第61話 条件クリア

『炎陽の剣』から預かっている魔石は、Bランクのボスほどのサイズがあった。

 もしボスがBランクだったのなら、Dランクの天水がどう戦おうと、手傷を与えるのがやっとである。


 そもそもボスは、ソロで倒せるものではない。

 パーティで立ち向かうものだ。


 もしソロで戦うのなら、格下のランクが限界。同格以上になると、敗北は必至だ。

 それが、これまで培った春日の常識だった。


「何か、特殊なスキルがある?」


 コツコツと、指先で机を叩きながら春日は考える。

 考え得る可能性は、常時魔物を弱体化させるスキルを持っている場合だ。

 それならば同格と戦っても勝利出来る可能性はある。


 しかし、残念ながらそれでは『炎陽の剣』の証言と、明らかに食い違う。

 彼らは『二人の戦闘は自分達の目に留まらなかった』と言った。


 相手を弱体化させていれば、明らかに動きが変化するため、気付かないはずがない。


 また、『炎陽の剣』はDランクで、天水と同じだ。

 そのメンバーが誰一人、天水の戦闘を追えなかったとなると、別の可能性が浮上する。


「まずもって、Dではないな」


 Bか、あるいはAか。

 Bランクのボスをソロで倒せたとなると、天水の戦闘力はAランク相当が妥当である。


 しかし、Dランクという結果が出た検査は、二週間ほど前に行われたばかりだ。

 たった二週間で、戦闘力が一気に数ランク上がるなど、春日には考えられない。


「わからないな……」


 考えれば考えるほど、謎が出てくる。

 わかるのは、天水が自分の常識には当てはまらない人材だということだけだ。


「一度、会ってみるか」


 もし天水が希少な人材であれば、他国からの引き抜きを止めなければならない。


 高ランクの冒険者は、貴重な戦力だ。

 その上、特殊な能力を保持しているともなれば、益々価値が上がる。


 そのような冒険者を他国に引き抜かれれば、日本としてはかなりの痛手になる。

 また、国家間の戦力バランスも大きく崩れてしまいかねない。


 バランスが崩れれば、待っているのは戦争だ。

 それを防ぐために、相手が『手を出したらただで済まない』と思えるだけの戦力は堅持しなければならない。


「さて、どうやって渡りを付けようか……」


 春日がこめかみに指を添えた、その時だった。

 理事長室の扉が、三度ノックされた。


 そこから現われてのは、娘のさくらだった。


「すみません。今大丈夫でしたか」

「うんうん。大丈夫だよー」


 父のマスクを急いで被り、渉は満面の笑みで頷いた。

 娘は最近、冒険者協会に就職した。


 それまでは冒険者だったのだが、テンポラリーダンジョンで危険な目にあったことで、冒険者を引退したのだ。

 渉は娘の決断を歓迎した。


 危険な職業でいるよりも、娘には安全なところで安全に生活していてほしいと思うのが親心である。


 さくらがお盆に載せたお茶を、机の上に置いた。

 それを啜って、渉は言う。


「ああ、さくらが淹れたお茶は美味しいなあ!」

「それ、総務の下井さんが淹れたお茶ですよ」

「……さくらが持って来てくれたお茶は美味しいなあ!」

「はいはい。冗談言ってないで仕事してくださいね」


 娘と交流したい親心が、さくらの手により叩き潰された。

 とても雑な対応である。

 一体どうして、こんな風に育ってしまったのやら。


 肩を落とす渉の横で、さくらがふとモニターを見た。


「あれっ、天水さんだ」


 さくらの呟きは、掠れて聞き取りにくかった。

 常人ならば、聞き逃すだろう音量だった。

 だが渉はそれを、少しも聞き逃さなかった。



          ○



 朝から晩まで、ソラはレベリングとアイテム収集に勤しんだ。


 ベガルタのような魔人が他にもいる可能性を思うと、手抜いている暇はない。

 完全状態で遭遇しても、まともに戦えるように鍛え上げなければならない。


 また、ソラには不安要素もあった。

 ベガルタと戦闘を終えてから、これまでとは少しだけ戦闘に対する考え方、感じ方が変化した感覚があった。


 具体的には、若干好戦的になった。

 もしかするとあの黒い煙は、元の魔人の性格を少しだけ受け継いでしまうのかもしれない。


「普通に考えて、アレが人体に悪影響を及ぼさないはずがないよなあ」


 勿論、まだまだソラは自分の感情をコントロール出来ている。

 だがもし、今後魔人を倒してまた煙を吸い込んだら?

 いつかはソラが、ソラでなくなってしまうかもしれない。


 そんな不安をかき消すように、ソラはただひたすら魔物を狩り続けた。


 Cランクに上がってから、ちょうど三週間後。

 ソラのレベルが55に上がり、四度目のカンストを迎えた。


「結構時間かかっちゃったな……」


 ソラはステータスボードを眺めながら、軽くため息を吐いた。

 レベルが50になってから、5つ上げるのにまさか二週間もかかるとは思わなかった。


 しかしその甲斐あって、無事上級職に転職出来たのだった。

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