チャレンジャー!
がらぱごす
第1話「バットを振れ!」
お坊さんの低くしゃがれたお経を聞くと、非日常を体験しているのに冷静な気持ちになる――――そんなことを考えながら、小学生のときに入っていたソフトボールチームの監督の葬式に参列していた。
ソフトボールチームの監督をするような人だったから、他にも地域の人と交流があったのだろう、ざっと席数を行と列で数えてみても二百人は超えている。
斎場の正面――仏様が収まる棺が安置された壇上は、猛々と緑立ち込める五月に勝るほど白をベースに色鮮やか草花で飾られ、天井に吊られたシャンデリアが暖色の明かりで全体を照らしているので暗い雰囲気は一切ない。
少数、悲しみに暮れた人の、あるいは別れを惜しむ人のすすり泣きが聞こえるけれど、全体的には落ち着いた式が滞りなく進行していた。
「真也、行くわよ。」
母とともに焼香をあげに席を立つ。
ほとんどの他人とかつてのチームメイトなど一部の知人の前に立つことに居心地の悪さを感じながら、遺族に一礼して焼香をあげる。
遺影は気持ちよさそうに笑っていた。
***
式が終わると参列者たちがそれぞれのグループになる。
一緒に来ていた母さんと別れて、俺も監督の近くに集まった10人規模のソフトボールチーム――西宮ドリームスの同期の集団に加わった。
「よっ、久しぶり」
中学が一緒のやつとは1年ぶり、違うやつとは4年ぶりの邂逅だった。
俺が話しかけて漂った微妙な空気には気づかないふりをしていると、「……おぅ」とか「あー……久しぶり」とか「元気?」とか返ってくる。
どんな風に話してたっけか。なにせ小学か中学以来だ。背格好もだいぶ変わっている。
話題が思いつかないわけではないが、ちょっと触れにくい話題だ。
――まあ、無視しなかった時点で決まってるな。
「野球、やってる?」
「おう、まあな。」「うん。」「ああ。」「……」「私は……ソフト、続けてるよ。」
「あーそうなんだ……そっか、元気そうで良かった。それじゃ。」
去り際に監督の顔を見る。
安らかな眠り顔。肌色から血の気が抜けて白く粉っぽい。いや、死に化粧ってやつか?
お焼香をあげたときに見た遺影と頭の中で見比べていると、ふと監督の言葉を思い出した。
――いつもいつも思い切りバットを振れ言うとるじゃろおが!今しか振れんとぞ!
小学6年の全国大会につながる大きなトーナメントの県大会2回戦。今思えば小学生ソフトボール版甲子園みたいなものだった。
俺は直前の練習試合での不振にあえぎ、6番から8番に打順が下がっていた。
その日の第一打席は見逃し三振。
ヒットを打たなければいけない。いや、ヒットなんて贅沢は言わない。フォアボールでもいい。とにかく、塁に出て次に繋げなきゃ――
そして、フルカウントからの7球目、アウトコース低めのボールに手が出なかった。ミットにボールがきれいに収まる乾いた破裂音と審判の大きなコール。
フォアボールを狙い日和った俺にはわざとバットに当ててファールにするなんてできなかった。
第二打席はセーフティバント失敗。
紙一重だったが無情にも一塁の審判が下した判定はアウトだった。
これはしかたないだろう――
どこか安心しながらベンチに帰った俺を、なんと監督は烈火のごとく叱りつけて、そのときに言われたのがその言葉だった。
血の気が多い質の監督は「1点取られたら2点取り返せ」が口癖で、打線の上位下位問わずみんなに同じく「思い切りバットを振れ」と言っていた。
チームのためにしたセーフティバントが失敗してアウトというのは、今考えるとたしかに監督が一番嫌いそうなものだった。
そして迎えた第3打席。
俺は思い切りボール球をフルスイングして三振。
このっ!打つ気あんのか!――ともちろん怒られた。どうすりゃいいんだよ。
「ふは」
ここは斎場だ。いかんいかん。
周りを見回すが、誰もが話に夢中で気づいていない。
葬式が終わってそれなりに時間が経過したのに、会場にはたくさんの人が残っている。
監督は思いっきりバット振ったのだろうか――遺影の弾けるような笑顔を見ると、そんな気がする。
そしてその結果、こうしてたくさんの人が葬儀に参列し、式が終わっても残ってくれているのだから、色々あっただろうけれど総合的にきっと正しかった……いや、よかったんだ。
監督の教えを思い出し、停滞していたここ数年の自分を反省する。
斎場を出ると、ゴールデンウィーク一週間前の日曜日のギラギラ目を刺す日差しが照りつけた。うん、と伸びをする。
「参加してよかった!」
空に向かって、独り言を放った。
監督、ありがとうございました、と心の中でつぶやいた。
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