【4話】されるがまま

リコは「参加しないと物語が進まないのに、参加すると死ぬ」と言った。彼女の言うことに理解が追い付かなくて、歯がゆさのようなものを感じる。




「すまん、もう少し分かりやすく話してくれないかな」




そう言うとリコは指でメガネを軽く押し上げた。一瞬だけ光が反射し、なにか物々しい雰囲気を醸し出している。




「アパートでもお話した通りですが、この物語も執筆の途中で行き詰まった造りかけの作品のうちの一つです。主人公は治験のアルバイトに参加した後、牢屋に入ることになります」


「牢屋!?えぇ……、なんで?」


「この治験自体、嘘なんです。実際には王様たちが怪しげな人体実験をするための手段で、主人公は被験者になった挙句に処刑されようとしてしまいます」


「うん、待てよ……。“処刑されようとする”ってことは、生き残る可能性もあるんじゃないのか?」


「だから“このままだと、たぶん”なんです。確証はありません。ただ死んじゃう可能性はものすごく高いと思ってます。だって、牢屋から脱出する手段が思いつかなくて、そこで書くのを止めちゃったんですから」


「はぁっ!?」




思わず大口が開いてしまった。前に組まれたリコの両手が、いつの間にか高速で手遊びを始めていた。




「だ、だって!本物の牢屋とか調べてたら、絶対無理って思えてきてっ!」


「そこは、仲間と助け合ったり魔法使ったり、イロイロあるだろっ!そもそも空想の異世界なんだから変にリアルにしなくて良いのに!特殊な……あっ、そうだ!異世界転生の主人公といったら特殊能力スキル!そういうのは!?」


「主人公には設定……してません…」


「ッカハァー!なんてこった!それじゃ主人公は、俺は本当にただの一般人、一般ピーポーじゃないか!」


「……っ」




指摘が核心をついてしまったのか、リコの顔はさらにゆでだこのように赤くなり、もはや顔を上げることすらできないようだ。あまり彼女をいじめるのも悪い、と思った俺は、一旦その場を離れて街中を歩くことを提案した。






俺はリコと街をぶらつきながら、この世界のことやお互いのことなどを軽く教え合った。


リコは高校2年生で、両親と、兄が一人いるらしい。自身が死んでしまったかもしれないということについては認識しているようで、それを聞いて俺は少し安堵した。




彼女のことはちょっとした預言者だと思うことにした。


彼女がこの世界を創造したのは確かだろうが、彼女が記憶している設定以外はほとんど無知なのだ。ただし、彼女が作った起承転結の流れについてはどんな未来のことでも見通すことができる。これは預言者にほかならない。




俺たちは王国をグルリと囲む城壁沿いの内側を歩いていた。王都といえど城壁近くは石畳も少なく、地面はむき出しの土がほとんどとなっている。荷車や馬車の轍で道が凸凹しており、そんな土埃の立つ中で生活するのはやはり貧しい人々が中心だ。




「思うんだが、このまま俺が治験のバイトに行かなければ、やっぱり俺は薄給のまま貧乏暮らしを抜け出せないんだろうか?」




彼女と並んで歩きながら、俺は一番の関心事を尋ねた。




「うーん……。例えば、方法は色々考えられますけど、アルヒラさんがおカネをたくさん稼いじゃったら、もしかすると治験の報酬、金貨5枚では参加しない可能性だってありますよね?私が、主人公は報酬に釣られて治験に参加するって流れを想定しちゃってたから、やっぱりアルヒラさんのお給料が上がることはないと思います」


「貧乏が運命づけられてるのか……」


「そういう表現もできますけど、運命から外れる・・・・・・・ことはできるかもしれません」




横を歩いていた彼女はそう言うと、立ち止まってこちらを見上げた。




「アルヒラさんだけなら物語の強制力は働いたままなので、きっと治験に参加するまで同じ毎日が繰り返されるんだと思います。余分なおカネを得ようとしても得られなかったり、転職もできなかったりしたんじゃないですか?」


「はは……、鋭いね」


「神様みたいなものですから」




まるで全裸のまま白衣の先生にカウンセリングでも受けているような気分だ。彼女に訊けば俺の身体にあるホクロの数くらいすぐに教えてくれるんじゃないか、そう思った。




「でも、それはすべてアルヒラさんの意思で行動した結果です。なら、そこにイレギュラーの意思が入ったら?」


「イレギュラー?」


「私です」




リコは自らの唇の下辺りを指で差した。




「私は本来、この物語には登場しません。だけど何らかの法則、使命、運命によってこの世界に導かれたんだと思います。だからアルヒラさんの運命にも影響を与えることができるんじゃないかなあ、って仮定してみたんです」




彼女の理屈も分からなくはない。考えてみれば昨日の夜だって、リコが背中をさすってくれなきゃ掲示板を見て治験に申し込んでいたかもしれないわけだ。そう言った意味で彼女は俺の命の恩人で、なおかつそういったことが可能なイレギュラーだ。




「色んな方法があると思うんです。例えばあそこ」




リコは少し先にある、街の出入り口を指差した。大きな石のブロックを積み上げた壁が、その部分だけ幅3メートルくらい空いている。そこから出てもバルム王国の統治下ではあるが、草原の中を走る街道だ。




「自暴自棄になったアルヒラさんがあの出入口から都を出ようとすると、たぶん今までは出られなかったと思うんです」


「見張りの兵士あたりに羽交い絞めにされる姿が今、浮かんだよ」


「試してみましょう」




彼女はそう言うと俺の手を握り、ずんずん前へと歩き始めた。




「あっ……!な、何するんだ?」


「決まってるじゃないですかっ。私は、外の草原で倒れてたんですよ?つまり私はこの街に入って来れたんですっ。私がアルヒラさんの手を引いて、一緒に出入口を抜けちゃえば良いと思いません?」


「それにっ、してもちょっといきなりっ、過ぎると思うんだけど!」




控えめなのか大胆なのか、リコは風を切るようにぐいぐいと手を引いていく。




「それが良いんですっ。アルヒラさんの気持ちの整理がついてたら、それはアルヒラさんの意思になっちゃいますから!」


「だからって……!」




出入口に近づく。壁の外側に立つ見張りの兵士の横顔が見えた。






正面まで来ると、リコは口をつぐんだ。見張りの兵士は2人いる。目立たないようにするためだろう。


リコに手を引かれ、歩く速度を少し落として門を抜ける。見張り兵は草原の方を見ている。


兵士の真横を抜けた。




門から出られた。


「出られましたねっ」と笑いながらリコが振り返った時だった。




「お前っ!王都の出入りには許可が必要だ!」




兵士の声に驚き、俺も振り返った。




「…えっ?」


「許可証だ、許可証!持ってないのか!」


「…そんなの、今までなかったんじゃないか?!」




そう、そんなルールは初めて耳にした。




「今日から必要になったんだ!って、お前、レストランの小僧じゃないか?そもそも今は王都から住民が出ていくことは禁じられておる!戻れ!」




俺がリコの顔を見ると彼女も驚きを隠せない様子で、メガネの奥で目をまん丸に見開いていた。




かくして、第1回目の王都脱出は見事、失敗に終わったのだった。






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