第3話 基礎教養と修行の日々

混星こんせいメランジェスタ】ここは大陸とは別にと呼ばれるものでわけられている。

 各界域の境には境界壁きょうかいへきと呼ばれるものがあり、そこを越えると、それぞれでまた違った海と大陸が存在する。


 実はこのメランジェスタという世界は何も生物だけを転移させるだけではない。

 異世界のやそのまたはその一部を取り込むことがあるらしく、境界壁は自分の世界を守る為に異世界の神が造りだしたものである。


 一体何を異世界の神が恐れているのかというと何も生態系のバランスが崩れることを恐れたから…………ということではない。

 原因はここ、神滅界域しんめつかいいきにある月が関係している。


 このよっつある月はひとつは本物の月だが残りのみっつは違う。

 3000年もの前に創られた人口の月であり、星ではなくエネルギーのようなものが可視化したものであり、それぞれで役割が違う。


 本物の月を【いちの月】と呼び、それにちなんでの、さんの、の……と続く。


 主な役割としては弐の月があらゆる者の生命力を吸い上げ參の月が吸い上げた生命力をあらゆる者に平等に分け与える…………そう、神も含めて。

 神が恐れているのはこれだ……このふたつの月にもたらされる、あらゆる生命の寿命が神も含め180になるといことを受け入れられなかった神が自身を守る結界けっかいとして境界壁を造りだす。

 境界壁の中で守られた境界域では月の影響は受けず今までの自分たちの法則で生き永らえることができるからだ。


 そんなに恐ろしいなら守りに徹しないで攻めて壊せばいいではないかと思うがこの月はひとつが破壊されても残りの月が破壊された方の月を再生させる。

 一度いちどに全ての月を破壊することが出来たとしても今度は、全てを破壊されたことを察知したこの月を生み出した核が新たに同等の機能をもった月を生み出すことになる。


 この月の核は月核げっかくと呼ばれ、異世界で迷宮ダンジョンと呼ばれるものに酷似した肆の月によって生み出された【】のひとつに安置され、そこには月核を守る為に産み出された神に対抗できる管理者を置き常に守られている。



「ここまでは良いか?」


 不味かった食事を終え、一息ついたところでガジンは雅司にこの世界のことについての説明をする。


「まあ、だいたいは……」


「なんだ? 浮かん顔して。わかりやすく簡単に話したつもりじゃが何か気になるところでもあるか?」


「いや、あの~もし、月核が破壊されたらどうなるんだろうって思ったのと、それを作った人たちって一体何? って疑問に思ったもんすから……後は受け入れなかった神がいたのなら受け入れた神もいるのかな? って」


 雅司の質問に対してガジンは自身の顎髭をさすりながら「変なところで引っかかるのう」と思いながら、雅司の疑問に答える。


「破壊された時の場合は簡単だ。新たな月を生み出されず、破壊されれば、後から来た者や産まれたものに月の恩恵を受けられんだけだしの。しかし、月核の作製方法は確立されておるからの。破壊されても恩恵を受けているこの界域の人間がまた作りだすだけだ。」


「秘密になってないで作れんのかよ……因みに管理者って相当、強いんすか?」


「まだ、他の質問を答えてないのに新たなことを聞くな。まあ、管理者の強さでいえば儂よりは弱いし、この神滅界域では倒せる者は特段珍しくはない。アレより強い【超越者】と呼ばれる者は各国で有しておるし。儂もその一人で異世界の神を滅ぼしたこともある。」


 サラっと、神を滅ぼしたこともあるということを簡単に言ってしまうガジンに対して雅司は「ドンくわぁ」と呟き、それと同時に、やはり目の前の老人はかなり強い方で出逢えたことに幸運を感じる。


 雅司の呟きを無視したガジンは自身の顎髭を引っ張りながら、何かを考え、思考がまとまったのか口を再び開く。


「あの複月ふくげつを誰が作ったのかということは物語にもなっておるし、この島を出たときにでも、いくらでも聞けるだろうから、概要を簡単に教えてやる。だから、質問は受け付けん。わかったか?」


「わかりました」


 雅司が自分の言ったことに即答したことに満足したガジンは機嫌を良くして話始める。


「うむ。良い返事ではないか。それでは話すとするか……まずはこの島の外には当然のことながら様々な人種がいる。その昔、あらゆる種族が争っていた時代に一人ひとりの男が現れ、あらゆる種族をまとめあげ、支配し、覇王となる!」


 途中から興が乗ったのかガジンは口が饒舌になり雰囲気を作りながら、この界域の歴史を語る。


「だが、神滅界域を支配した覇王でも自身の老いには勝てず……また、覇王自身もそれを受け入れておった……が! しかし、覇王が老いてゆくにつれ、それを受け入れられん重臣の一人に長命種の魔術師がおった」


 突如、身振り手振りを交え情緒を感じさせる言葉遣いで雅司の視線を釘付けにする。


「その魔術師は新たに月を創造し、覇王を永遠に生き永らえるようにしようとした……が、それを知って怒った覇王は重臣を激しく叱る。ならば! と、その重臣はみなの益になることで、その技術を使うことを覇王に誓い、これを認めさせた。それが……」


 ガジンはたっぷりと間を与えると雅司は拳を強く握り締めながら固唾を飲み傾聴する。


「弐の月【緑月りょくげつ】參の月【桜月おうげつ】肆の月【紫月しげつ】である」


 語り終えたガジンは満足したように息を吐くと少しソワソワして感想はどうだったかと聞くような表情をして雅司を見る。


「なんか新しい単語が出てきたけど……凄く面白かったです。島を出るときの楽しみができました」


 ガジンが語る物語に対して嘘偽りなく自分の感想を雅司はガジンに告げる。

 その返答に、気になるところはあるが概ね満足したガジンはさらに機嫌を良くする。


「そうじゃろう! そうじゃろう! 少し文句を言ったことは少し気になるが、面白かったであろう? いかんな、自分のあまりの話の出来の良さに思わず方言が出てきてしまうわい! ガハハハ……」


「たまに変な語尾になると思ったら、それ、爺さん言葉じゃなくて方言だったんだ……」


 その後も話し方の解説やポイントになるところを手振りを交えて語るガジンを見て、雅司は「この人、案外乗せられやすい人なのか」と第一印象とは違う一面に親近感が湧き、緊張が解けていく。


 しばらくの間、ガジンが自画自賛をして雅司が呆れた顔になったところでようやく煉獄界についてガジンが語り1日を終えることになった。


 いわく肆の月によって産み出された煉獄界とは特定の条件下で入り口が出現し固定されるもので中に入ると様々な風景が広がっており奥に進めば進むほど豊富な資源が手に入り、それと同時に鬼熊のような怪物を産み出すところでもある。


 怪物、妖魔、魔獣と人によっては様々な呼び方をされる者達は人々の伝承やお伽噺、怪談などといった信仰等が変質した形で産まれた存在である為、小説などといった創作物の物語であっても人々に広まると、それに因んで多少変質した形で煉獄界に産まれてくるらしい。


 また、煉獄界では常に強力な怪物を産み出そうとする性質があるらしく、雅司が対峙した鬼熊は煉獄界での敗者であり、いうなれば煉獄界から追い出されて行き場のなくなった存在である。


 雅司のいる島は【肆煉島しれん】と呼ばれており、島の東西南北に煉獄界を有した所で小さい島によっつも煉獄界がある珍しい立地だそうだ。


 そんな島に雅司がいる現在地は、ほぼ島の中心地で四つの煉獄界からは離れている場所である為、ここは煉獄界から追い出された者同士の争いで居場所を追われすぎた弱者が最後に行き着く場所であるとのこと。


 また、島の脱出には北西の方角に行かなければならないのだが、そこは北と西で煉獄界に追い出されたばかりの比較的に強い部類の怪物達が日夜、縄張り争いをしている地であるという話を聞かされる。


 こうして、自身の現状を知った雅司は身体を震わせ本当に自分はこの地で生き残れるのかと不安を抱えたまま、長かった1日を終える。





 朝、ガジンに起こされ、目が覚めた雅司は朝食を終えるとガジンが許可するまで泉の水を飲み続けろと指示をされる。

 なんでだと雅司が理由を聞くと。


「この世界に来て最初の3ヶ月で身体が大きく変質するからだ。この3ヶ月の内に、ここの泉の霊験あらたかな水を摂取することで身体能力と機能の向上が見込まれるためだ」


 問いの答えを聞かされた雅司は、これ以上はガジンに何も聞かず、泉の前に行き、渡された木の器に水を入れ飲み続ける。

 しかし、いくら飲んでもガジンから許可がおりない。

 怪訝に思いながら、横目で見てみると真剣な表情でこちらの様子を見ているガジンと目が合うが止める様子はない。

 視線を戻して再度、飲み続けるがやはり一向に止める気配がない……


(マジかよ……もう吐くほど苦しいぞ! 早く終わらせてくれ!!)


 雅司の願いがようやっと届いたのか、「そこまで!」という声が耳に入り、待ちわびた終了の合図がなされたことに肩で息をしながら喜ぶ。


「はぁ、はぁ……やっと……うっ……終わったー……ハハハッ……」


「何を終わった気でおる? まだ、何も始まってはおらぬぞ? 次は軽く運動してから本格的に始めるからな」


 泉の水でお腹が苦しい雅司は嫌な顔をしつつも文句を言わず、ガジンに言われるがままに腕立てから始まり、反復横とび、ランニング、ダッシュなどといったことを一通りやった後、戦闘時の構えと防御の型を教わり午前を終了する。


「はぁはぁ……やっべー……ガチで疲れた……食欲湧かねぇ……」


「かーっ、情けないのう。午後からは教えた型で組み手を行うというのに」


「え!? ……ガチっすか?」


 頷くガジンに危機感を覚えた雅司は顔を青くして、ずっと聞けないでいた修行メニューを聞くことにする。


「ちなみになんっすけど、これから先の自分の修行って全体的に何するんすか?」


「ん? そうじゃのう……最初の3ヶ月ぐらいは午前は今日と同じで午後からは組み手をひたすらやってから夜、寝る直前まで型稽古といったところかのう。身体が出来上がったら今度は攻めの技を教えてやるから楽しみにしておるがいい」


 顔を青ざめる雅司に向かってガジンは不敵な笑みをこぼす。


 昼食後、腹ごなしに軽い運動をして身体を温めてから、両者は互いに正面を向かい対峙する。


 ガジンが構えると、雅司も先程ガジンに教授された構えをする。


 左足を半歩下げ、右腕を曲げ開いた手は指を揃えて少し曲げ親指の高さが顎の辺りにくるよう前にだして上げる、左腕は脇を閉めて拳を握り顎に近づくようにして置く。


 両者同じ構えをとるが一向に動かない。

 痺れを切らしたガジンが口を開く。


「どうした? これは貴様の動作確認の為の組み手じゃぞ。貴様から動かんでどうする。はよこい」


 怒りをにじませる鋭い目付きで雅司が動きだすのを急かす。


 雅司は心の中で「そんなん聞いてねぇし」と思いながらも焦らずにガジンに近づき攻撃を開始する。


「フンッ! オリャ! リャア!」


「攻撃が甘いのう。連携も下手だ。才能がない凡人か。わかってたことだが、こりゃあ時間がかかるのう」


 攻める雅司、だがガジンの身体に触れる気配はない…………パンチは避けられ足を狙った蹴りは空振る。

 全く当たる気配のない自分の攻撃に腹を立てながら「ゼッテェに当ててみせる!」とムキになって雅司は攻め続ける。


 しばらくの間、雅司の当たらない攻撃をジッと見ていたガジンは確認が終わったかのように今度は雅司の攻撃をいなし始める。


 幾度も続ける雅司の拳打は弾かれ、流され、時には腕を掴まれては引っ張られて、前のめりになり地面に転がされる。


 その度に「立て!!」と言われ、「ザッケンな!」と文句を言いながらも、すぐさま雅司は立ち上がる。


 ガジンとの組み手は次第に激しさが増し、時おり相手からの攻撃が交じるようになる。


 さらに激しさが増す一方で徐々に雅司への攻撃の比率が増えてくる。


 不穏な気配を感じ取りながらも組み手を続ける雅司であったがその予感は的中する。


 不意にガジンの攻撃を右腕でガードをすると、ハンマーで何かを叩きつけて折ったかのような音が聞こえた、と同時に、これまでとは違った重く鈍い痛みが走る。


 突然の痛みに怯んだ雅司に対してガジンは攻撃を止めず、そのまま雅司の膝を踏みつけると先程と同じような音と痛みがきてたまらず雅司の身体は倒れるが、倒れる寸前に腕があがってたせいでガラ空きになった脇腹にガジンの拳が突き刺さる。


 乾いた木の折れるような音と内臓を無理矢理、動かされたかのような不快感と胃の辺りに何かが刺さったかのような痛みに雅司は絶叫をあげて地面でのたうちまわる。


「あ゛ぁ゛ぁ゛ー!!……ふっざ……けんな!……う゛ー……ほ、骨……おれって……んじゃねか……よ」


 雅司は激痛に悶えながらガジンを睨み付け文句を言うがガジンは気にした様子はない。


「どうせ魔導具で治してやるんだから文句を言うではない。……まずはアバラから治すとするか。おい! よく聞け! 今はこれに頼って治療してやるが、いずれは自力で治せ! 骨折なら最低でも2秒! 砕けたのなら3秒で治せ! 本来3秒もあれば止め刺すなんぞ十分なんじゃぞ」


 謝るどころか頭を掴み、目を合わせては無茶な要求をするガジンに雅司は激しい痛みの中で怒りを感じ、この老人への敬意をなくす。


「ぬおぉ……こっの……クッソ……はぁ……ジジイがっ……そ、そんなの……かはぁ……人間じゃ……ねぇ」


「なら、この地では死ぬだけだ。わからなくても出来るようになれ! ……それでは魔導具を使ってやるから骨や内臓が治る感覚をよく味わって覚えろよ」


 ガジンの理不尽な説教を受けてから雅司の身体に緑の光があたる。

 いまだ激痛がはしる中で早く治して欲しい雅司の意に反して、ガジンは途中途中、治療を止めては、また治すといったように、先の宣言通り、傷が治る感覚を覚えさせるかのようにして治療を続ける。


 完全に治療が終了したときは既によっつの月が出ていた。


「ほれ、完治したのだから、すぐに起き上がれ。飯にするぞ」


「チッ……飯なんか食える気分じゃねぇよ」


 激しい痛みから解放された雅司だったが、食欲はなく、ズキズキと頭痛がするため頭をおさえる。


 それを見たガジンは思い出したかのように口を開く。


「おっ、そういえば貴様にはこの魔導具について説明していなかったな。」


「……なんで今、その話をすんだよ」


 ガジンに対して、もはや敬意のなくなった雅司は先の組み手中のことを根にもっているのか睨み付けながら、ぶっきらぼうに聞く。

 そんな態度の雅司にガジンは特に気にせず、なだめるような口調で話を続ける。


「まあ聞け。魔導具についてだが、これは魔法を技術で再現、または発動させる物だ。魔法といえば聞こえはいいが何も万能ではない。」


 この世界に魔法があることは治療された経験から予想はしてたが、それが万能ではないということに雅司は少し興味を抱く。

 雅司が興味を持った様子でみてることに気付いたガジンは治療したときの魔導具を出しながら説明をする。


「例えば貴様を治したこの再生治療の魔法が使える魔導具だが……これは細胞を無理矢理活性化させて治療するもので、再生される際に体力やエネルギーを消費させる。また、体内の細菌やウィルスなども活性化するので治療が終わった時に病気になることもある」


 雅司は治療魔法の説明を聞いたことで、自分の症状をみて風邪をひいたのだと思い暗い顔をする。


「だから今の貴様には体力をつける為に食事をとる必要がある。おそらく今の貴様は頭痛がしておるだろうがそれは体力とエネルギーの低下によるものだ。夜の型稽古は今日は免除してやる。本当はその稽古中にこの世界の主要な言語のひとつも習得させるはずだったが初日じゃし大目にみてやろう」


「わかった。飯を食うよ。……ちなみに魔導具を使うときに一緒に飲まされる霊丹薬ってあれは一体何だ?」


 ガジンの話から食事を取ることを決めた雅司は、ついでに霊丹薬のことを聞く。


「あの薬は、いわば栄養剤みたいなものだのう。滋養強壮に良く効く。塗れば消毒にも使えるし傷も早く癒える。魔導具と併用すると効率よく高い効果を得られるから、いざというときに持っておいた物だ」


「アンタに必要なのかよ」


「必要はないが娘と孫が持てというから、仕方なく持ってきてただけだ……まぁ、そのおかげで貴様の修行に効果的だったから損はなかったかのう」


 ガジンとの会話を終えた雅司は夕食を取り、食事を終えたそのあとはすぐに疲れ果てた身体を横にし泥のように眠り初日の修行を終える。


 目が覚めれば前回と同じように大量の水を飲まされた後に運動と型稽古をして、午後は組み手で骨を折られ、夜になると型稽古しながら異世界の言語の習得をさせられる。


 その日を境に2日目以降、同じメニューを休みなく送る日々が続く。


 3ヶ月目を過ぎたあたりで、大量の水を飲まなくてもよくはなったが、代わりに朝の運動に重りを着けて行うようになり運動量も倍増し、重りも毎日少しずつ重さが増すため修行の厳しさが日々、増していく。


 5ヶ月目が過ぎ、もうすぐこの世界にきて半年に差し掛かろうかという日の組み手。

 いつものように雅司が攻めてから始まり、ガジンが攻撃をいなし、時折、雅司に攻撃をくわえる。

 防御をすれば壊されることがわかっている雅司は今日こそは折られてなるものかと強い決意を胸に秘め、全力でガジンの攻撃をいなす。

 しかし、次第に激しさの増す攻撃に追い付けずにいると不意に勢いのある拳が目の前に飛んでくる。

 マズイ! と思った雅司はとっさに腕で防御をしてしまう。

 衝撃を逃し切れないガジンの一撃は雅司の腕を折り、身体を吹き飛ばす。

 骨折の痛みや身体が吹き飛ばされることにも馴れた雅司は空中で回転しながら着地をし、その場で後ろに跳ねて距離をとる。


「ハアッ!! ……ってぇなー! 毎回、毎回ボキボキ折りやがって……おい! クソジジイ! 俺の腕はまきじゃねぇんだぞ!!」


 雅司は声に出して気合いを入れるとで腕を治し、痛みを取り払うかのように手を振ってからガジンに対して怒鳴る。


「ふん、攻撃をいなせずもろい骨をしてる貴様が悪い」


 そう言うとガジンは構えを解き、歩いて雅司に近づき、何かを考えるように顎髭をさすり見つめてくる。

 不審に思った雅司が「どうしたんだよ?」と尋ねると……


「ふむ。まだ自力で治すのは遅いが、いい頃合いかのう。今日はちと早いが組み手を終了する。雅司、これから貴様に技を伝授してやろう」


「お!? マジか!」


 ガジンが頷くと雅司が喜んだ顔をする。

 もちろん技の伝授するという言葉を聞いたからではない、本日の組み手が終了したからだ。


「では早速………と言いたいところだが、まずは、我が流派の扱う技の説明をしよう」


 ガジンが説明をしだすと雅司は弛んだ顔を引き締め、真剣な表情で耳を傾ける。


無衣魘魎流殺法むいえんりょうりゅうさっぽうでは【外功の氣】【内功の氣】そして【波動】を用いる。氣とは簡単に言えばちからの本流であったり流派によってはエネルギーのようなものを言うが、我が流派では両方を意味する」


 ガジンの説明の途中で雅司は(なんだか)と思えるような単語が出たことで期待に胸を踊らせる。


「外功の氣を用いた技は主に打撃による外傷を与え、内功の氣は、その逆で主に鎧通しの技で内側に致命傷を与えるものと思えばいい。ちなみに内功の氣を用いたものでいえば、すでに貴様は習得しておるぞ」


 雅司に習得したものが何なのか答えを聞くように顎で指してガジンは話を止める。

 雅司は少し考えてから思いついた答えを言う。


「……それって骨折、治すときか?」


 雅司の答えにガジンは頷き、続きを話す。


「そうだ。今までは治すことで氣を感じさせ、体内で操作できるようにしていたが、これからはそれを強化し相手にも影響を及ぼす技を伝授する。残るは波動のちからだが、これは見た方が早いからの。見せてから説明をする」


 するとガジンは雅司の目線の高さで、自身の手

 をまるで見えないボールを掴んで手の平の上に乗せているような形をする。


 少しの間、そうしているとガジンの手の平から外は明るいというのにそれでもわかるほどの光の玉が出現すると再び口を開く。


「これが波動だ。我が流派ではそれほど技の種類は多くはないが、これにけた流派では形を変えたり自由に操作してみせたりする」


 ガジンが口を閉じると光の球がガジンの手から離れ回転しながら周囲を飛び回るとしばらくしてから雅司の目の前にくると勢いよく足元に音をたて落ちる。

 驚いた雅司は後ろに跳び下がり光が落ちた地面に穴が開いていた。


「この技は流転丸るてんがんという。儂ぐらいになると自由に動かせるが、これは本来、真っ直ぐ飛ばして相手に当てる技だ。波動の注意点だが、身体の外に出した時点で威力が落ちていく為、殺傷力は低い傾向にある。なので多くの場合、相手に追い討ちをかけたり、体内でちからとどめて利用する」


「すげぇ……」


 感動した雅司だったが、ふとガジンが鬼熊を倒したときの技が頭によぎり、あの技をガジンに聞く。


「俺を助けてくれた時の技だけど、あれはどうやってんだ?」


靈壊殺塵りょうかいせつじんかぁ……どの流派でも究極の一撃を目指すものだが、あれは我が流派、無衣魘魎流殺法むいえんりょうりゅうさっぽうにおいての究極の一撃だ。波動のちからまといい外功の氣で衝撃を与え、内功の氣で相手の内側と氣を乱して破壊する。そんな技だ……やり方は教えるが、この技だけは儂が生きとる間に貴様が習得出来るかわからぬぞ」


 究極の一撃というものに心引かれるものがある雅司だったが、習得するにはとても難しいことがわかり、すぐに諦めると自身にとって重要なことについて気付いたので顔をしかめてガジンに問いかける。


「いや、そんなに難しいならいいや。それよりも……俺、内功の氣が使えるって言ってたけど、氣の流れなんざわかんねぇぞ。どうする……ていうか俺に何するんだよ?」


 組み手のときの経験から雅司は不穏な気配を感じ取り身構えていると、ガジンは不敵な笑みを浮かべながら雅司を逃がすまいと肩を掴む。


「そんなことを言うでない。ちゃんとやり方は教えると言ったであろうに……それと何をするかについてだが、そう身構えるな。そんな難しいことはしない。使えるようになる為に儂がちと貴様の氣や波動を無理矢理、操るのをただ覚えればよいだけだ」


「ふざっ……ガハッ! ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 肩を掴んで逃げられない雅司に突然、腹部に衝撃と突き刺すような痛みが入る。

 腹部に視線を移すと雅司の腹にガジンの5本の指が刺さっており、雅司がガジンの腕を掴むと今度は、全身の血管に熱い何かが流れているかのような感覚と体の中から全身を突き刺し貫くかのような鋭さのある痛みと火で焼かれたかのような粘りつく苦しみに雅司は絶叫を上げて倒れる。


 その苦しみは三日三晩続き、四日目の朝に苦しみから解放されると、雅司はガジンに殴りかかるが、一撃も与えられず、あえなく返り討ちにあう。


 雅司はガジンが生きてる間にいつか、その顔面を殴りつけることを目標に新たに加えて、より一層修練に励む。



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