佐藤くんとあたし (2)

「水原はやめなよ」

 ベッドの上であたしの髪を梳いてくれながら、お姉ちゃんが言う。

「あんた泣かされるよ。ぜったい」

 そんなん言われんでもわかってますぅ。心の中であたしはつぶやく。似非関西アクセントで。

「知ってる? あいつすごいシスコンなんだって」

「そっち?」またもや初耳。思わずふりかえったら、コームに髪がからんで痛かった。「どんな人?」

「知らん。学校ちがう」

「どこ」

「鎌倉だって」

「鎌倉ってどこ?」


 沈黙。


 眉をきゅっとしかめてあたしを見る、お姉ちゃんのくせ。大好きだ、この顔。

 涼しい目もとってこのことだ。

 この人に似てるなら、あたしもそうとう美人だよね。


「ばかなの?」

 出た。そうか、これもお姉ちゃんの口ぐせだ。うつされたんだな、あたし。

「アリー、勉強してる?」

「してるよ」

「うそだね」

「してる」

「やばいよちゃんとやらないと。とくに地理。あと歴史。あと国語」

「全部じゃん」

「ばか。あと体育、陸上。歩くのと走るの。あとマットと跳び箱と鉄棒」

「うう」地獄。まじで地獄、懸垂とか。「地上の重力つよすぎ」

「だよね。あ、逆に水泳はやりすぎないようにって、パパが」

「あー、音楽もね」

「音楽も。あんた歌った?」

「まだ」

「ぜったい口パクだからね」

「わかってる」


 めんどくさー。


 いきなり両側からほっぺたをつままれ、ねじりあげられた。

「痛い痛い痛い痛い、お姉ちゃぁぁん(泣)」

「あんたのせいだかんね! あんたがおかに来たいなんて言うから、こんなことに」

 ごめんなさいごめんなさいと言いつづけてたら手をはなしてくれたので、

「でもお姉ちゃんついて来る必要——」

 ないのにって言い終わる前にまたねじあげられた。「痛い痛い痛い痛い痛い(泣)」


 たしかにあたしだ。十五歳の誕生日のお祝い何がいい?ってパパに訊かれて、短期留学、陸への!って即答したのは。

 だって知りたくなるじゃない。あんな素敵なモノがつぎつぎ沈んでくるんだもん。

 こんな綺麗なモノを作った人たちが、悪い人たちだなんてあり得ない。


「甘い。ほんっと甘いわ。あんたの頭ってお花畑。ディズニー」

「ほっといて」

 だって、素敵なモノにつづいて、素敵なヒトたちもたくさん海底に沈んできて、あたしたちはすっかりなかよくなって。

 憧れちゃうじゃない。来てみたくなるじゃない、どうしたって。

 地上ってものに。

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