俺は彼女とハグをする。そして今日、セフレになった。

白玉ぜんざい

第1話


 最初に宮崎紗弥加について少しだけ話したいと思う。

 彼女はクラスカースト上位のグループに属する人気者。気さくで、優しく、空気が読めて可愛くて、男子からの告白は絶えないらしい。


 対して。

 俺はと言うとどこにでもいるような平凡な人間。漫画の導入によく使われる謳い文句だが、俺の場合はそれが事実として当てはまる。


 そんなモブキャラ同然の俺が、皆の憧れである宮崎紗弥加とどういう関係なのか開示したところで前置きは終了するとしよう。


 俺と彼女は、いわゆるハグフレ――ハグフレンドである。


「……」


 女の子のにおいがするのは女の子の部屋だから当然だけど、この感じにも随分慣れたものだ。


 ピンク色が多い部屋。カーテンやクッションはその色で統一されており、可愛らしい女の子の部屋感が強いここは、宮崎紗弥加の部屋だ。


 彼女の部屋で、俺は力強く抱きしめられている。

 なぜ、どうして、と疑問は絶えず浮かび上がるがそれを語るのは少し面倒だ。

 というのも、いろいろと事情が複雑なので何から話せばいいのか分からない。


「中野も抱きしめて?」


 宮崎は俺にそう催促してくる。

 もう何回目かも忘れたハグ。けれど何回やっても慣れることはない。

 そうは言っても、彼女が満足するまでこの時間は終わらないので俺は反抗することもなく従う。


 彼女の背中に手を回す。制服の上からでも伝わる柔らかさに毎度どきどきしてしまう。

 女の子の体って、なんでこんなに柔らかいんだろうな。


 それから暫しの間、俺と宮崎は無言で抱き合った。


「ふう」


 小さく吐かれたその吐息が、この時間の終わりを意味する。

 時間にすれば五分程度。それを長いと思うか短いと思うかは人それぞれだが、実のところ俺はこの時間の終わりを少なからず名残惜しいと思っている。


 宮崎はゆっくりと俺から自分の体を剥がす。

 胸板で感じていた柔らかい感触が離れていくのが何とも言えない寂しさを与えてくるのだ。

 俺だって男だ。胸の感触にテンション上がる。


 しかも宮崎はクラスでも一位二位を争う巨乳。そのたわわに実った果実を楽しめるのだから、悪い時間では決してない。


「ありがとね、中野。元気出た」


 そう言って、彼女は笑う。

 よいしょ、と小さく言って立ち上がった宮崎は部屋を出ていく。思春期男子を一人部屋に残すとか、もうこれ振りだろと思いながらも何もしない。


 だって。

 それを彼女が望んでないから。


 中野翔太と宮崎紗弥加は恋人ではない。

 ただの、友達だ。


「お茶持ってきたよ」


「ありがと」


 俺の家はここから一〇分とかからない場所にある。

 幼馴染みと呼べるほど馴染んではいなかったので、俺と宮崎はただの友達としか言えない。


 中学が一緒で、高校もたまたま同じだった。

 偶然同じ高校に通って、偶然帰りが一緒になって、偶然家が近所だった。

 そんなありふれた偶然が重なって、今の俺と宮崎の関係は成り立ったのだ。


「ご飯食べてく?」


「ん?」


 言われて時間を確認する。

 午後の六時を過ぎている。今から家に帰れば普通に間に合うが、宮崎がこう言ってくるのは暗に「一緒に食べよう」と誘っているのだ。


「そうだな。じゃあせっかくだし」


「うん。じゃあ準備するね」


 あまり大っぴらにはしていないらしいが、宮崎の家は父親がいない。

 亡くなったとか離婚したとかではなく、どうやら最初からいなかったらしい。


 これは宮崎から聞いた話で、宮崎自身も母親から聞いただけなのだが、結婚を前に父親はいなくなったらしい。

 その男を父親と呼ぶのは少し違うが、それっぽい呼び方が思いつかないためそう呼ぶことにする。


 若くして付き合った宮崎の両親は体を重ね、そして母親は宮崎紗弥加を身籠った。

 その事実を知った父親は母親の前から逃げ出し音信不通となる。堕ろすことも考えられたらしいが、母親は生むことを決意したらしい。


 そして彼女が生まれた。


 母親は夜の仕事をこなし、宮崎を育てた。そんな二人はマンションの一室を借りて暮らしている。


 宮崎な部屋を出るとリビングがあって、その横にキッチンがある。

 宮崎はエプロンをつけて、鼻歌混じりに料理を始めた。


「今日はおばさん帰ってこないのか?」


「うん。金曜日はだいたい帰ってこないかな」


 仕事上の都合なのか、それともそれ以外の理由なのか、それを話さないのは彼女が知らないからかもしれないが、結論だけ述べると金曜日は帰ってこない、ということらしい。


 こうして彼女の家でご飯を食べるのは今日が初めてというわけではない。

 金曜日にハグを求められ、家にお呼ばれした日はだいたいこうなる。


 寂しいのだろう。

 俺はそう思って、彼女に付き合う。

 別に同情とかでは、決してない。俺は少なからず彼女に好意を抱いているし、二人で過ごす時間を楽しいと思っている。


 だから、こうしている。

 ハグを求めてくる彼女が、俺のことを好きであるなら恋人として支えたいと思う。


 でも。

 そうじゃない。

 そうはならない。


 宮崎紗弥加には好きな人がいて、それは俺ではない。直接相談されたこともあるので、俺が勘違いしているだけというオチもない。


 俺は、こんな歪な形でしか彼女を支えてあげられない。


「もうちょっとでご飯できるから、準備手伝ってもらっていい? 今日はね、肉じゃがだよ」


 だけど。

 まさか今日、この何でもない日常の一ページにしかならないようなとある日に。


 俺と彼女の歪な関係は、さらに形を歪ませることになる。

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