入社パーティ

べる

前夜

 バンッ!!

 探偵社にそんな破裂音が響いたのはギルドの長を倒した日の夕方だった。犯人は乱歩だ。

「あっ、乱歩さん風船割ったらダメですよー。せっかく膨らませてるところなんですから。」

 谷崎が注意するが乱歩が素直に聞くはずもない。

「えぇー、だって退屈なんだもん。駄菓子も食べちゃダメっていうしさぁ。」

 その時社長室から足音が聞こえてきた。福沢だ。

「乱歩、皆の邪魔をするな。すまぬな、あまり準備を手伝えなくて。」

「社長!いえ、みんな楽しんで準備してますから。」

 口をとがらす乱歩の横で谷崎が社内を見回しながら答える。準備。そう、準備だ。



 始まりは乱歩の一言だった。

「はぁー、ギルド戦もなんとかなりそうだし、駄菓子買いに行こうかなぁ。」

「いや、乱歩さん。いくらなんでもそれはちょっと・・。今現在敦がギルドの長と闘っている最中ですし。」

 国木田がなんとか止めようとするが聞く耳をもたない乱歩。

「だって晩香堂ばんこうどうに避難してる間に駄菓子の備蓄尽きちゃったんだもん。もう無理だよ、駄菓子なしで過ごすなんて」

「いや、でも緊急事態に備えて社に居て貰いたいのですが・・・。もう少し辛抱できませんか?」

「やだっ!それにあっちは太宰がいるから大丈夫だろう。それより駄菓子が無いとやる気が出ない!これこそ緊急事態だよ。」

 本当にしょんぼりした様子の乱歩に賢治が声を掛ける。

「じゃあ、僕が買ってきましょうか?」

 ・・・。ややこしくなった。

「待て、賢治。お前が行ってどうする。お前も社に残らねばならんのに。」

 国木田の慌てた言葉に

「あっ、そうですね。だめでした。」

 と言ってえへへと笑う賢治。駄菓子が欲しいと駄々をこねる乱歩。困る国木田。

(なんだい、太宰がいなくたって苦労が絶えないじゃないか。)

 そう思いながら与謝野が助け船を出す。

「乱歩さん、敦達が帰ってきてから思う存分食べるってのはどうだい?パーッとパーティでもしてさ。」

「パーティ?」

「そうさ。ギルドを倒した記念に。鏡花も帰ってくる手筈なんだろう?その祝いも込めて。その上乱歩さんは駄菓子を思う存分食べられる。どうだい?」

「うーん、仕方ないなぁ。じゃあ僕はパーティの計画を立てておくよ!」

 ご機嫌になって計画を立て始める乱歩。ひとまず落ち着いたようで国木田はほっと息をつく。だが、その直後。


「パーティでしたら飾り付けもしませんとね。ご馳走も用意しなくちゃですわ。」

 不意に背後から掛かった声に国木田が飛び上がる。ナオミだ。探偵社において国木田の心が休まる暇はない。

「急に話しかけるな!驚いただろう!というか聞いていたのか。」

「あら、後ろから声を掛けられただけで驚くんですの?私ずっと後ろで作業してましたのに。覚えておきますわ。それに情報を制する者が勝負を制するんですのよ。情報収集は基本ですわ。」

 国木田からの叱責を軽く躱し、情報収集と称して話に入ってくるナオミ。一体何の勝負だと思いつつ、国木田も彼女の能力の高さには舌を巻く。もし彼女が異能力を有していたのならば優秀だったろう。

「じゃあ、敦達が無事帰ってきたら皆で買い出しに行こうじゃないか。」

 乱歩・ナオミと話を進めていた与謝野の声ではっと我に返る国木田。

「待ってください、与謝野女医せんせい!そんな急な出費は予定にありません。きちんと計画を立ててからですね・・・。」

 くどくどと言い出した国木田に明らかに不満げな顔を向ける乱歩、与謝野、ナオミ。


「ただいま戻りましたー。」

 そこへ帰ってきたのは谷崎。敦を白鯨モビー・ディックに送ってきたのだ。

(やっと話の通じそうな奴が帰ってきた!)

 そう思い、国木田は一縷の望みをかけ、谷崎に声を掛けようとした。

「おぉ、谷崎!戻っ・・」

 その時だった。

「お兄様ーーー!ご無事で何よりですわ。心配していたのですわよ。お兄様が無事帰ってきてくださり、ナオミは幸せですわ。」

 お察しの通り、もちろんナオミだ。

(くそっ!谷崎を取られてしまえばもう後が無いぞ!)

 そう思ったが、すでにナオミは谷崎にべったりで割って入る隙がない。

「お仕事お疲れ様です。実は今、皆さんが帰ってきたらお祝いパーティを開こうという話になっていたのですわ。お兄様も参加しますわよね?」

 強制的に話を進めようとするナオミに国木田は慌てる。

「ちょっと待て!その話はまだ決まっていないはずだぞ。」

「え、あの、パーティって?今ギルド戦の真っ最中じゃ・・?」

 一人状況が飲み込めずに混乱する谷崎に与謝野が簡単に説明する。

「敦達が帰ってきたら祝いパーティでも開いたら善いんじゃないかって話になったんだよ。だけど国木田が渋っててねぇ。」

「あぁ、なるほど。でもギルド戦はかなりの大激戦でしたし、パーティくらい善いんじゃないですか?皆頑張りましたし。」

 谷崎の一言に喜ぶナオミ。

「お兄様ーーー!お兄様なら分かってくださると信じていましたわ。パーティ楽しみましょうね。」

「う、うん。でも国木田さん善いのかな?」

 ナオミに抱きつかれながら国木田の顔色を伺う谷崎。当の国木田はというと

「いや、パーティがダメだと言っているのでは無いぞ!予算が無いのだ。計画を練ってからでなくては。」

 と相変わらず難しい顔。そうやって一同がああだこうだと騒ぐ様子を不思議そうに見ていた賢治がふと社内を見回して呟く。

「あれ?乱歩さんどこに行ったんでしょう?」


 ・・・・・。

 一同の動きが止まる。

(まさか外に出かけた?いや、いくら乱歩さんでも今の状況は理解しているはず。ならどこに・・?)

 誰もが頭をフル回転させ、消えた名探偵の行方を捜す。先程までの社員達の話し声が嘘のように消え、静まりかえった社内で耳をこらすと、どこからかかすかに乱歩らしき明るく朗らかな声が聞こえてきた。声の聞こえる方へ歩いて行く一同。どうやら声は事務室から聞こえてくるようだ。小さく開いていた扉から中の様子を覗く。

「じゃあ、春野っち。ラムネとポ○トチップスとカップケーキと・・・いっぱい買っておいてねー!」

「はい、たくさん買っておきますね。乱歩さん。」

 中から聞こえてきた会話に少しの違和感を覚える一同。思わず固まって盗み聞きしてしまっていた一同に気づいた乱歩が不思議そうに尋ねる。

「ん?皆そんなところで何してるの?」

「え?いやっ、これは違くてですねっ。乱歩さんの姿が見えないと思いまして、捜していたところで。」

 焦る国木田の返答には特に興味が無かったようで

「ふーん。」

 と返す乱歩。堪らず聞く国木田。

「ら、乱歩さんは何を・・?」

「何って・・。駄菓子買って貰ってただけだけど?」

 一瞬の静寂の後、探偵社を満たす一同の叫び声。

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」







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