第26話

 そして、暁斗は気絶している男たちのところへ戻ってきた。

 タイミング良く、三人とも呻き声を上げながら起き上がろうと足掻いている状況だった。


「……クソ……、次に会ったらぶっ殺してやる……。」


 そんなことが出来ない程の力の差を見せつけられながら言葉に出しているのは、みっともない強がりでしかない。暁斗は道端に置いてある木箱に腰かけて、三人が立ち上がるのを待っている。


「オイ、人を待たせてるんだ……。そんな強がりに無駄な体力を使ってないで、早く起きてくれないか。」


 既に誰もないと思っていた三人は暁斗の言葉に慌てて、声の聞こえた方向を見た。


「な、何だ、お前は。……さっきの奴の仲間か!?」


 一番最初にルーファスの蹴りで気を失った男が落ちていた短剣を手に持ち、暁斗に対して身構えた。


「仲間……、みたいなものになるのかな?あっちは俺のことを知らないんだけど。」


「何をわけのわかんねぇこと、ゴチャゴチャ言ってんだ?」


「お前の質問に丁寧に答えてやってるんだ。……まだ頭が混乱してるなら、もう少し待ってやるから落ち着けよ。」


「うるせぇ!」


 男は叫ぶように声を上げて、短剣を突き出して暁斗に向かってきた。突っ込んできた男の身長は暁斗より10センチ以上高く、体格差は歴然だった。

 だが、ルーファスと暁斗の体格は似たようなものであり、そのルーファスに完膚なきまでにやられた直後である。学習能力があれば、いきなり斬りかかるような無謀なことはしないはず。


 暁斗は自分の心臓に向かってくる短剣を軽く躱して、男の手を掴んだ。ドワイトとの模擬戦を繰り返していた暁斗にとって、この男の動きは止まっているのも同然だった。


「……落ち着くための時間をやったんだから、少しは頭を使ってみろよ。」


 暁斗は掴んだ手に力を込めると、男は『ギャーッ!』と見本のような叫び声を上げて短刀を落としてしまう。


 すると、二番目に体格の良い男が暁斗の隙をついて斬りかかってきた。暁斗は呆れた表情を浮かべながら、手を掴んでいた男を斬りかかってきた男に投げつけた。


 折り重なるように飛ばされてしまった二人は、痛みを堪えながら暁斗を見た。その様子を見ていた細身の男も含めて、男たちの瞳には怯えが生れている。


「な、何なんだよ、今日は?……さ、さっきのヤツと言い、何なんだよ?」


 細身の男が震えた声で、誰に問いかけるともない問いを投げかけた。


「今日がお前たちにとって、どんな意味を持たせるのかは、これから決める。……少し大人しく答えろ。」


 静かに語りかける暁斗の気迫に押されて、三人は息を呑む。少しの間を置き、吹き飛ばされた二人が身体を起こして地面に座り込んだ。


「何を答えろって言うんだ。」


 このまま抗っても無駄なことを理解したように、暁斗の要求に応えた。無駄な時間になることは分かっていながら、暁斗にも覚悟を決めるための答えが必要だった。


「質問は簡単だよ。……さっき、もみ消す必要もないくらいに悪さをしてきたって言ってたよな?例えば、どんなことをしてきた?」


 男たちは暁斗の質問に驚いて、お互いの顔を見ていた。誰が答えるのか譲り合っているようにも見えたが、結局は一番体格の良い男が話し始める。


「……どんなって……、主に……、盗みだ。」


「盗みね?……ただ盗むだけか?」


「そりゃぁ、人を傷付けたりもしたけど……、殺したりはしねぇ。」


 こんな時にまで保身を図ろうとする男たちに、暁斗は呆れてしまう。目の前にいる暁斗が何を確認しているのか分からないので、出来るだけ悪い印象を与えないように言葉を選んでいた。


「人を殺していなければ、盗んでいいとでも言うのか?」


「……い、いや……、そんなことは言わねぇが……。」


 男が口籠ると、細身の男が援護するかのように話に割って入ってきた。


「い、生きていくためには仕方なかったんだ。……俺たちみたいに貧しい家に生れてきた人間は、悪いことでもしないと生きていけなかったんだ。」


「そうだ。そうなんだ。……生きていくための手段だ!」


 言い逃れするヒントを得て、大男は細身の男の言い訳に便乗することにした。だが、そんな言葉には何も意味がないことを分かっていない。


「生きていくために、女を襲うことは必要なことか?」


 男たちは黙ってしまった。論点をすり替えた言い訳で逃げ切ろうとしていたが、暁斗がそれを許さないことに気が付いたらしい。

 暁斗は男が落とした短剣を拾って、その短剣を眺めながら質問を続ける。


「……この立派な短剣を売れば、数日は食べることも出来るだろ?……食べ物よりも、こんな武器が必要なのか?」


 大男は暁斗の視線が自分から外れた隙を窺って、背後に落ちていた角材を静かに手繰り寄せていた。話の展開次第では暁斗を殺してしまっても構わないと考えている。


「……護身用に武器は必要なんだ。」


「そうなんだ。」


 暁斗を納得させられる答えでないとしても、時間稼ぎにはなる。大男は細身の男に目配せをして、暁斗の気を逸らさせるように指示をした。


「……そうなんだ!この国で貧しくても生きていくためには、そんな武器を持って、何でもやらなきゃいけなかったんだ!……必死に生きていこうとしてる俺たちの気持ちが分かるか!?」


 わざとらしく大きな声で演説をするように語る細身の男に暁斗が目を向けた瞬間を大男は見逃さない。角材を両手で持ち、暁斗の頭めがけて殴りかかった。

 男たちは価値を確信して微笑んだが、暁斗は片手で角材を止めてしまう。


「ゴメン、やっぱり分からない。……それに、短剣なんて持たなくても身を守るため使える物があるじゃないか?」


「……安心しろよ。……まだ、俺も人殺しになるつもりはない。」


 殺されはしないが、何をされるか分からない。男たちは、その場に膝をついて暁斗に許しを請うしかなかった。


「……俺たちが悪かったよ。……も、もう二度と悪さはしない。誓うよ。……もう二度と女を襲ったりもしない。……た、頼むよ見逃してくれ。」


「……もう二度としないんだ?」


 その言葉は過去に何度も罪を犯してきたことを意味する。暁斗は素早く動き、手に持った短剣で男たちの両目を斬りつけた。


 一瞬の出来事に何が起こったか分からない男たちは混乱したが、見えていたはずの景色が失われて、両目からは激痛がする。

 男たちは顔を押さえて呻き声を上げながら、地面の上でのたうち回る。


「俺の甘さでお前ら見逃してしまったら、不幸になる人が増えるかもしれない。そうなったら、俺は今日のことを後悔する。……不幸な人は増やしたくないし、後悔することもしたくない。」


 アーシェから目の治療は不可能に近いと聞いていた。命を奪うことまではしたくなかったが、この男たちの罪も止めなければならない。


「……お前らは罪を重ねる人間なんだ。……これぐらいのことで改心出来るなら、俺はお前らを見つけることはなかったはず。」


 命に関わる程に深く斬りつけていないが、しばらくは激痛が続くだろう。暁斗の言葉も届いていないかもしれないが、最後に伝えておくことがあった。


「俺も、お前たちを傷付けた罰はいずれ受けることになると思う。……だから、お互い様ってことでいいよな?」


 それだけを言い残して、暁斗はメイアたちの元へ戻ることにした。歩いている途中にあった細い水路に暁斗は短剣を投げ捨てた。



「待たせてゴメン。……帰ろうか。」


 静かに話す暁斗をメイアは悲しそうな瞳で見つめている。その瞳を見て、言霊の精霊石の効力を消してもらうことを忘れていたことに気が付いた。


「……あっ……、もしかして全部聞こえてた?」


 効力は短時間しか続かないと聞いていたが、具体的な時間は分かっていない。ただ、聞こえていないとすれば、こんな悲しそうな瞳で見つめることはなかったはずだった。

 

 メイアが小さく頷いて、暁斗は『そっか』とだけ答える。


「この世界のことなんて放っておいても良かったのに……。」


 暁斗は何も言わずに本の入っている袋を持って歩き始める。

 アーシェは心配そうな顔で暁斗を見ているが、暁斗はアーシェの目を見ることが出来ないでいた。

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