遠征

 ギルドに戻り、アレスさんに暗殺者に襲われた事を話すと心配された。


「そんな大変なことがあったのか。じゃあ、しばらくエストを離れて遠征に出掛けるか」


「遠征?」


「泊まりの長期依頼のことだな。安全な物だと商隊の護衛かなぁ?」


 それを聞いたニケさんは物凄く嬉しそう。


「護衛いいね。タナオカさんと一日中一緒の馬車なんて楽しみ過ぎるよ!」


 ニケさんは大喜びだ。


 もちろん俺も大喜び。


 喜びの余りに鼻の下が長くなってないか心配した位だ。


 *


 結局、その日の午後から遠征に出ることになった。


 遠征はアレスさんの勧めで辺境の鉱山街のシルマイン迄の片道二日の商隊の護衛。


 武具製作用のインゴッドの運搬の馬車20台の大商隊に分乗。


 先頭車は狩人のマルクさんと、これまた狩人のエリンさん。


 最後尾はアレスさんと恋人で聖女のセレナさん。


 そして中央は商人の俺と盗賊のニケさんだ。


 アレスさんが気を利かせて中央の馬車はニケさんと俺だけにしてくれたみたいだ。


 どうやらアレスさん、ニケさんとの付き合いを公認してくれてるみたい。


 おまけに俺とニケさんがくっ付くように色々と工作までしてくれてるっぽい。


 俺はニケさんが大好きなので、その好意に甘えさせてもらう事にしよう。


 鉱山街シルマインまでの往路は荷物も少なく、この馬車には何も積んでいなくかなり快適だ。


 野盗は定期的に討伐されているので殆ど現れないせいか報酬はあまり高くなく、雑魚モンスターしか出てこない気楽な旅となっている。


 こんな依頼を取ってくれたのは俺が街を離れるのに最適だからということだ。


 アレスさんには感謝の言葉しかない。


 俺はニケさんとこの依頼という名の旅行を堪能する。


 *


 ニケさんは俺の腕に絡みつくように腕を回すと寄り添ってくる。


「タナオカさんとずっと一緒に居られるなんて嬉しいな」


 ふんわりとした身体をぎゅっと押し付けられる俺も嬉しいです。


「ニケさんとこうしていると恋人みたいですね」


「なに言ってるんですか。もう既に恋人ですよ。えへへへ」


 かわいいな、もう。


 それにしても、ニケさんにここまで好かれる理由がわからない。


 あまりにも理不尽なぐらい好かれていて逆にそれが不安になる。


 俺のどこが好きなんだろう?


「タナオカさんの好きなとこは強いとこ」


「それだけ?」


「うん。それじゃダメ?」


 トロンとした恋する目で見つめてくるニケさん。


 俺の腕に絡む力が少し強まった。


 いや、いいです。


 全然いいです。


 ニケさんはその理由を話してくれた。


「だって、強ければずっとニケと一緒に居てくれるもん」


 なんだかよく解らない理由だった。


 たぶん、俺が強ければ稼げるからいい思いを出来るとでも考えているんだろう。


 でもなんだ。


 俺は元勇者で伝説の商人いや冒険者になる男だからな。


 金を稼ぐことなど容易たやすいこと、ニケさんと一緒に暮らすためなら幾らでも稼いでやるぜ!


 努力し続ける限り俺とニケさんは一緒に居られる。


 俺はそう確信した。


 *


 道中、何度かモンスターに襲われていたが先頭車に乗り込む狩人のマルクさんとエリンさんが敵が現れると同時に狙撃していたので俺たちの出番はなかった。


 俺はというと出発からずっとニケさんとイチャラブである。


「そろそろお腹空いたね。ご飯食べる?」


「そうだな。アイテムボックスからなにか食事を取り出そうか?」


 旅に出ると聞いていたので屋台で買った食い物をアイテムボックスの中に詰め込んである。


 もちろん、アイテムボックスの中では時間経過が無いので鮮度維持は完璧でアツアツの作り立てのままだ。


 俺が食い物を出そうとするとニケさんが残念そうにする。


「ご飯を作って来たんだけど、私のじゃダメ?」


 え?


 マジで?


 ニケさんの手作り料理が食べられるの?


 作ってくれたのはサンドイッチだった。


 ニケさんは自分で作ったと言うサンドイッチと紅茶を勧めて来た。


「ぜひともお願いします」


「やったー!」


 女の子らしいセンスの可愛らしいランチボックスにサンドイッチがいっぱい詰まっている。


 もちろんニケさんの愛もギッシリだ。


「わたし、料理を作ったのが初めてなんだけどタナオカさんの為に頑張って作ってみました。食べて貰えるかな?」


「もちろん!」

 

 なにこの幸せ!


 彼女の手作り料理を食べれるとか幸せ過ぎる!


 俺はランチボックスから取り出したサンドイッチにかぶりつく。


 うん、これは幸せの味って奴だね。


 だが、一口噛むと、俺の手が止まった。


 というか、命の危険を感じた。


 ぶほっ!


 なにこれ!


 苦っがー!


 やたら苦みの有るビターな味と臭いが口の中に一気に広がった。


 これはビターじゃ済まない味、意識が飛びそうな苦さである。


 俺の人生中、最高レベルの苦さ。


 これは食ったらタダじゃすまないというか命に係わるんじゃないかといった感じの味である。


 俺は何かの間違いで大量のコーヒー豆でも挟んで有るんじゃないかと思い、食い掛けのサンドイッチをそっと開いて中身を確認してみた。

 

 なんじゃこりゃー!


 ありえねー!

 

 中には信じられない物が挟まっていた!


 どす黒く焦げたハムらしきもの!


 真っ黒なペーストとなったチーズだったものらしき物!


 漆黒のダークマター別名元レタスらしき物!


 信じられない物を発見した。


 すべてが漆黒の闇をまとった食材!


 闇の魔方陣の上に乗ったかと思える程の焦げた食材だった。


 なんでこんな物が入ってるんだよ!


 サンドイッチの具を焼いたらダメだろ!


 しかも炭化するぐらいに焦げ焦げだし、どんだけ火を入れたんだよ!


 ニケさんは満面の笑みで俺を見つめる。

 

「おいしい?」

 

 笑顔が眩しすぎる。


 さすがにこの笑顔に向かってマズいと言える勇気はなかった。

 

「お、おう。美味しいよ」


「よかった! 私初めて料理したから、美味しく出来てないかと心配しちゃった。もちろん褒められたのもタナオカさんが初めてだよ!」


 あまりにも純真すぎる笑顔!


 天使のほほ笑み!


 やべぇ! 残せねぇ!


 俺は腹をくくり、ランチボックスの中のサンドイッチを命を賭けて食らう事にした。


 息を止めて口の中に入れ噛まずに紅茶で胃に流し込む!


 全部食ったぜ!


 だが、喉を通ったからと言ってそれでお終いではない。


 胃が拒絶反応を起こし床の上でのた打ち回りたくなる程の激痛が走る!


 うごー!


 苦しい、痛い!


 しぬ、マジ死ぬ!


 吐かねば死ぬ!

 

 だが、吐くわけにいかぬ!


 ニケさんの初料理を目の前でリバースなんてしたら、一生消えないトラウマが残ってしまう!


 我慢!


 必死に我慢!


 男なら我慢しかない!


 異物を感知した胃がリバースしようと激しい痙攣を続けるが、胃をぶん殴って散らして鋼の精神で押さえつける!


 俺は車窓の青空に死の象徴である死神が集合して「こっちに来いよ」とシュプレヒコールする幻影を見た!


 だが、ここで死ぬわけにはいかない!


 俺は必死に死神に抗った。


 ニケさんとの輝かしい未来を掴み取る迄は絶対死ぬわけにはいかんのだ!


 俺が息を荒くしているとニケさんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

「もしかして不味かった?」

 

 美味いとか不味いとかそう言うレベルの話じゃないんです。


 生きるか死ぬかのレベルなんです!


 だが、愛の為なら何でもできる!


 死の宣告を受けようともそれを跳ねのけてやる!


 ぐおおおおおおおぉぉぉお!


 耐えた!


 耐えたぞ!


 リバースせずにランチボックスを食いきった!


 俺はやり遂げたんだ!


 俺は死を乗り越えたんだ!


 愛する女の為ならば何でもやれる男である!

 

「おいしかったよ」


「やったー!」

 

 そう、その笑顔が見たかったんだ!


 三途の川を越えて冥土から戻って来たかいが有ったぜ!


 するとニケさんは特大のランチボックスを取り出した。


「お兄ちゃんや、他のメンバーさんの分も作ったんだけど、そんなに美味しいならタナオカさん全部食べて!」


「えっ!」


 俺の周りの時が止まった!


 ニケさんは俺にトドメを指しに来た!


 ぐはあああ!


 なんという暗殺者。


 絶対にターゲットは逃さないという気迫!


 アサシンにナイフを首に突き付けられて俺の命運はマジで尽きた!


 さようなら異世界。


 こんにちわ異世界転生。


 生まれ変わる時は神様にアイテムボックススキルを貰うんじゃ無くて、なんでも食べられる状態異常無効チートを貰う事にするわ。


 ごめん、ニケさん。


 俺は食ったふりをしながら、全部アイテムボックスの中に収納した。


 俺が食べるのを満面の笑みを浮かべているニケさんを見ていると罪悪感がチクチクと俺の心臓を突きまくるが、ダークマターの劇物で化学的にグサグサ心臓を刺されるよりはましだ。


 こうして俺はニケさんのサンドイッチという名の毒物を完食したのであった。

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