第23話
「まぁ、いいや。どちらにしても、エリスって人の指示だったんだろ?……派手な剣も持ってみたかったけど、俺にとっても都合がいいかもしれない。」
暁斗としても、元の世界で入手困難な武器で慣れてしまうよりも日本刀に近い形状の武器の方が良いのかもしれない。
――俺は、
和やかな雰囲気に飲み込まれてしまい、本来の目的を忘れそうになってしまっていた。暁斗は、『人を殺すための訓練』が受けたくて異世界に留まっている。
何もできずに反撃を受けて死にかけていたことは記憶に残っていた。痛みと後悔しか感じることのできなかった時間を再び味わうわけにはいかない。
異世界では世界を救うための冒険を成功させるために協力することで強さを求めることは正当化できる。だが、元の世界では私怨を晴らすための行為でしかない。
――やっぱり俺に煌びやかな剣は似合わない……。
武器に装飾を施してみても所詮は他人を傷付けるだけの道具に過ぎない。美術品のように価値を見出そうとすることもあるが、本来は芸術とは縁遠い存在でしかない。
そう思いながら手にした黒一色の刀を見ていると、少しだけ愛着が湧いてくるような感覚になる。ジークフリートやドワイトがこの剣を暁斗に相応しいと言った真意とは全く違った解釈で納得してしまった。
「……それで、他にも何かもらえるの?」
「あぁ、これだよ。」
ジークフリートは小さな布の袋を少し揺らしながら暁斗の前に差し出した。チャリンチャリンと金属の擦れ合うような小さな音が聞こえてくる。
「……これは?」
「袋を開けて、中身を確認してみるといい。」
暁斗は言われた通りに袋を縛っている紐を解いて、中身を確認してみた。この世界の通貨だろうか、数枚のコインが入っている。
「……お金?」
「あぁ、すまない。……この国で流通している硬貨だよ。こちらで生活する間、不自由があってはいけないからエリス様が準備してくれたみたいだ。かなりの額が入っているけど、足りなくなったら言ってくれ。」
ジークフリートは暁斗が記憶障害の影響でコインの価値を忘れていると考えて謝ったのだろう。
それでも暁斗には有難い措置だった。何かある度にメイアに支払いを任せなければいけないのは申し訳なかった。
「ありがとう。……そう言えば、この世界で買い物なんてしたことなかったから助かるよ。」
「……この世界で?……記憶を失ってからの話だろ?記憶を失う前には買い物だってしてたはずだろうから、きっとこれから色々思い出すよ。」
「あっ、あぁ、そうだよな。」
仮病を心配されているような罪悪感が芽生えてくる。
ジークフリートは暁斗の存在に謎を抱えたままであるが、記憶障害に関しては信じてしまっていた。ドワイトも暁斗に関して全てを知らされている訳ではないが、訓練に手を抜く様子は見られない。
暁斗はドワイトの方を見て、
「ちょっと前にお土産でお菓子を買ってきたのって覚えていますか?」
セリムを初めて見た日の帰り、セリムが食べていたお菓子をお土産で買ってきたことがある。その時の暁斗は無一文だったので、支払いはメイアに任せてしまった。
「ええ、覚えております。」
「これで、あのお菓子を買えるだけ買ってきたら、どうなりますか?」
暁斗は袋から硬貨を取り出して手の平に乗せた。金貨が5枚と銀貨が10枚あり、思った以上の枚数で零れ落ちそうになる。
「ほぉ、これは結構な額になりますぞ。……買えるだけのお菓子では、アーシェがパンパンに膨れ上がってしまいます。」
それだけ大量に買えてしまうのだろう。アーシェくらいの年齢であれば、多少ふっくらしていた方が可愛らしいとは思うが病気になってしまう。
暁斗はアーシェを見てみたが、口を横一直線に固く結んで『お口チャック』を守ろうとしていた。
「随分と気前のいい話だけど、もっと早くに渡してくれたらいいのに。」
「他事でバタバタしていて忙しかったんじゃないかな?……何だか慌ただしい様子だったし。」
セリムが冒険に行くことを了承しているのであれば、今更慌ただしくする必要もないのだ。
まだ何か解決していない問題でも残しているのかもしれない。
「とりあえず、たしかに受け取ったよ。ありがとう。」
「どういたしまして。エリス様からの頼まれ事は、これで終わりだ。……では、次に……。」
ジークフリートはドワイトを見た。
届け物についてはジークフリートの仕事でしかないが、この先の話はメイアにも内緒とされる部分。
「私にもアキトの修練を手伝ってほしいとのことでしたが……。」
「そうだな、私一人では、これ以上にアキト殿を強くすることが難しいかもしれない。手伝ってはくれないか?」
「今のドワイトさんと互角以上に戦える者なんて、騎士団の中でも限られます。……それでも、まだ不足なんですか?」
「不足だな。アキト殿には全盛期の私以上の力を求めている。……今の騎士団程度とは比較して考えたくないのだ。」
「今の騎士団程度、ですか?」
ドワイトは、かつての自分が受けていた名誉ある称号を小馬鹿にしたように言い放った。暁斗の修練を始めた時も言っていたが、ドワイトは今の国に対して否定的な意見を持っているのかもしれない。
「お前を飼い殺しにするだけの無能集団に成り下がった名前だけの騎士たちだからな。」
「えっ?……私は、飼い殺しになど……、されていません。……ちゃんと、与えられた務めを果たしています。」
ジークフリートの表情は明らかに曇っている。これまでになく歯切れの悪い返事であり、何も知らない暁斗でもドワイトの言葉が正しいことを理解する。
「いつまでも、そんな言葉で誤魔化していては何も変わらない。お前自身も分かっているのではないのか?」
「誤魔化してはおりません。ですが、あの日、貴方が止めてくれなければ、私は……。」
「そうだな。……だが、お前もアキト殿と戦ってみたくなっているのではないか?」
ジークフリートの身体が僅かに反応する。木陰から登場した時の雰囲気からしても図星を突かれていた。
暁斗が介入することの許されない会話だった。二人の頭の中には過去の回想が流れているだろう。
――ジークフリートをドワイトさんが止めた?……それも、止められなければ大変なことになっていたかもしれないみたいだな。
ジークフリートが雑用扱いされていることに暁斗も疑問を抱いていた。セリムにミスティルテインを渡す時に同席していた騎士たちの態度と比較してもジークフリートが劣るとは考え難い。
過去に起こったことが原因でドワイトが言うように『飼い殺し』されているのであれば、ジークフリートに未来はない。
「……10日後に一度アキト殿と剣を交えてみないか?」
「えっ!?」「えっ!?」
ドワイトの提案には、暁斗とジークフリートが同時に驚いてしまう。これまで暁斗に無関係な話で油断しており、急な展開に意表を突かれた。
「その後で、私の頼みの返事を聞かせてくれ。……アキト殿もよろしいかな?」
「まぁ、ドワイトさんが言うのなら……。」
ここまで話が進んだ状態で同意を求められてしまえば、断ることなどできない。何よりも暁斗もジークフリートと戦ってみたいと思ってしまっている。
――この世界でドワイトさん以外とは戦ってみたことがないんだ。何事も経験だよな。……それに、ジークフリートがどれくらい強いのか興味もあるし。
暁斗が認めてしまえばジークフリートも拒否するはなかった。
当然ながら『戦う』と言っても、木剣を使用した模擬戦でしかないのだから簡単な力試し。
ドワイトが暁斗を急いで鍛えていた予定の中には、ジークフリートとのことも含まれていたのかもしれない。ジークフリートが飼い殺しに近い扱いを受けていることにドワイトも納得していなかった。
ただ一つ分からないことは、この件をメイアに内緒にしている理由だった。
これまでも度々ジークフリートが暁斗たちの世話をしてくれている場面があったのだから、暁斗の修練にジークフリートが参加することになっても不可解な点は生まれない。
「それでは、また伺います。」
ジークフリートは短く挨拶をして、この場を立ち去っていった。それまでの会話の時間は終わり、いつもの三人が修練する場に戻った。
「アキト殿、明日は身体をしっかりと休めておいてください。明後日からは、もっと厳しくいきます。」
「もっと厳しくですか?」
「ええ、ジークフリートとの模擬戦まで10日しかありませんから、今まで以上に厳しくいきます。」
「まさか、あと10日でジークフリートにも勝てるようになれって言うんですか?」
「そんな無謀なことは言いません。」
少しだけ表情を固くしたドワイトが暁斗を見据えてから言葉を続けた。
「あと10日で、ジークフリートと戦える程度にはなってもらいたいんです。」
今のままでは、暁斗がジークフリートとまともに戦うことも出来ないとドワイトは言っていた。
まずはジークフリートと戦えるだけの資格を暁斗が持つことから始めなければならない。
「戦える程度にはって……、それだけジークフリートは強いってことですか?」
「さぁ、大人になってからのジークフリートが剣を振る姿は見たことがないです。……ですが、全盛期の私が束になってかかっても全く歯が立たないくらいには強くなっていると思っております。」
ドワイトは、あっさりと暁斗を絶望させる表現をした。
「先ほど言ったように、飼い殺しにされているのでジークフリートが剣を振るうことはありません。なので、私の想像の範疇となりますが、間違いなく強い。」
眠れる獅子的な扱いだろうか。それだけの強者であるジークフリートが雑用ばかりをさせられている原因が何かは気になった。
――ドワイトさんの時も最初は全然ダメだったんだ。それでも今は形になってる。……やるしかないんだ。
この世界でセリムの接待を成功させるためにも、強くなる上限は設定しない方がいい。そして、裏方仕事をしている暁斗自身も生きて帰らなければ意味はなくなってしまう。
異世界で生活をしている暁斗には過去の出来事も関係なく、目の前で起こっていることだけに集中すれば良かった。
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