情をして俺に訴えかけてくる。
「いや、それは俺に聞かれても――」
「んんんんんんんんん……、そっか、そうだよね……」
ミホちゃんはもどかしそうにして、泣くのを我慢しているのだろうか、口をへの字に閉じてしょぼくれている。
「えーと、そのソファベッドに、何か思い入れでもあるの……?」
「うん、あれはね、お兄ちゃんがすっごく大事にしてたものだから……」
――ん? お兄ちゃん、だと!?
「ん? ど、どういうこと?」
「……お兄ちゃんね、アイドルの追っかけばっかりやってたから、あんまりこの家に住んでた人たちと仲がそんなに良くなかったの。でもね、アタシのことは、俺の唯一の妹だってかわいがってくれて。お兄ちゃん、ってアタシが呼ぶと、お兄ちゃんすごく喜んでくれて。すっごく優しくてね、アタシがほしいって言ったものも何でも買ってくれて。アタシはお兄ちゃんが大好きだったの」
ほう? ミホちゃんがお兄ちゃん呼びする人、前にもいたんだ。それが、前に亡くなった住人だったと。そして、ミホちゃんは妹になりきって兄を餌付けしていたわけか。これはパパ活ならぬ兄活か!?
ミホちゃんは淡々と話し続ける。
「そのソファベッドにはね、アイドルのグッズとかたくさん飾ってあって。そのせいで座ったり寝たりできないから、お兄ちゃんはいつも床で寝てたんだけど、ソファベッドの領域を『神の領域だ』って言って、すごく大事にしてたの。アタシがお兄ちゃんの部屋に遊びに行くと、毎回ソファベッドに向かって正座してお祈りしろって言われてて、それがないって思うと、なんだか落ち着かなくて……」
――おいおい、そいつ、大丈夫か? そのアイドルはが神か仏かなんかなのか? 宗教みたいになってるじゃねーか。陰キャオタクの俺でも若干引いたぞ。
「でもね、そのアイドルが亡くなっちゃって。お兄ちゃん、すっごく悲しんでて、アタシにも会ってくれなくなっちゃって。そしたらね、お兄ちゃんから夜中にRINEでメッセージが来て。『俺は神の領域で眠る』って言うから、もしかしてって思ったら、お兄ちゃん、ソファベッドで、眠ったように亡くなってたの……」
うおお、色んな意味で壮絶……。
となると、遺体の第一発見者はミホちゃんだったわけだ。ツッコミどころが多すぎるけど、悲劇であることには変わりないよな。
「そ、そっか……。それは、ミホちゃん辛かっただろうね……」
「うん……。それでね、シェアハウスのみんなに、今までに起きた出来事を全部話したら、みんな気味悪がって、ひ、引っ越しちゃったの……」
ミホちゃん、我慢していたみたいだったが遂に限界が来たようだ。
とうとう声をあげて泣き始めた。
ど、どうしよう。俺、女の子泣かせちゃったよ。
でも、住人が引っ越した理由はなんとなく分かった。そりゃあ怖いわ、俺でも引いたもん。
とりあえず、「よしよし、辛かったね」と頭を撫でてみる。
すると、ミホちゃんはもやしのような細い俺の身体にガシッと抱きついて、顔をうずめるとえんえん泣きはじめた。
うおおおおおおおおおお、どうしよう!!!
こんな状態だけど、女の子に抱きしめられるなんて、人生で初めてなんですけど!
ミホちゃんの鳴き声、俺の骨に響いてるんですけど?
ミホちゃんの息、服を通して俺に当たってて、めちゃくちゃ温かいんですけど?
なんだか、フニフニしたものが2つ俺の身体に当たってるんですけど?
心臓のバクバクが止まらないんですけど?
心臓の音、音漏れしてませんか、大丈夫ですかー?
訳が分からず、アタフタする俺。
そんなとき、ある疑問が俺の脳裏をよぎった。
――あれ? ちょっと待てよ。ミホちゃん、俺に初めて会ったとき……。
「そ、そういえば、俺のこと、お兄ちゃんに似てるって言ってたよね。それってもしかして――」
「……うん、ヨウくん、前にここに住んでたお兄ちゃんに見た目がそっくりなの」
やっぱりかーーーーーー!!!!!!
俺、ミホちゃんが兄活して崇拝していたドルオタ教祖兄貴にそっくりだったことが発覚した。
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