第20話 ブラッディ・ハウンド1

 薄々こうなっていることを予想していたが、それでもこのおびただしい数の魔物には驚いた。


 部屋のほとんどを、ブラックハウンドが埋め尽くしていた。

 おそらくこれらは、他の小部屋にいた魔物だ。


 それがなんらかの理由で、この小部屋に集っているのだ。


(ダンジョン……のせいだろうな)


 この群れは、変異の影響とみて間違いないだろう。

 問題は、ここをどう切り抜けるかだ。


 ブラックハウンドの集団が、ソラを威嚇する。

 その一番奥に、一際大きなハウンドがいた。


『ブラッディハウンド』

 目の端に、ボスの名前が浮かび上がった。


 ブラッディハウンド――ブラックハウンドを率いる上位ハウンド種だ。

 とても冷静な魔物で、冒険者の出方を観察する。少しでも弱点を見せれば、そこから叩き潰される。


 ハウンドの群れを警戒するソラの背中に、じっと冷たい汗が流れる。


(本当に、戦えるのか?)

(僕は生き残れるのか?)


 不安が心を支配しそうになる。

 だがそれを、気合いの声で振り払う。


「うおおぉぉぉ!」


 ソラは勢いよく走り出した。

 それを見て、ハウンドが一斉に動き出す。

 一番近いハウンドが、ソラの足に噛みつこうとする。

 それを足蹴りし、退ける。

 すぐさま次の噛みつき攻撃。

 間に合うものは手足で払いのけ、間に合わないものは腕輪でガードした。


 相手の攻撃を退けながら、ソラは隙を見てハウンドの急所を攻撃する。

 眼球、頸椎、喉元、心臓。


 ひたすら相手の攻撃を受け続ける。

 ソラはじっと耐え忍び、着実にチャンスをのもにする。


 蹴って、突いて、殴って、踏んで。

 スウェー、回転、カウンター。


〉〉レベルアップ


「はぁ……はぁ……!」


 いまでもなんとか、優位を保てている。

 精錬武器のおかげだ。

 ハウンドの体を難なく切り裂く短剣は、一度の攻撃できっちり命を刈り取れる。

 また、必要以上に力まずハウンドを倒せるので、体力の温存にも繋がっている。


(それも、いつまで持つか……っ)


 一体何匹いるものか、攻撃の波が一向に弱まらない。

 僅かでも気を抜けばバランスを崩される。

 そうすれば、アッという間だ。

 ハウンドが群がり、全ての肉を引きちぎるだろう。


(集中だ!)


 ソラは集中力を高めていく。

 魔物の攻撃を捌き続けるソラの奥深くで、もう一人のソラが歓喜する。


 少し前の自分なら、まるで想像も付かなかっただろう。

 こんなに強い魔物の群れを相手に、元Fランク冒険者(じぶん)がまともにやり合える日が来るなんて!


 斬って、殴って、折って、叩いて、

 蹴飛ばし、回避し、受け流し。


「くっ……」


 ソラは、この群れを相手に対等以上に戦えている。

 だが体力は有限だ。このままでは、近い将来ハウンドの群れを押しのけられなくなる。


 問題は、殲滅速度だ。

 ゴブリンとは違い、ハウンドは蹴りや殴りでは倒せない。

 右手に持つ短剣でしか、命を奪えない。


(なにかないか……!)


 体を動かしながら、ソラは必死に考える。

 その時だった。


「ウオォォン!」


 部屋の一番奥に控えているブラッディハウンドが、遠吠えを上げた。

 それと同時に、ソラを囲むハウンドの圧が強まった。


 噛みつきと、体当たりの速度がぐっと上がった。

 その一つ一つに対応する。しかし、


(しまっ……)


 ソラは、手順をわずかに間違えた。

 気付いた時にはもう遅かった。


 ソラの土手っ腹に、ハウンドの頭突きが決まった。


「クッ!」


 威力は、さほどでもなかった。

 しかしソラの態勢を崩すだけなら、それで十分だった。


(なにか、なにか手は無いのか!?)


 バランスを崩したソラが、ハウンドに呑み込まれる。

 その時だった。


(――そうだ!)


 ソラは短剣を右手から左手にスイッチ。

 インベントリを素早く操作。

 格納していたものを取り出し、右手で構えた。


 即座に回転。


「ヒャウンッ!!」

「キャンッ!!」


 続けざまにハウンドの命を奪った剣が、血に濡れててらてらと輝いた。


〉〉レベルアップ


 ソラが取り出したのは、『ゴブリンキングの剣』だ。


 重心位置がおかしいため、しばらくの間インベントリに寝かせておこうと思っていた。

 だが、ここまで追い込まれるとそうも言っていられない。

 少しでも殲滅速度を上げたいソラは、この剣を取り出した。


 とはいえ、バランスのおかしさは健在だ。

 気合いでどうにか出来るものではない。


 ならばと、ソラは考えた。

 重心が悪くてバランスを崩すなら、反対側を重くしてバランスを取れば良いんじゃないか?


 その結果が、剣と短剣の二刀流だった。


(とんでもない斬れ味だ……)


 ブラックハウンドを斬り裂いたとき、ソラはまるで手応えを感じなかった。

 未精錬で、これだ。

 精錬出来れば、Cランクの魔物相手にも十分通用しそうだ。


 ソラの回転攻撃で、攻撃の波が一瞬和らいだ。

 その一瞬を見計らい、一気にハウンドを押し返す。


 斬って、突いて、蹴って、躱して、

 防御、回転、連続攻撃。

 隙を見て眼球を突き、胴を斬り、首を落とす。


 劣性が一気に勝勢へと変化した。


(――行ける!)


 勝利を確信した、その時だった。

 視界の外側で、なにかがぶれたと思った。

 次の瞬間、


「ガハッ!!」


 頭に強烈な衝撃を受け、ソラは遥か後方まで吹き飛んだ。


 二転、三転して、壁にぶつかりやっと停止。


(一体、なにが起こったんだ?)

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