ラベンダーはブルー (1)

「なんで」

「だめなものはだめです」

 放課後の教室で、小男と大男がにらみあっている。正確に言うと、相手にのしかからんばかりにしてにらみつけているのは大男のほうだけで、見上げる小男のほうは机の上に脚を投げ出し、悠然とストローで牛乳を飲んでいる。

 飲み終わったらしく、紙パックが「ぺこ」と鳴った。


御曹司おんぞうし

「ちょ、どいて」

 気をそがれた相手の肩越しに、軽くつぶした紙パックを放る。紙パックはみごとな放物線を描いてゴミ箱に収まる。

「なんでだめなの」

「逆に、なんで乗せますか。女人禁制って言ってるでしょ」

「なんで女人禁制よ」

「赤ちゃんかよ」大男の目がかっと見開かれる。ほとほとあきれはてたという表情だ。「船だからでしょ。これほんとギリですよ。わかってますか」

「ワンチャン?」


「慣れないネットスラングやめて。フォロー大変だから」厚く盛りあがった両手の母指球で、武蔵ベンジャミンは額を押さえ、深いため息を吐き出した。そのまま「おまえらも何か言って」背後に声を飛ばす。


 飛ばされた二人は顔を見あわせた。よく似ているが、双子ではない。

 さっきからぼーっと後ろで突っ立っていて、普通ならモブキャラのポジションなのだが、すでにお察しのとおり作者はこの二人がひじょうに好きなので、活躍させようと思っている。


「あの」

 佐藤フロリアンと佐藤クリストフは同時に口を開きかけ、同時に相手にゆずって、同時に黙り込んだ。


「女の子乗せたら飛ばないの? 船」水原クロードは澄んだ瞳で無邪気にのたまう。この無邪気がつねにくせものだ。「なんの化学反応?」

「化学反応じゃありませんがトラブルのもとです」

「だからなんで?」

「なんでって、だから、御曹司だけですよ精進潔斎してないの。おれらがどんな思いで、ゲイ疑惑にまで耐えて」

「そう? 誰か何か、報告することがあるんじゃない?」


 ベンジャミンはふり返った。

 佐藤兄ことフロリアンの目が泳いでいる。

「えっ」


「えっ何?」

「すすすいません! ハ、ハニートラップっていうか! でも姉のほうなんで」


「えっ」クロードの目も大きくなった。

「えっ?」これはフロリアン。

「えっ?!」これはベンジャミンとクリストフ。


 こういうのを、漢字二字で藪蛇やぶへびと言う。

 ブッシュをつついてスネークを出すというやつだ。

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