第59話 冒険者協会の理事
レベリングを終えて、ソラは公園のベンチにどかっと腰を下ろした。
「……ふぅ。さすがに疲れたな」
自販機で購入したジュースをぐいっとあおる。
現時点で、ソラはまだダンジョンのボスには挑戦していない。
半日かけて行ったのは、レベリングのみである。
現状のステータスでも、ソラはボスが倒せると確信している。
だが、これまでと違いCランクの魔物は知恵を使う。
「事前情報通りだ。少し、これまでの魔物の動きが違ってたな」
通常モンスターを相手に、苦戦することはなかった。
むしろ圧倒していたといって良い。
しかし、Cランクの魔物は、Dまでとは違い、ただ蹂躙されるだけではなくなっていた。
ソラを攻略しようと、色々工夫しているように感じられた。
知恵は武器だ。
あまり舐めてかかると、手痛いしっぺ返しを食らうだろう。
そのため、ソラは念には念を入れて、Cランクの一般モンスターと戦い続けて、対応力を磨くことにした。
「半日やって、レベル1アップか……」
ステータスを眺めながら、ソラは小さくため息を吐いた。
最も経験値が多いボスを倒していないとはいえ、半日で1つしかレベルが上昇しなかった。明らかにレベルアップ速度が鈍化している。
「まあ、これまで通りトントン上がるわけはないか」
レベルは、上がれば上がるほど、上がり難くなるものだ。
ネットゲームではレベルを1つ上げるのに、毎日八時間プレイして1ヶ月かかるなどザラである。
半日で1上がるのは、まだ良い方といえないこともない。
「なるべく早くレベルを上げて、次の職業に就きたいな……」
手元に上級覚醒の宝玉があるおかげで、ソラの気持ちは急いていた。
早く先を見たい。ワクワクが、抑えられない。
「……どうする?」
現時点で、ソラのステータスは一般モンスターを遥かに凌駕している。
これまでの経験上、これだけ戦えている状態ならば、ボスを相手取っても不足はない。
不安はある。
万が一があった場合、ボス部屋からは逃れられないことへの不安だ。
「うーん。……試しに、ボスにチャレンジしてみるか」
しばし悩んだ結果、ソラは本日最後にボスへと挑むことを決めたのだった。
○
冒険者協会の最上階フロア。
そのフロアの最も奥にある部屋に『炎陽の剣』のメンバーがいた。
招集された理由は、先日の変異ダンジョンでの出来事を、再聴取するためだ。
一度目の聴取は、既に職員によって済んでいる。
聴取では天水との約束を守り、自分たちの力で脱出したことにした。
無論、口裏合わせも抜かりなく行った。
特段、追及されることもなく聴取は終了した。
だが、まさか再聴取が行われるとは思いも寄らなかった。
それも、冒険者協会の理事が直々に聴取するなど、誰が想像していただろう?
一人の男を前にして、碓氷は小さく震えていた。
(この人が……冒険者協会理事、春日渉)
じと、とこめかみを汗が流れ落ちる。
目の前にいるのは、一見するとただの優男だ。
高級そうなスーツに、短い髪の毛。見た目は四十代前半といったところか。
笑い皺のある目元などは、とても人辺りが良いように感じられる。
だが、見た目とは裏腹に、内部に秘められた力は本物だ。
Dランクの碓氷などでは、どう足掻いても数秒で制圧されるはずだ。
(理事にSランクが居るとは聞いていたが、まさかこれほどだとは……!)
ただ座っているだけなのに、圧迫感が凄まじい。
緊張で喉が渇く。
ごくり、碓氷は生唾を呑み込んだ。
その時、春日が口を開いた。
「やあやあ、忙しいところ悪かったね。変異ダンジョンのボスと戦ったんだって? 大変だっただろう?」
男の口から出て来たのは、気が抜けるような不真面目な声だった。
まるで旧友と話すようなそれに、碓氷は危うく戸惑いの表情を浮かべそうになる。
だが相手は冒険者協会の幹部であり、現役最強のSランク冒険者だ。
そのプレッシャーが、碓氷の表情を引き締めなおした。
「いやあ、疲れてるところごめんね。今日、『炎陽の剣』を呼んだのは、この前のお話を直接聞きたかったからなんだよね」
その時、ほんの少し春日の瞳が怪しく光った気がした。
心臓がバクバクと胸を打つ。
(一体、何を聞くつもりだ?)
警戒する碓氷の目の前で、春日が机から魔石を取り出した。
「これ、変異ダンジョンのボスの魔石なんだって? いやあ、すごいサイズだね。これなら数百万円は下らないんじゃないかなあ」
「…………」
「ああ、これは調査が済んだら返すから、安心してね」
「は、はい」
「それで、だ」
春日が僅かに体を前に乗り出した。
ついに来たか、と碓氷は思った。
それは彼の戦闘態勢だ。
(一体何を聞かれる?)
背中が汗でびっしょりだ。
早く家に帰ってシャワーを浴びたい。
「この魔石の持ち主だけど、本当にキミたちが倒したの?」
「……はい」
「そう。見た所、この魔石はBランクのボス並に大きいんだよね。君たちって、いまDランクだったよね。Dランクの冒険者がBランクのボスを倒したら、それはもう大金星だよ! 職員から話を聞いて、さすがだあ、すごいなあ、って思ったものさ。けど、どうだろうね」
碓氷は見た。
これまでとは違う、鋭く尖った春日の瞳を。
瞬間、ぞくっと背筋が粟だった。
「ぼくらが送り出したパーティは、Cランクを中心に編成してたんだけどねぇ。中にはBランクにもうすぐ届きそうな子もいたんだよ。なのに、壊滅しちゃった」
「……」
「ああ、大丈夫。キミたちが殺したなんて、ちっとも疑ってないから」
春日が満面の笑みを浮かべて手を振った。
暗に、『お前達にはそのパーティを殺せるだけの力がない』と言っているのだ。
それが悔しくて、碓氷はぐっと奥歯を食いしばる。
「それでさあ、きみたち」
変わらず笑みを浮かべる春日が、碓氷たちの急所へと、いとも容易く踏み込んだ。
「一体、何を隠してる?」
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