第三章:訪問、審問、困りもん。

3-1


 星乃家との奇妙な半同居生活も一ヶ月がたち、破天荒はてんこうなことにも慣れてきた。

 特に最大級の難題だったお風呂事情も、回数をこなせばどうということはない。千夏さんそっくりな相手でも、臆せず体を洗ってあげられるようになった。梨々花ちゃんは将来の旦那だんなさんとして見てくるけど、僕からしたら小さな娘みたいなものだ。父親が愛娘まなむすめと入浴するだけ、そんな穏やかな時間だ。それ以上でも以下でもない。


「ゆーとさん、あついねー」

「お風呂だからね」

「えいっ」

「うわっぷ!?やったな~!」

「きゃはははっ!」


 お湯をかけ合って笑い合う、なんて赤の他人とは思えない間柄になったと思う。顔は全然似ていないけど、はたから見たら本当の家族のように見えるかもしれない。


「こうなったら、たま○まにこうげきだー!」

「それはやめて!?」

「うりゃっ」

「ふぐふぉっ!?」


 無防備な袋に小さなかかとが直撃。華麗なスタンピングだ。

 とりあえず、急所を攻めるのはやめてほしい。きっと全国の父親もそう言うはずだ。


「梨々花っ!悠都君のおち○ちんは大切にしなさいっ!」


 ガラガラガラッ!

 浴室の引き戸を勢いよく開けて、エプロンを着た千夏さんが姿を現す。子孫終了の一大事だと察して飛んで来たみたいだ。

 ――いやいやいや、ちょっと待って。


「ち、ちちち千夏さん!?み、見ないで!?」


 梨々花ちゃんのつるぺたボディを盾にして、僕は自分の裸を隠そうとする。だけど幼児の後ろに隠れたところで、見えない箇所はたかが知れている。頭隠して尻隠さず、どころか半分くらい見えていた。

 いくら家族同然みたいな付き合いになったとしても、好きな相手に裸を見られるのは段違いに恥ずかしいんだ。


「あ、ごめんなさい悠都君」


 ガラガラガラ――ピシャッ。

 だけど千夏さんは気にする様子はなく、冷静に引き戸を閉めるだけ。

 やっぱり僕のことを異性として見ていないみたいだ。

 もしかして娘の結婚相手どころか、息子くらいのノリで接しているんじゃないですか?





 夕食が終わってしばらくすると、梨々花ちゃんはうとうとし始める。食後の睡魔と一日の疲れが同時に襲ってきたのだろう。それに午後八時を過ぎているので、子供はそろそろ眠る時間だ。


「そろそろ帰らないとね」

「え~……もう?」


 眠くなったら隣の部屋に帰り、就寝は別々にする。それがいつもの生活パターンだ。高校生の僕を気遣って、一人の時間を設けてくれているんだろう。うちの母親とは大違いだ。

 僕は一人暮らしを始めるまで、一人の時間と呼べるものがほとんどなかった。家にいる間は監視されているような状態で、外で遊ぶ時もルールに雁字搦がんじがらめ。おかげでまともな交友関係を築けず今に至る。

 そんな幼少期を過ごしてきたせいか、こんな些細ささいなことも新鮮に感じてしまう。


「それじゃあ悠都君、おやすみなさい」

「お、おやすみなさい」

「ばいば~い……」


 二人は隣の部屋に戻っていく。

 きっと梨々花ちゃんは布団に入ってすぐにぐっすり眠るはず。日中ハイテンションな分の反動だ。しっかり睡眠をとって、明日もまた弾ける笑顔を見せてくれるだろう。

 じゃあ、千夏さんはどうしているんだろう?

 明日も仕事……確か本屋の仕事があるはずだから、夜更かしはしないと思う。趣味の時間なのか、それとも子育ての勉強をしているのか。まさか再婚相手のことを考えていたりして……いや、それはないよね。娘のことに夢中で異性がいても目に入らない人なんだから……。


「それはそれで悲しいけど……」


 僕と同じ空間で過ごしても浴室で裸をガン見してしまっても、千夏さんの反応は何も変わらない。異性として見られていないんだ。

 でも、僕以外の人なら……?

 例えば職場で出会った人とか、街ですれ違った人とか。いつ素敵だと思える男性に遭遇するか分からない。それに梨々花ちゃんを産んでいるんだから、恋愛経験だって豊富なんだ。また恋をする可能性だって十分ある。

 僕の思いが届くより先に、新しい恋に目覚めるかもしれないんだ。

 やっぱり、この気持ちを伝えた方がいいのかな……?


「うう……でもなぁ」


 だけど僕はただの高校生。社会経験なんて欠片も積んでいない、全身初心者マークでくるまれた男だ。好意を伝えたところで断られるのがオチだし、何より梨々花ちゃんが悲しむだろう。それに折角ここまで築き上げた関係も崩れてしまい、ただのお隣さんにすら戻れないかもしれない。

 経験がないから分からないけど、別れた後の男女はギスギスするって聞いたこともある。安易な告白は御法度なんだ。


「ダメだな、僕って……」


 勇気も自信もない、二の足を踏んでばかりの毎日だ。

 このままズルズルと、半同居生活を続けていくのだろう……。

 

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