第40話 難関突破

 とはいえこのまま黙っているわけにはいかない。


 ソラは集中する。

 全体へと薄く広く、【気配察知】を広げていく。

 部屋の全てを、感覚が捉えた。


 さらにソラは集中力を上げていく。

 一撃でも貰えば、アッという間に食い殺される。

 だから、一撃も貰えない。


 意識が深い泉の底へと潜っていく。

 不要な情報が遮断され、必要な情報が鮮明になる。

 一秒が、永遠に引き延ばされる。

 アリの体に白い線が微かに灯った。


(……?)


 白い線は、アリの頸や関節部に多く灯っていた。

 他には、外殻に時々浮かんでは消えている。


(――ッ!?)


 この線がなんなのか、ソラは感覚的に理解した。

 アリの弱点だ。


 頸や関節を、その線になぞって斬れば、致命傷になるはずだ。

 また時々外殻に線が浮かぶのも、一瞬だけそこが弱点になっているからだ。


 気がつくと、ソラは動いていた。


 一番近いアリに長剣を振るう。 

 攻撃を認識した途端に、アリの外殻から線が消えた。

 ――攻撃を警戒したため弱点が消えたのだ。


 その攻撃を囮にして、左の短剣で頸を狙う。

 狙い通り、頸の白い線に短剣がすっと突き刺さった。


 瞬間、アリの頭が宙を舞った。

 これまでにはない手応えだ。

 弱点看破の線を攻撃した方が、少ない力でより大きなダメージが与えられる。


 そうとわかると、ソラは白い線を積極的に狙っていく。


 斬って、突いて、蹴って、踏んで、

 いなして、回って、バックステップ。


 全体のアリの動きを逐一把握。

 バックアタックされぬよう立ち回る。

 一気に迫られた時は、アリの頭を踏みつけて、空いている場所へと跳躍した。


(……すごい!)


 ちょっと足で地面をおせば、ぐんと体が加速する。

 自分の体ではないみたいだった。


 Fランクだった時と比べると雲泥の差だ。

 これが本当に自分なのかと思うと、ソラは嬉しくてしかたがなかった。


 これまでは、どれだけ努力しても、結果は変わらなかった。

 けれど今は、努力で結果が変えられる。


 応手は複数ある。そのうち正解手は一つだけ。

 一手でも間違えれば頓死する。

 そのギリギリの戦いの中、ソラは笑った。


 思った通りに動く体が、魔物を倒す攻撃が、かつて憧れた力だったから。


 何度も何度も、ソラは死線を回避する。

【弱点看破】の線に沿って、攻撃を繰り出していく。


 頭をはねて、外殻を潰し、関節をへし折っていく。


〉〉レベルアップしました

〉〉レベルアップしました


「はぁ……はぁ……」


 呼吸が苦しい。

 体が鈍りのように重くなってきた。


(あと何匹いる?)

(あと何匹倒せばいい?)


 水分が足りない。

 喉の奥がカラカラだ。


 だが、水を煽る時間さえない。

 ソラは手当たり次第アリを倒していく。


「ハァ、ハァ……」


 まるで水中で、呼吸が出来ずに喘いでいるみたいだ。

 どれだけ息を吸い込んでも、酸素が足りなかった。


 そこからさらに、十匹、二十匹と討伐していく。

 全てのアリを討伐し終えた時、ソラはその場で大の字になって背中から倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……もう、だめ」


 最後の方は、呼吸困難で死ぬのではないかと覚悟した。

 体中が重たくて、思い通り動けなくなってもいた。


 そんななか、アリの攻撃を一度もまともに食らわなかったのは奇跡である。


 かすり傷はいくつもあった。

 だが、深い傷はない。

 装備している防具が、アリの攻撃のほとんどを防いでくれたおかげだ。


「あ……ぶなかった……ぁ!」


 戦闘が終了すると、遅れるようにして恐怖心が湧き上がってきた。

 あの時、応手を間違えれば顔面が潰れていたとか、あと一歩踏み込んでいたら牙で胴を切断されていたとか、乗り越えてきた死線が脳裡を駆け巡る。


 ブルブルと頭を振って、怖気を追い払う。

 インベントリから水筒を取り出し、ソラは一気に水を煽った。


Lv:29→34 ランク:D

SP:0→25 職業:中級アサシン


 この戦闘を含め、ダンジョンに入ってからレベルが5つも上昇していた。

 インベントリに入っている魔石を確認すると、Dランクの魔石その数82。


「そりゃ、レベルが5つも上がるよな」


 また後ろに倒れ込んで、休息したい気持ちをぐっと堪える。

 ソラはステータスを割り振って、奥に続く通路へと向かった。


名前:天水 ソラ

Lv:34 ランク:D

SP:25→10 職業:中級アサシン

STR:50→55 VIT:50→55

AGI:60 MAG:0 SEN:31→36



 先ほどの部屋の奥に、複数の魔物の気配を感じた。

 ソラが戦闘を終えてもなお、その気配に動きがない。


 考えられる理由は一つだ。


「……やっぱりね」

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