第22話
修練の日々が繰り返される中、ドワイトが一つの区切りとして設定している一ヶ月が経過していた。この日、いよいよの効果測定日となる。
「……では、アキト殿の力試しとなります。お互いに体調は万全のはず、今日は正々堂々の立ち合いでお願いしますぞ。」
「もちろんです。……そうでなかったら意味がないですからね。」
暁斗とドワイトの間にはアーシェが立っている。アーシェは何処かから拾ってきた小枝を手に持っていた。立会人として、それらしく真剣な表情を見せてくれている。
そして、アーシェは暁斗とドワイトの顔を交互に見た後、
「……はじめ!!」
と、大きな掛け声を上げて、小枝を振り下ろして合図をした。
アーシェが合図をして離れていった後も、二人は向き合ったまま動かない。動かないまま時間だけが過ぎ去っていたが、暁斗は落ち着いていた。
下手に斬りかかって鍔迫り合いになってしまえば、他の敵からの攻撃対象になってしまうとドワイトから教えられていた。鍔迫り合いをしていることで、いかにも戦っているように感じてしまう。ただ、それは一対一での話であり、魔獣対策にはならない。
――とは言っても、このままだと時間を無駄にするだけ……。一気に勝負を決める!
暁斗は地面を強く蹴って、身体を低くして一直線にドワイトへ向かう。ドワイトは木剣を暁斗に鋭く振り下ろしたが、暁斗はギリギリで体を傾けてドワイトの一撃を躱す。
ドワイトは振り下ろした木剣を跳ね上げて、暁斗の身体を追う。そんな動きの中でも暁斗の眼はドワイトの動きを見極めており、跳ね上がってきた木剣も躱して勝負は決した。
その時点で、暁斗は木剣をドワイトの喉元に突きつけており、暁斗の完全勝利。
暁斗は木剣を振るうこともなく、身のこなしだけでドワイトの攻撃を捌いてしまい余分な動作も一切なかった。まさに一瞬の出来事でしかない。
――よし!……ちゃんと勝てたみたいだ。
効果測定で十分な結果が得られたことを素直に喜んでいたが、この勝負が全てではないことも暁斗は分かっている。
「……お見事です。アキト殿の完勝ですな。」
ドワイトからの敗北宣言。
「ありがとうございます。……でも、ドワイトさんが最初に言ってたように正々堂々で迎えてくれたから勝てたんだと思います。」
「いや、あれだけの速度で動いている中、私の動きは見切られていたのですから完敗です。……戦略を割り込ませる隙もなかった。」
パチパチパチ――戦いを見守ってくれていたアーシェも暁斗に拍手を送ってくれていた。
もしかすると、暁斗以上に暁斗の勝利を喜んでいたかもしれない。この一ヶ月間、アーシェも一生懸命にサポートを継続しており、これだけ短期間に成長できたのはアーシェの存在がなければ成立しなかった。
「ありがとう。……アーシェが頑張ってくれたおかげだね。」
暁斗はアーシェの頭を撫でてあげるが、よく見ると少しだけ涙ぐんでいるようだった。幼いアーシェが初めて何かを成し遂げた証しなのだろう。
アーシェが目から見ても明らかな圧倒的勝利として、暁斗にも実感が湧いてくる。
「本当に、ありがとう。」
膝立ちになってお礼を言う暁斗に、アーシェはハグをして祝福をしてくれる。毎日のように背負っていたが、正面から抱きしめられることは初めてのことだった。
一頻りアーシェと勝利の余韻を味わった暁斗にドワイトが声をかけてきた。
「……ですが、剣を全く使わずに体捌きだけで躱されたのは意外でした。剣を使って躱さなかったのには理由があるのですか?」
「深く考えてたわけじゃないですけど、剣を使うのはギリギリまで我慢した方がいいのかなって思ったんです。ドワイトさんも言ってたじゃないですか、『鍔迫り合いは極力避けろ』って……。」
「んっ?……あの言葉を意識してのことだったのですか?」
「教えてもらったことを守った方が、早く強くなれるのかな?って考えてただけですよ。……でも、あの攻撃の後、もう一段変化していたら剣を使って躱していたと思いますよ。」
「アキト殿の速度に対応させて、もう一段変化を加えるなんてことは、この老体では難しい話です。」
若い頃のドワイトであれば、暁斗の速度に対応した攻撃を連続させることが可能だったかもしれない。そんな言葉にも受け取れた。
「……だとすると、やっぱり全盛期のドワイトさんを超えることまでは無理だったみたいですね。」
「全盛期の私であれば、アキト殿と互角の戦いは出来た。……そう思わせておいてもらえると嬉しいですな。」
ドワイトにも意地がある。暁斗としては『無駄に生きた』と聞かされるよりも、意地を見せてくれるドワイトの姿の方が好感を持って接することができた。
「さぁ、一ヶ月で私よりも強くなってしまったわけですが、残りの五ヶ月はどうしましょうか?」
「えっ!?……この後のことも考えてたんじゃないんですか?」
「いやいや、目標としては言ってみましたが、本当に実現されてしまうことまでは想定外でした。……さて、困りましたな。」
困った様子のドワイトを目にして、暁斗は困惑してしまった。ダリアス王から聞いている予定では冒険が始まるまで、あと五ヶ月間もある。
半年間という時間を有効活用して、魔獣の数を調整できるくらいに強くなっていなければセリムを接待することができない。
「……えっと……、どうするんですか?」
勝利の喜びから一転して、不安に襲われることになってしまう。ドワイトに勝つことを目的としていたが、勝った後のことを考えていなかったことまでは予定に入っていない。
「はっはっは、いや、申し訳ない。ちょっとした冗談ですので、お気を落とすことはありません。」
「……え?」
この世界の住人は意地悪の要素を挿まないと満足できない体質があるのかもしれない。嬉しそうに笑っているドワイトを見て、暁斗は呆れるしかなかった。
冗談なのか本気なのか分かり難い態度を見せて暁斗を困惑させるのはメイアと同じだ。
「私が相手をしてアキト殿を鍛えるのは、限界があると分かっていたこと。……ただし、これからの話はメイアにも内緒でお願いします。……アーシェもメイアに話してはいかんぞ。」
ドワイトからの言葉に反応して、アーシェは『お口チャック』の動作を見せてくれる。メイアには内緒であること以上に、こんな時のジェスチャーが元の世界と同じであることが暁斗にとって驚きだった。
「メイアにも内緒って……。一体、何をするんですか?」
「変わったことをするわけではないのですが、これから先のことはメイアにも知られたくないのです。」
それだけを言ってから、ドワイトは視線を林の方に向ける。
「ジークフリート!!もう出てきても大丈夫だ!」
ドワイトが大きな声で林の中に呼びかけた。この世界で暁斗が出会った人物は数少ないが、その中に含まれている人物の名前を呼んでいる。
そして、木の背後から笑顔を浮かべたジークフリートが現れた。これまでの爽やかな笑顔とは少し種類の違う、不敵な笑みを浮かべている。
「……ジークフリート。」
ここまでの会話で、ドワイトだけでは暁斗を強くすることは難しくなっていると認めていた。この場面でジークフリートが登場したとなれば、ジークフリートがドワイトよりも強いことは確実だ。
――予感はあったんだ。でも、まさか、こんなにも早い登場とは意外だったな。
ゆっくりと歩みを進めて暁斗たちに近付いてくるジークフリートは、これまでの雰囲気と違って見えた。暁斗はジークフリートから発せられる気に少しだけ戦慄を覚える。
「やあ、アキト。久しぶり……でもないのかな?」
声をかけてきた時には、いつもの笑顔に戻っている。発せられる気も穏やかなものに変わっていた。裏表がある人間には見えないが、何か二面性があるのかもしれない。
「ずっと見てたのか?」
少しだけ緊張気味な暁斗の質問に、ジークフリートは頷いて答えてくれた。
「あぁ、一部始終。……想像していたよりも強かった。」
「わざわざ見学をしに来てくれたのか?」
「いや、今日は君に届け物があったんです。……見学は、ついでのつもりだったんだけど、そうはいかなくなったかな?」
ジークフリートの言葉には幾つか気になる要素があったが、順番に解決することにした。
「何だか意味深な言い回しだけど、まずは届け物ってのが気になるな。何を持ってきてくれたんだ?」
「そうだね、ここへ来た一番の目的なんだから気にしてもらえると嬉しいよ。」
ジークフリートが手に持っている物は、小さな布の袋と真っ黒な棒状の物体だけ。二つの内の一つか、その両方か。
「まずは、こちらを渡しておこう。」
まずは、と前置きをしているので手にしている両方が暁斗への届け物らしい。
最初に暁斗に手渡されたのは真っ黒な棒状の物体だった。ジークフリートから渡されて手に持った瞬間、適度な重さを感じた。
「おっ、意外に重い……。」
この世界の物体にしては、見た目以上の重さを感じることができた。だが、暁斗にとっては、ちょうどいい重さでもある。
「そうなんだ。見た目からすると、かなり重いかもしれない。」
暁斗には適度な重さも、こちらの世界では『かなり』になってしまう。
「これは……、何なんだ?」
もらえる物としては、あまり嬉しくない部類に入るかもしれない。手に馴染む楕円の感触と重さではあるが、ただの棒では有難味がない。
――訓練用?これで素振りでもするのか?…………ん?
ただの棒だと思って触っていると、カチャッと音がする。暁斗は棒の一部に切れ目が入っていることに気付き、この棒の正体を理解した。
――仕込み杖みたいな刀か……。
暁斗は鞘から刀身を引き抜いた。刀剣を杖に偽装した武器で、映画の中で見た記憶がある。
刀身は真っ直ぐになっているので、日本刀のように曲線はなかった。
――こんな物が、この世界にもあるんだ。
ジークフリートが腰に下げている剣。セリムが受け取っていたミスティルテイン。ドワイトとの模擬戦で使っている木剣。
この世界に存在する武器は両刃の剣が一般的だと考えていた暁斗にとって、日本刀に近い形状をした武器を渡されたことは意外でしかなかった。
「よく、それが剣だと分かったね。……屋敷の中を探し回った中で一番地味な武器はそれしかなかったんだ。」
「一番地味な武器?」
「ん?……エリス様から地味で目立たない武器を渡すように指示を受けたんだが、アキトの好みではないのかい?」
「いや……、俺から、そんな話はしてないんだけど。」
服装も地味で、持たされる武器まで地味になってしまった。セリムの接待役に徹するように、外見は地味さで固められる。鞘から抜いていれば綺麗な刀身が現れるが、納刀している状態は黒い棒でしかない。
「ちなみに、この刀の名前ってあるの?」
「屋敷の中で眠っていたので、来歴も分からない物なんだ。名前は……、君が付けてあげてくれ。」
セリムが渡されたミスティルテインと比較するまでもなく寂しい話だった。
「……分かった。……考えてみるよ。」
「ただ、私が持ってきておいて申し訳ない話ではあるんだが、そんなに細くて繊細な剣が実戦で使える物なのか自信がないんだ。」
「えっ、そうなの?……こっちの世界では珍しい武器だった?」
暁斗にとって、どちらかと言えば両刃の大型の剣より、この仕込み杖のような刀の方が馴染みがある。
それでも、ジークフリートが言うように、この刀身で大きな剣と打ち合えば明らかに不利になることは理解出来た。
「珍しいと言うよりも初めて目にした剣かな。……刺突を主にしたレイピアとも違って、斬ることを目的とした細身で片刃の剣は扱ったことがない。」
「……それって、貴重品ってことじゃないのか?」
「うーん、どうなんだろう。……貴重な代物だとしても、アキトに相応しいと思うんだ。今のドワイトさんとの模擬戦を見ていて、そう確信してる。」
ジークフリートの言っている意味が分からず、暁斗はドワイトを見た。ドワイトもジークフリートの言葉に同意するかのように頷いて話を聞いている。
――日本刀みたいな武器が俺に似合ってるってことか?……でも、ジークフリートもドワイトさんも、俺が異世界の人間ってことは知らないんだよな?
暁斗を置き去りにして、眼前の二人は納得している様子だった。
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