【10話 】壁のミイラ

5分くらいだろうか。リコに隠し事がないか尋ねてから、俺たちは二人きりの牢屋で無言だった。リコは壁際に移動して座り込み、ずっと俯いているようだった。彼女の様子を見ていると質問があまりにもストレート過ぎたのではと後悔しそうになったが、自分たちの命が掛かったこの状況で回りくどい質問も不要だと思うことで自分を正当化するようにしていた。


「なあ、別に隠し事があったとしても、それについて文句を言ったりはしないよ。ただここから脱出するための何かヒントになるようなものがないかを知りたいだけなんだ」

「……」

「お姫様はこれからここに来るのか?もしかしてこのミイラがお姫様なのか?」


仮にこのミイラがお姫様だとして、主人公がお姫様を助けるのがシナリオだとすると、助ける相手がミイラ化している時点で失敗していることになる。ということはお姫様が生きているうちに俺がこの牢屋に入るべきだったとなるが、さすがに主人公が幼い子供のうちに牢屋に入るなんてことはできないだろう。ましてや主人公は“レストランでアルバイトしている”という設定だ。バルムでアルバイト生活を始めて1年くらいだから、目の前のこのミイラは少なくとも1年前には生存していたことになる。

ミイラの頬に当たる部分に恐る恐る触ってみると、ツルツルと光沢のあるような表面が化石を彷彿とさせ、とても1年前に生きていたとは思えなかった。


「お姫様は来ません。……たぶん」


ようやく出たリコの声はとても小さかった。まるでイガイガしたものが胸に詰まっているかのようで、最後はとても苦しそうな声だった。


「……リコが考えた本当のストーリーを教えてくれないか」


そう言うと、リコは身じろぎして少しずつ話を始めた。


「……この世界に転移してきて、自分が作った世界だって分かって、ずっと辛かったんです。私が設定したせいでアルヒラさんの人生が狂ったみたいに、ほかにもたくさん苦しんでいる人がいるんじゃないかって」

「それは、もういいけど……」

「昨日も、その前も、吐きそうなくらいでした。……そこにいるミイラは、たぶん人間じゃありません。考えたんです。お姫様を主人公が助けるお話って、政治のこととか、難しいお話を設定しなきゃいけないって。だから、お姫様じゃなくて普通の人にしようって思ったんですけど、それだとただの犯罪者になっちゃうから……」

「つまり、人間じゃなくて、バルム王国が牢屋に閉じ込めておきたい“何か”ってことか。それがこのミイラなのか?」

「可能性は高いと、思います。私がイメージしてたのとそっくりだから」


そう言うとリコはミイラに近づき、俺と同じように頬に手を当てた。壁から突き出した上半身というのが、リコのイメージする“囚われの何か”ということだったのだろう。


「“1千年少女”……」

「1千年?」

「物語のタイトルです。1千年少女っていう言葉をタイトルのどこかに入れようと思ってました。だから、そのミイラは、たぶん、1千年間そのまんま……です」

「なっ……」


息を飲んでしまった。

少女?少女って言ったか?1千年間囚われたままの少女?それが人間じゃないなら……。


「主人公、アルヒラさんが助けられるっていうことは、まだ生きてるっていうことです。ミイラになっても生きてるってことで……」


恐ろしい告白だった。それをすでに理解していたのか、リコは少し呻き声を上げるとすぐさまこみ上げる物を堪えるように口に手を当て屈んだ。


「リコっ」

「……わたしが、設定しただけでっ……!そんなつもりなかったのにっ……!」


彼女の目の前にまたしても創造主としての苦悩が姿を現した。それは主人公アルが1年間貧乏生活をしたなんて生易しいものではなく、暗い牢屋での1千年間という気が狂いそうな設定を見ず知らずの少女に押し付けてしまうというものだったのだ。


彼女の置かれた立場は、アリの行列で遊んでいた子供が、ある日突然アリ自身になってしまったようなものだろう。純粋に遊びとしてやっていた行為が遊びではなくなったのだ。小枝は大木になって人々をなぎ倒し、手の平の水は洪水となって町や村を押し流していく。まるで命を弄んだ罰かのように、神が地上に引きずり降ろされたのだ。


そんなことを考えていると、彼女のことがとても不憫に思えてきた。彼女はただ趣味に興じていただけで、自分の作品の向こう側に本当の世界があるとは思ってもみなかっただろう。


普通の神様なら、万能の力ですべてを思い通りにできるかもしれない。だが目の前の彼女はこの世界を創造したというだけの、“神様だった”という事実があるだけの人間だ。あるいは、この世界に生きるすべての生き物、すべての事柄に対して責任を負わされただけの存在なのかもしれない。すべてのシナリオを完結させるという責任を負わされた、不幸で無力な女の子だ。


「アルヒラさんっ……、わたしっ…」

「……分かった。分かったよ」


リコの肩に手を置いた。それは思ったよりも小さく、誰だか分からないがこんなものに世界を背負わせようとする相手が憎くなってきた。


「リコの物語を全部片づけてやる。どんなシナリオだろうと、俺が必ずハッピーエンドに導いてやるから」


これは主人公リコの物語だ。


「数々のピンチを乗り越えて、悪い奴らをやっつけて、王様から感謝されて、それで金銀財宝と美少女に囲まれて幸せに暮らすんだ。それがハッピーエンドってやつだろ?」


多少スベり気味のセリフを吐いた直後だった。


「ん、んん!?」


疲れで目が霞んだのかと思ったが、瞬きをする度に目の前にいるリコの身体が透けていくように見えた。


「リコ、身体が……!」

「あ、アルヒラさんっ!何ですかコレ!?魔法ですかっ!?」

「し、知らん!何だ、何で身体が薄くなってるんだ!?」


騒いでいるとリコの身体はみるみる薄くなり、ついにはピンクのシャツと革のブーツだけを残して完全に消えてしまった。


「リコが……、消えた……」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る