おっさんスカウト

 俺がウサギを持って冒険者ギルドに戻りカウンターの行列に並んでいると俺が並んでる事に気が付いた受付嬢のカンナさんがギルド長である少女のリーダさんを呼び寄せる。

 

「ギルド長! タナオカさんが戻って来ました! また暴れられたら困るので対応お願いします!」


 うるせーよ!


 俺を頭のおかしいモンスタークレーマーみたいに言うなよ!


 ギルド長が出て来たので俺はドヤ顔でカウンターに血抜きをしたウサギを出す。

 

「どうだ? 極上品だぞ!」


 それを見たギルド長、ふむふむと頷きながらやたらと感心している。


「ほほう、さっきとは全然違うな。毛皮は全く汚れてないし血抜きも済んでいる。よくも短期間でここまで腕を上げたものだ。報酬を割り増しして一匹当たり千二百ゴルダでいいか?」


 俺は極上品のウサギ一〇匹を納品して一万二千ゴルダを手に入れた。


 一瞬にして一万二千ゴルダを稼ぐ男。


 今朝の所持金の倍ではないか!


 ブハハハハ!


 さすが元真の英雄の俺!


 このまま稼ぎまくればいずれは大金持ちも夢ではない。

 朝から始めた冒険者稼業、案外上手くやっていけそうだ。


 時は既に夕方。


 今日はここで仕事を終えて恒例の持ち金計算をしようではないか。


 なにが恒例なのか知らんがな。


 俺は日記帳に収支を書き込む。


 この日記帳は後に巨万の富を築く大冒険者タナオカの足跡を記したバイブルとなるのだ。

 

 元金は神官から貰った一万ゴルダ。


 街への入国料が三千五百ゴルダの支出。


 ベアウルフの納品が五千ゴルダの収入。


 血まみれウサギを一〇匹納品して二千ゴルダの収入。


 ナイフで狩ったウサギで六千ゴルダの収入。


 短剣を無くして五千ゴルダの支出。


 完璧な血抜きウサギを納品して一万二千ゴルダの収入。

 

 元金合計 10000ゴルダ。


 収入合計 ウサギ2000 + ベアウルフ5000 + ウサギ6000 + ウサギ12000 = 25000ゴルダ。


 支出合計 入国料3500 + 短剣5000 = 8500ゴルダ。


 合計26500ゴルダだ。


 自分が言うのもなんだが、駆け出しの冒険者としてはなかなかいい収入だな。


 収入も入った事だし、俺の初冒険者人生の第一歩を祝わねば!


 5000ゴルダでちょっと良さげな宿を取ると夜の街へと繰り出す。


 *


 道中、街娘2人に絡んでいるチンピラ2人がいた。


 ナンパらしい。


「よう、ねえちゃん! この俺様最強剣士のドリノ様と遊ばねぇか?」


「そうっすよ、ドリノ様はこの街一番の剣士なんすよ」


 剣士と名乗ってるもののどう見てもチンピラ。


 これはぶん殴っても文句を言われないクズだ。


 2人で壁ドンして逃げられないように女の子を囲んでる。


 それ壁ドンの使い方間違えてるから!


 女の子たちも嫌がっているようだ。


 従者っぽい女の子がもう一人のお淑やかそうな女の子の前に立ち必死に守っている。


「アイラ様に近づかないで!」


「なんだよ、宿屋でちょっと遊ぶぐらいいいだろ」


「嫌ですよ、こんな乱暴なことする人とは話したくありません」


「そうです、アイラ様はあんたたちみたいなクズが話しかけていい人じゃないんですよ!」


 あーあ、せっかく俺の記念すべき冒険者生活スタートの祝いの日なのに嫌な物を見ちまった。


 日本だと見て見ぬふりをしたもんだが、俺は元英雄で超有能な冒険者。


 目の前の悪は見逃すわけにはいかぬ!


 俺は余裕を持って奴らをたしなめる。


「女の子が嫌がってるんだからその辺にしとけよ。これだからモテない男は困るぜ」


 すまん、年齢=彼女いない歴の俺の言うセリフじゃないな。


 でも一度言ってみたかったんだ。


 それを聞いたチンピラは言われたくない急所を突かれたせいで顔を真っ赤にして怒り出し俺に刃物を向ける。


「なんだてめー! 俺をモテない男扱いか? ぶっ殺されてーのか!」


 剣を手に取り俺の鼻先に突き付ける。


 あー、こいつやる気ねーな、チキンだわ。


 ウサギと魂のやり取りをした俺にはなんとなくわかる。


 そんなもの鼻先に突き付ける暇があるならとっとと切りかかって来いよ。


 まあ、切りかかって来たとしても俺の方が先に攻撃するけどね。


 俺愛用の5000ゴルダのナイフじゃないが貰えるものは貰っておく。


 アイテムボックスに収納だ。


 手にした剣が霧のように消えチンピラたちは動揺しまくりだ。


「俺の剣!? どこに消えた?」


「おい、てめー、剣をどこに隠しやがった?」


 俺はアイテムボックスから剣を取り出し、奴の鼻先に突き付ける。


「これのことか?」


 いきなり鼻先に剣を突き付けられたチンピラは悲鳴を上げて逃げ出した。


「ひえー!」


 でも、逃がす俺じゃない。


 ウサギ相手に散々取り込みスキルを上げまくった俺がそんな動きの遅いチンピラを逃すわけがない。


 アイテムボックスの中に即収納だ。


「ありがとうございます。わたくしはアイラ、こちらの者はマリエッタ。このご恩はきっといつか……」


 チンピラに襲われていた女の人に礼を言われてとてもいい気分。


 やったことは収納だけで大したことはしてないんだけどね。


 俺様の華麗な戦闘描写を期待していた我がバイブルの読者諸君には申し訳ない。


 *


 飯を食う前に、まずは無くした短剣の購入だ。


 店が閉まる前に買いに行かねば!


 投石がかなり使える事が解ったが、武器が無いとちょっと心もとないし冒険者としてしまらない。


 剣でもいいんだけど、ひ弱な現代人の俺があんな重い剣を腰に下げるとそれだけで疲れるので軽い短剣がマイベストだ。


 武器屋店主はさっき来たばかりの客がまた同じ短剣を買いに来たので新しいカモを見つけたと思って禿げ上がった頭を光らせて大喜びだ。


「よう、兄ちゃん、また買いに来たのか。今日来たばっかりなのにすっかり俺の店『コルタック商会』の常連だな、ガハハハ!」


 もう無くさねーから。


 もう買いに来ねーから。


 何も言わずにちょっとだけまけてくれて四千五百ゴルダの出費。


 店主は悪い奴じゃないみたい。


 *


 早く美味い飯を食いに行きたいところだが、まずはアイテムボックスにしまったおっさんたちの処分だ。


 さっきのチンピラも含めて七人は入ってる筈。


 おっさんを収納してると変な臭いがしてきそうで飯がまずくなるからな。


 早速オネェバーのステージに行き、おっさんたちを放流。


 反撃されない様に服と武器だけはアイテムボックスに即座に再収納してやった。


 いきなり素っ裸でステージに立たされなにが起こってるのか事情が掴めないおっさんたち。


 股間を押さえてオロオロするおっさんたちにゾンビの如く群がる二桁を超えるオネェ軍団!


 男臭い体臭とキツイ香水の匂いが混じってかなりカオスな状況というか悪臭。


「男よ男! 新鮮な男よ!」


「あら、いい男!(はぁと!」


「凄い胸板ね! その胸板に私の顔を埋めてみたいわ!」


 そんな髭面のおネェさんの顔を埋めたら、ヒゲがチクチク当たって拷問レベルの嫌がらせになるぞ。


 俺はそんなの死んでもお断りだ。


 冒険者ギルドや裏路地であれだけ威勢の良かったおっさんたちは顔から血の気が引いて足も腰もガクブルしてまるで産まれたての小鹿のよう。


 そんなに綺麗な物じゃないけどな。


 ザマァ!


 おネェさんたちはおっさんたちを早速魅了し始める。


「あら、かわいい子ね。私と遊びましょう!(はぁと!」


「お、俺はそういう趣味ないし!」


「最初はみんなそういうものなのよ。お姉さんが優しく教えてあげるから安心しなさい」


 髭面のお姉さんは怪しい笑顔でチンピラを魅了する。


「お、俺はお前みたいなバケモノみたいなのと遊ぶ趣味はねー!」

 

 それを聞いたお姉さん。


 バケモノはNGワードだったらしい。


 髭面のお姉さんは一瞬で怒りマックスの阿修羅顔。


 あーあ、ヤバい言葉いっちゃったね。


 俺も気を付けねば。


 お姉さんは仁王の様なオーラを迸らせる!

 

「なんですって! 私の事をバケモノって言ったのはどの口よ! この口なの? この口ね! 今度言ったらぶっ殺すわよ!」

 

 怪しい魅了攻撃が効かないと悟った髭面お姉さん、今度は物理攻撃に切り替えた。


 丸太の様なぶっとい腕で往復ビンタをし始める。


 どごん!どごん!と顔を左右に吹き飛ばされるんじゃないかと思えるほどの勢いでビンタの度に首を傾けるチンピラ。


 他のおっさんたちはその様子を見て失禁しそうなぐらいにビビってる。


 すげーつえーな!


 あ、そんなに殴ったら死んじゃうから手加減してやれよ。


 きっとこのおネエさんならベアウルフも素手でタイマンかませると思う。


 チンピラは一度も反撃出来ずに降伏した。


 ザマァ!


 俺の気も晴れたし、帰ろうとすると俺の背中にぴとっと寄り添う者がいた。


 後ろを振り向くと上半身裸で胸毛ボウボウで漆黒の吊りズボンを履くいかにもな感じの口髭のおっさんが立っていた。


「坊主も遊んでいかないか?」


「お、俺はそんな趣味無いから!」

 

 *

 

 前略、お母さん。


 俺は異世界で元気に暮らしています。


 異世界のオネェバーに行ったら危うく新しい世界に目覚めさせられるとこでした。


 俺の後ろの貞操を奪われそうになりました。


 異世界怖いです。


 帰りたいです。

 

 *

 

 俺の後ろの貞操を奪いに来るおっさんをアイテムボックスに取り込む。


 はぁはぁはぁ。


 まじヤバかった。


 音も無く忍び寄るおっさん恐るべし!


 すると新たな敵襲来。


 さっきの髭面のピンク色の服を着たおネェさんだ。

 

「あらかわいいお兄さん、どうしたの? うちの子がトラブルでも起こした?」


「俺、そういう趣味が無いのにおっさんに襲われて……危うく怪しい世界に旅立つとこでした」


「あら、ごめんなさい。あとでキツくお仕置きしておくわね」


 という事なので胸毛のおっさんを返品しておいた。

 

「ところでお兄さん、あそこのガタイのいい子はお兄さんが届けてくれたの?」


「ええ、まあ」


「じゃあ、スカウト料払うわね。1人で1万ゴルダで7万ゴルダよ」


「そんなに貰っちゃっていいんですか?」


「もちのろん、いいわよん。リーダちゃんに良くしてやってくれと頼まれてるしね」


 リーダって冒険者ギルドの小生意気な幼女ギルド長じゃないか。


 なんでこのおねぇさんと接点があるのかわからない。


「まだ名前を言ってなかったわね。私の源氏名は『クリームパフェ』、クリムちゃんと呼んでね。ちなみにこの店のオーナーよ。またかわいい子を見つけたら連れてきてね(はぁと」

 

 という事で思わぬ臨時収入が手に入った。


 なんとなく奴隷商人になった気分が頭の中をよぎったが、これは奴隷売買では無くスカウトだ!


 アイドルのスカウトと同じ!


 新たな才能を発掘しただけ!


 そこから先に進むのも留まるのもおっさんたちの自由。


 という事で、おっさんたちの身の上は気にせずに俺はオネェバーを後にした。


 *

 

 俺は飯を食いに酒場に向かった。


 今日は金が有る。


 とりあえずステーキっぽい料理を二皿注文。


 一つは牛のステーキみたいな物で、もう一つはウサギのグリルだ。


 炭火焼きしただけのただの肉だが、あの憎きうさぎがステーキとなるとこれがなかなかジューシーで美味かった。


 これがコンビニ弁当よりも安く食える異世界最高だな!


 俺の隣のカウンター席に盗賊っぽいへそ出しの服を着たお姉さんが座り、声を掛けて来た。


 微笑むお姉さんの顔はどう見ても好感度が滲み出ている表情。

 

「君って異世界から来たっていう噂の勇者だよね? 路地裏でチンピラに絡まれてたから助けてあげようと思ったらあっという間に倒してたね。すごいよ! 私強い人が好きなんだ。ねえ君、今夜は私と一緒に遊ばない?」

 

 お姉さんは濡れ光る唇でそう言った。

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