1-6


「あのね。りりかね、ゆーとさんとけっこんしたいの!」


 ――ああ、やっぱり。

 梨々花ちゃんは僕のことが好きみたいだ。

 だけど、それはあくまでも幼児が言う「好き」なんだ。ママが好き、友達が好き、先生が好き。それと同じ意味。

 当たり前だ、勘違いしちゃいけない。


「そっか、僕のお嫁さんになりたいんだね」

「うん。だからもみもみしたの」


 千夏さんがどんなつもりでエロテクニックを話したのか不明だけど、順序が滅茶苦茶めちゃくちゃじゃないだろうか。

 普通は誰かを好きになって付き合い、それからお互い触れ合うようになって、それから最後にすることだ。言葉は悪いけど、これだとまるで『尻軽』じゃないか。あと、子供がやっていいことじゃない。


「で、でもね、梨々花ちゃん。これはね、大人になってからすることなんだ。だから、子供がやっちゃダメなことなんだよ」


 なので僕はやんわりと、いけないことだと伝える。

 今回は僕だったからまだ良かったけど、本物のロリコン相手にしたら何をされるのか、想像もしたくない。


「ふーん、そっかぁ……」

「うん、だからね――」

「やっぱり、ママがいったとおりだ」

「――え?」


 梨々花ちゃんが、にやっと口角を上げる。未熟な白い歯が、やけになまめかしく見えた。


「ゆーとさんならきっと『ダメ』っていうはずだって」

「……は?」

「だから、けっこんするのにピッタリっていってたの♪」

「はいぃぃぃぃぃっ!?」


 頭の中が大混乱のパニック祭りだ。

 つまり、梨々花ちゃんが揉んできたのはわざとで、僕のことを試していたということなのか?誘惑に負けて手を出すことなく、むしろ間違いを正すような善良な高校生だって見抜いていたから……。

 恐ろしい。

 なんて末恐ろしいんだ。

 そこまで行動を先読みして娘に伝える千夏さんもだけど、演技で僕のことを試した梨々花ちゃんも切れ者だ。本当にただの幼児なのかって、疑いたくなってしまう。


「うんっ。ゆーとさんってやさしくてかわいくて、りりかだーいすきっ!」

「いや、ちょっ……そんなこと……」


 飾らないストレートな言葉で好意を向けられると、むずがゆくてたまらない。身をよじって、お好み焼きの上の鰹節かつおぶしごとく、のたうちもだえたくなる。それに僕は人として正しくあろうとしただけで……。


「……ん?」


 今……梨々花ちゃん、何て言った?


「えっと、僕のどんなところが好きなんだって?」

「とってもやさしくてぇ、かわいいところだよ!」


 うん、聞き間違いじゃなかった。

 僕のこと、可愛いって思っているんだ。


「ですよねぇ……」


 自分でも分かっている。

 僕は背が低いし童顔で、男らしさからかけ離れている。だから女子からモテたことなんて一度たりともないし、むしろ同類扱いが多かった。高校生になっても成長期が来ないし、もしかしたら知らないまま終わっていた可能性もあるくらいだ。牛乳浴びるほど飲んできたのに。

 梨々花ちゃんから見ても、僕は『可愛い』の分類に入るみたいだ。他の男性と比べたら子供の体型に近いから、親近感は湧くのかもしれないだろう。むしろその方が好きな理由として合点がいく。


「ゆーとさん、どうしたの?おなかいたいの?」

「ううん、別に。何でもないよ、ははは……」


 でも、梨々花ちゃんに悪気はない。「可愛い」って言われて喜ぶ年頃だし、本人なりに褒めているんだろう。


「……よし。じゃあ、遊びの続きをしよっか」

「うんっ。するする~♪」


 気を取り直して、僕達はごっこ遊びを再開する。

 別に可愛い扱いされるのは今に始まったことじゃない。それに梨々花ちゃんの「好き」はLIKEの方だ。気にすることじゃない。





 その後もいっぱい遊んだ。ピュアルミだけじゃなくて、色んなスーパーヒーローごっこもした。

 梨々花ちゃんはやけに詳しくて、最近のヒーローについてこと細かに教えてくれた。敵役の名前とか設定とか難しくてちんぷんかんぷんだったけど、それはそれで楽しかった。梨々花ちゃんも楽しんでくれた……と思う。

 そして今は、僕の布団の上でぐっすり眠っていた。

 時刻は夜十時過ぎ。子供は眠る時間なので当然だ。僕との時間に満足したみたいで、寝転がったらすぐに寝息を立て始めた。

 むにゃむにゃ、と幸せそうな寝顔にほっとする。大人みたいなことをしてくるけど、子供らしいところだってちゃんとあるんだ。


「……けどなぁ」


 千夏さんは何を考えてを教えたんだろう。それも僕がどんな対応をするか想定した上で……。

 本人に直接聞いてみた方が良いだろうか。

 でも、もしそれが原因で千夏さんとの間に亀裂きれつが入ってしまったら、これからの日常がギクシャクしてしまう。

 だからといって、このまま放置しておくことも出来ない。

 一体、僕はどうしたらいいんだ。

 と、悶々もんもんと悩んでいたら――


「遅くなってごめんねっ!」


 ――千夏さんがバタバタと、慌ただしい足取りで帰ってきた。

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