第33話 命の危機に現われたその男

 感情はまだ、ヒールが出来ると叫んでいる。

 けれど肉体はもう、限界だった。


「お、お願い、立って。ねえ、立ってよ!!」


 太ももを叩いても、叩いても、いうことを聞いてくれない。

 春日はぽろぽろと泣きながら、なんとかして立ち上がろうと藻掻く。


 その時だった。


「おい、こっちだ!」


 稔田が【タウント】を行いながら、通路へと移動を開始した。


 一体何をしているんだ?

 訝る春日に、稔田が視線を送った。


『少し、立て直す時間を稼ぐ』


 その意図を察知して、春日は力強く頷いた。

 ほんの少しでも時間があれば、またヒールが使えるようになる。


 春日はダンジョンの壁に、背中を預けた。

 そこでゆっくり、深呼吸を繰返す。


 ………………

 …………?

 ――ッ!?


 春日は息を飲んだ。

 意識が飛んでいた。

 どれくらいの時間が経ったか、わからない。


 即座に立ち上がる。

 先ほどよりも体が軽い。魔力が回復したのだ。

 その軽さからいって、五分十分ではないはずだ。


「稔田くんは? ……皆は!?」


 見回すが、誰もいない。

 おかしい。

 どこかでまだ、戦っているのか。

 春日はじっと息を潜めた。


 だが、戦闘音が聞こえてこない。

 一体どうなっているんだ?


 春日が首を傾げた、その時だった。


 ――ズズ、ズズズ。


 何かが這いずるような音が聞こえてきた。

 即座に春日は、ダンジョン壁にある凹凸に体を隠した。


 ――ズズ、ズズズ。


 通路の方から、音の正体がやってきた。

 ――リッチーだ。


 リッチーが、なにかを引きずっている。

 引きずられているものを見たとき、春日は思わず悲鳴を上げそうになった。


「――――ッ!!」


 寸前のところで口に手を当て、悲鳴を抑え込む。

 リッチーに引きずられているのは、稔田だった。


 一体どれほど抵抗したのだろう。

 彼はまるで、ぼろ雑巾のようになってしまっている。


 じっと見ていると、リッチーの歩みがぴたりと止まった。

 はっとして春日は即座に、身を隠す。


 ダンジョン壁の凹凸が、とても頼りない。


(お願い、来ないで……!)


 春日は祈る。

 だが、ズズ、ズズズ……とリッチーがこちらに向かって歩み始めた。


 少しずつ近くなる音。

 カタカタと体が震える。


 春日は手を組みながら、祈る。

 ふと、リッチーの足音が途切れた。


「……?」


 消えた?

 誰かがリッチーを倒した?

 希望の光が脳裡をよぎる。

 恐る恐る、瞼を開く。


「――ひッ!!」


 リッチーは、目の前にいた。

 逃げだそうにも後ろは壁だ。

 どこへも逃げられない。


 おまけに春日はヒーラーだ。

 Cランクの冒険者だが、リッチーを一瞬すらはね除けられない。


 圧倒的な死の予感。

 カタカタと奥歯が鳴る。


(……お願い、助けてッ!!)


 春日は祈った。

 もう、祈ることしか出来なかった。


 リッチーが軽く手を上げる。

 攻撃魔法を放つ挙動だ。


 それを見て、春日は終わりを確信した。

 自分の人生は、ここで終わるんだ、と。


 その時だった。


 ――ズンッ!!


 激しい衝撃音と共に、リッチーが真横に吹き飛んだ。

 ――誰かが、自分を助けてくれた!


 あと少し遅ければ、春日は攻撃魔法を受けて絶命していただろう。

 本当に、ギリギリだった。


 ――でも、一体誰が?


 見上げた春日は、想定もしなかった人物の背中に呆然とした。


「大丈夫ですか、春日さん」

「あ……天水、さん!?」


 現われたのは、この場にいるはずのない、天水ソラだった。

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