第8話 ホブゴブリン戦

 ホブゴブリンが動いた。

 手にした棍棒を水平にふるった。

 ソラは慌ててバックステップ。


「ギャ!」「ギッ!!」


 ボスの攻撃で、残るゴブリンがはじけ飛んだ。

 棍棒の風圧が、遅れてソラの頬を撫でる。


「…………っ」


 まさか、なんのためらいもなく仲間を殺すとは思わなかった。

 いや、ホブゴブリンにとってゴブリンは仲間と認識してないのかもしれない。


 これで、すべてのゴブリンが消えた。

 残るはホブゴブリンだけだ。


 じっと相手を観察しつつ、ソラは軽く腰を落とした。

 先ほどの攻撃は、肉眼で捕らえられた。


(速度で引っかき回せば勝機はある……か?)


 一度でも食らえば、先ほどのゴブリンと同じようにソラは千切れ飛ぶだろう。

 ホブゴブリンの攻撃からは、それほどの威力を感じた。


 同格か、あるいは格上を相手に、一度も攻撃を食らわずに倒す。

 難易度の高い冒険だ。


 これにチャレンジする冒険者は、まずいないだろう。

 逃げても良いのだ。今逃げても、誰も馬鹿にしない。

 しかし、ソラの闘志は揺るがない。


(僕は、強くなるんだ!)


 いつだって、安全な狩りなんてない。

 少し危なくなっただけで逃げていたら、きっと、難題を前にしただけで逃げてしまう。

 逃げる癖がついてしまう。


 勉強、運動、仕事、なんでもそうだ。

 出来ることだけこなす未来に、成長はない。


 だから、ソラは挑むのだ。

 出来ないことを、出来ることにするために。


「うおぉぉぉぉお!」


 雄叫びを上げ、威圧感をはね除ける。

 次の瞬間、ホブゴブリンが飛び出した。


(――早ッ!?)


 ホブゴブリンが棍棒を振りかぶる。

 慌ててバックステップ。

 だが、離脱が間に合わない。


 咄嗟にしゃがむ。

 次の瞬間、


 ――ボッ!!


 棍棒が恐ろしい音を立てながら頭上を通過した。

 ソラの背中を冷たい汗が流れ落ちる。


 反射的にしゃがみ込んだが、もし少しでも行動が遅れていれば、今頃ソラは上半身を失っていたに違いない。


(徘徊するボスは鈍重じゃなかったの!?)


 聞いていた話と全然違う。

 ソラは噂話に内心抗議した。


 しかし、何事も自分の目で確かめなければ本当のことはわからない。

 ソラは気持ちを切り替えて、ホブゴブリンの脅威度を最高ランクまで引き上げた。


(このままじゃ、難しいか……)


 相手から視線を外さないようにしながら、ソラはステータスボードを出現させる。

 幸い、ステータスを上げてからここまでで、レベルがまた2つ上昇していた。


 レベルアップがかなり速い。

 さすがは【成長加速】といったところか。


 SPをどう割り振るべきか、頭を働かせる。


(速度は少し上げた方が安全か)


 ホブゴブリンがこちらの出方を窺っている間に、ソラは素早くSPを割り振った。


名前:天水 ソラ

Lv:8→10 ランク:E

SP:10→0 職業:中級荷物持ち

STR:11→17 VIT:11

AGI:13→16 MAG:0 SEN:9→10

アビリティ:【成長加速】+

スキル:【完全ドロップ】【限界突破】【インベントリ】

装備(効果):――


 相手の攻撃を回避するためにAGIを、不意打ちの警戒にSENを振る。

 残ったすべてをSTRに割り振った。


 おそらくホブゴブリン相手に、少々VITを上げたところで意味はない。なので耐久力は無視をした。


 準備が整った。

 今現在、出来ることはすべてやった。

 ソラは深く息を吸い込んだ。


 相手の一挙手一投足を見逃さないように、集中力を高めていく。


 相手が、動いた。


(見える!)


 AGIが上がったからか、先ほどよりもホブゴブリンの攻撃を鮮明に捕らえられるようになった。

 だが、それでもギリギリだ。


 攻撃を避け、一気に間合いの内側へ。

 棍棒を振り切った態勢で止まるホブゴブリンの脇腹を、全力で殴りつけた。


 ――ドッ!


 綺麗にカウンターが決まった。

 脇腹の肉が凹み、骨が折れる音が響いた。


 ダメージは与えた。

 だがノックバックしない。

 相手は攻撃直後の硬直が終わり、反撃に移っている。

 対してソラは、全力で殴りつけた態勢で硬直していた。


 攻守交代。

 そう言わんばかりに、ホブゴブリンが棍棒を横薙ぎにふるった。


(――まずっ!)


 逃げる間もなかった。

 ソラは棍棒の直撃を受けて吹き飛んだ。


 五メートルほど飛ばされて落下。

 二度、三度と地面を転がる。


「う……うう……」


 頭がクラクラする。

 自分がいまどんな態勢なのかがすぐに掴めない。


(体は、無事だ……よかった)


 あれだけの攻撃を受けたはずだが、打撲程度で済んでいた。

 それは攻撃を受ける直前に、ソラが前に一歩出たためだ。

 それによって、最も攻撃力が低い根元に体が当たったのだ。


 もし臆病風に吹かれて少しでも下がっていれば、ソラは間違いなく木っ端微塵になっていただろう。

 考えるとぞっとする。


 意識がはっきりすると、間髪入れずに体勢を立て直す。

 脳しんとうを起こしたか。足下が覚束ない。

 だからといって、相手は待ってはくれない。


 ホブゴブリンが驚異的な速度で接近。

 あとコンマ一秒で跳ね飛ばされる。

 そのギリギリの刹那。

 ソラの体が自然と動いた。


 頭を下げ、相手の攻撃を躱しす。

 ブォン! と空気が潰れる音に怯まず、回り込む。


 背後に回ったソラはホブゴブリンの首に腕を回した。


「ガッ!?」


 力いっぱい首を締め上げる。

 ホブゴブリンが棍棒を落とした。

 ソラの腕を、力任せに引っ剥がそうとする。


 ここで剥がされれば次はない。

 あるいは掴まれたまま、地面に叩きつけられるかもしれない。

 最悪の可能性ばかりが脳裡をよぎる。


 少しでも力が緩んだ瞬間に、自分の死(はいぼく)が確定する。

 背後に佇む死神を意識したとき、腕にこれまで以上の力がこもった。


 怪我をしてもいい。このまま腕が壊れてもいい。

 だが、


(死にたくない!!)


 奥歯を噛みしめ、必死になって首を絞める。


「うおぉぉぉ!」


 雄叫びを上げ、さらに腕に力を込めた。

 すると、


 ――バキッ!


 首の中でなにかが折れる音が聞こえた。

 その瞬間、ホブゴブリンの手がだらんと垂れ下がった。


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