§032 索敵魔法

「そういえば先ほどジルベール様は何であの方達がトラップにかかったとわかったのですか? 誰かがトラップにかかると信号みたいなのがジルベール様に届くとか?」


 森の中を散策中、横を歩くレリアが小首を傾げながら素朴な疑問を投げかけてくる。


「ああ。それはまったく別の魔法だな。実は今日は試験開始と同時に実験も兼ねて索敵魔法も展開してみてたんだ」


「なんといつの間に! でも今朝からジルベール様のことはずっと見てましたが、そのような魔法を展開してるようには……」


「そうだな。どうやら索敵魔法というだけあって隠密性に優れた魔法みたいなんだ。『魔法陣』自体も無色透明で肉眼ではほとんど見えない。実は今でも索敵魔法は展開しているよ」


 そう言って俺はちょうど手の高さくらいの箇所を指でピンと弾いてみせる。

 すると、一瞬空間が歪み、蜃気楼のように無色透明な魔法陣が視界に映った。


「あ、ほんとです! 一瞬でしたが何か魔法陣の紋様みたいなのが見えた気がします」


「だろ。この魔法陣は、魔法陣に触れたものの場所や形を把握できるんだ。つまりは魔法陣を大きく描ければ描けるほど索敵範囲も広くなることになるんだ。今はとりあえず実験として俺を中心として半径百メートル四方で展開しているから、その範囲に誰かが侵入してきたらわかるようになってる」


「なるほど。だからジルベール様は今朝も洞穴や水場の位置を即座に把握できたわけですね。どれくらいの精度で把握できるものなのですか?」


「『五感が研ぎ澄まされる感覚』という表現が一番近いかもしれないな。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の情報が頭に流れこんでくる感じだ。まだ魔法を完全に制御できているわけではないから嗅覚や触覚の感度はいまいちだけど、知覚範囲内に入った者の性別、身体的特徴、装備品くらいなら把握できるよ。まあその分、割と魔力は消費するんだけどな」


 そこまで言うとレリアは急に顔を真っ赤にして慌てたように両腕で胸元を隠す。

 そしてなぜか恨みがましそうに俺のことを睨みつける。


「……ん? どうした?」


「…………」


「…………」


「はぁ。ジルベール様。本当にそういうところですよ」


 レリアはどういうわけか残念そうな表情を浮かべて嘆息する。


 あれ? 俺が何か変なことを言ったのだろうか?


 露骨に不機嫌そうな表情を浮かべるレリアだったが、ひとまず俺は今後の動きに考えを巡らせる。


 合格に必要となる魔石は約五〇個。

 そして、俺達はいましがたそれぞれ三〇個の魔石を手に入れた。

 残り時間は六時間と少し。

 まだ半分以上の時間があるのだ。


 そうなるとここからは『奪う』ことも必要だが、ある程度『守る』ことに重点を置く必要が出てくる。


 そう思うに至って俺は足を止める。


「ジルベール様?」


「この辺りで索敵魔法陣をもう少し広範囲のものに張り変えようと思う」


 そう言って俺は先ほどの思考フローをレリアに説明する。


「索敵魔法陣は俺の覚えている魔法陣の中でもかなり複雑な部類で描くのにはそれなりに時間がかかるんだ。その間は無防備になるから少しの間だけ俺を援護してくれるか?」


「もちろんです」


 俺はレリアが頷くのを見届け、念には念をで現在展開中の索敵魔法陣で周囲に受験生がいないことを確認した上で、一度、魔法陣を解く。


 半径百メートル四方の陣を描くのに俺が費やした時間は二十秒。

 俺の【速記術】をもってしても二十秒かかるということは普通の魔導士だと……大体一週間以上だろうか。

 毎度のことだが【速記術】のような固有魔法でもない限り、とても実戦で使えるレベルではないなと思ってしまう。

 まあそれだから魔法陣は廃れてしまったのだろうが。


 今回は……とりあえずさっきの五倍。

 半径五百メートル四方の魔法陣に挑戦してみようと思う。

 つまり、魔法陣を描くのにかかる時間は一分。

 今までの最長が二十秒なので、俺が魔法陣を描く時間としては最長記録となる。


 俺は集中力を高めるため、静かに瞑目する。

 そして、最大限に意識を集中させ、滑るように指を躍らせる。

 なるべく大きく。でも繊細に。

 すると無色透明のオーラがまるで銀河のように俺を中心として渦を巻くように展開していくのがわかる。

 そして、ついには半径五百メートルの隅々までそのオーラが行き渡ったのを感じ取る。


 準備は整った。


「――索敵魔法・多重展開の領域ドミネーティング・フィールド――」


 そう口ずさんだ瞬間、今までとは比べ物にならない情報が頭の中に押し寄せてくる。


 森陰に身を潜める受験者、岩山を闊歩する野獣、交戦中の受験生もいる。


「……ん?」


 その情報のるつぼの中、とある光景に俺は意識を奪われた。


 あれは……。


「…………!!!」


 俺はパッと目を見開く。

 と同時に先ほど見えた光景に向かって走り出していた。

 迷ってる時間はないとの即断による行動だ。


「レリア! 走るぞ!」

「ひーん。もう走ってますよジルベール様」


 レリアは悲鳴のような声を上げながら、常闇の手枷の牽引効果によって引きずられるように俺の下についてくる。


 そんなレリアに申し訳なさを感じながらも、俺は先ほどの光景の場所まで速度を落とさずに駆け抜ける。


 だって、俺の見間違いじゃなければ……あの二人は確か……。




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