第53話 月下草と夜の森①

 土筆つくしは足早に買い物を済ませ宿舎に戻ると、本日のお肉狩りから帰ってきたメルに事情を話して協力をお願いする。


「おっ、夜の森、いいねー」


 メルは土筆つくしから夜の森と聞いて夜行性の魔獣のお肉を思い浮かべているようだ。


「メル、ありがとう。美味しい夜食も考えないとね」


 土筆つくしは子供達の夕食を作りながら、素材採取に必要になりそうな物リストに調理器具を追加する。


「おっさん、今森の話してなかったか?」


 何処から嗅ぎ付けたのか、ルウツがホッツと一緒にカウンター席の上に乗り、両手を突いて身を乗り出しながら会話に割り込んでくる。


「お兄さんな。ルウツ危ないぞ、ホッツが真似してるじゃないか……」


 土筆つくしは料理の手を止めることもなく、視線だけルウツに向けて注意する。


「おっさん、森の話してただろ?」


 土筆つくしに注意されたルウツは、カウンター席に腰掛けると獣耳をしょんぼりさせながらも再度尋ねる。


「お兄さんな。急な依頼が入って、今夜東の森に素材採取の護衛をすることになったんだ」


 土筆つくしは出来上がった炒め物を複数の皿に盛り付ける。


「本当? 俺も行きたいっ」


 ルウツはカウンター席に座ったまま身を乗り出す。


「うーん……遊びじゃないんだけどな……」


 夜の森と言っても場所は東の森でそこまで魔素が濃い地域でもない。

 メルが同行すれば安全面では問題はないのだが、夜、子供を連れ出すことに対して土筆つくしは抵抗を感じるのだった。


「なあ、俺、大人しくするからさー」


 子供の言う「大人しくする」発言ほど信じられない物はないことを土筆つくしは良く知っている。


土筆つくしのお兄さん。頼むよー」


 ルウツは両手を顔の前で合わせて必死にお願いを重ねる。


「こういう時だけお兄さんとか……」


 土筆つくしは苦笑いを浮かべ思わずぼやいて見せると、二品目の料理を複数の皿に盛り付ける。


「あの、土筆つくしさん……」


 土筆つくしとルウツの話を聞いていたホズミが申し訳なさそうに割り込んでくる。


「おっ、ホズミか、どうした?」


 土筆つくしは汁物が入った寸胴鍋をかき混ぜながらホズミを見る。


「その……森に行かれるのなら私達も連れて行ってもらえませんか?」


 ホズミの言う、私達とはシェイラも含むということだろう。


「ホズミ達は森に何か用事でもあるのか?」


 土筆つくしはおやつの時間、ルウツに尋ねたのと同じ質問をホズミにも尋ねる。


「はい……シェイラはエルフ族なので、時々森の魔素を体内に取り入れさせてあげたいと思いまして」


 土筆つくしはホズミの話に耳を傾け、それならばと同行を許可するのだった。


「その森の魔素の取り入れって言うのは、何か特別なことでもするのか?」


 土筆つくしは隣で猛抗議するルウツの声を放置したままホズミに問い掛ける。


「いえ、特に儀式のようなものではありません……強いて言うのなら、森の中で呼吸をして森の空気を体内に取り入れる感じでしょうか……」


 ホズミの説明を聞いた土筆つくしは、素材採取に必要になりそうな物リストに簡易テントを追加するのだった。


「結構な荷物になるな……」


 そう遠くない採取地だとしても、森の中に荷車を引いて行くことは不可能である。


「はい、はーいっ。俺が荷物持ちに立候補するっ」


 放置されて頬を膨らませていたルウツが、ここぞとばかりに売り込みを仕掛ける。


「……仕方ないな……でもな、ルウツ。言う事聞かなかったり横着したら二度と森には連れて行かないからな。約束できるか?」


 根負けした土筆つくしはルウツとホッツの同行を許可し、問題ないとは思いながらも、ルウツに釘を刺す。


「ああ、約束する。俺、大人しくする」


 本日二回目の「大人しくする」に土筆つくしはため息を吐くのだった。


「そうと決まれば、すぐに出発するから準備しておいで」


 土筆つくしは夕食の料理をテーブルに運びながら、ルウツ、ホッツ、ホズミ、シェイラに準備を急がせる。 


「夕食を食べてる時間はないから、夜ご飯は森の中でな」


 土筆つくしは配膳を終えると、休む間もなく月下草げっかそう採取に必要な道具の準備を始める。


「うんうん。急いで食べないとね」


 いつもメルは手ぶらなので特に用意する物もないらしく、土筆つくし達が準備を終えるまでの間、用意された夕食を頬張り続ける。



「エトラとミルル、明日の朝には帰ると思うから宜しく頼む」


 土筆つくしはエトラとミルルに後のことを託すと、メル達を連れてカリアナの工房へ向かうのだった……



 この世界の夜は街中でも暗い。

 土筆つくし達は各々の手にランタンを持ち、メゾリカの街を歩いて行く。


「あっ、土筆つくしさん」


 土筆つくし達がカリアナの工房の入り口の扉をノックすると、扉が少し開きカリアナが顔を出す。


「カリアナ、待たせたな。少々大所帯になったけど問題ないか?」


 カリアナは土筆つくしの後ろにいる面々を見渡して笑顔を見せる。


「私も弟子を連れて行くので問題ないですよ。一先ず中に入ってください」


 土筆つくし達はカリアナに迎え入れられて工房の中に入ると、以前薬草採取の追加依頼で一緒だったカリアナの弟子達が慌ただしく準備に追われていた。


「あと少しで準備終わるから、適当に座って待ってて」


 カリアナは土筆つくしにそう告げると、最終確認をしに弟子達の元へ駆け寄って行くのだった……



 簡単に自己紹介を済ませカリアナの工房を出発した土筆つくし達は、月下草げっかそうが群生していると言う東の森の小さな草原くさはらを目指して移動を開始する。


 月下草げっかそうの群生地へ行くにはメゾリカの街の東門を抜け、橋を渡った所で街道から外れ川沿いを南下し、一つ目にある支流との合流点から支流をさかのぼるように森の中へ入って行く。


 街道と違い整備がされていないものの、日常的に人々の往来おうらいで踏み固められた通路はランタンの灯りさえあれば暗がりであっても安全に歩行することができる。


「ホッツ、大丈夫か?」


 シェイラはホズミに抱き抱えられているので心配する必要はないが、ホッツはぶられるのを嫌がったため自分の足で歩いている。


「おっちゃん、俺は大丈夫だぜっ」


 ホッツは涼しい顔をして返事をする。この辺りはさすが身体能力に優れた白狼族である。


「お兄さんな。もうすぐ目的地だけど、疲れたら我慢せずに言うんだぞ」


 土筆つくしとホッツの会話を聞いていたカリアナがクスっと笑う。


土筆つくしさん、まるでお父さんみたい」


 ミアから冒険者ギルドで起きた出来事を一部始終聞いていたカリアナは、土筆つくしが想像以上にお父さんしている姿を見て笑いのツボに嵌ったようだ。


「俺まだ二十代なんだけど……」


 土筆つくしはカリアナに言い返す言葉が思い浮かばず、不平を漏らすのだった。


「おー、綺麗だねー」


 先頭を歩いていたメルが目的地に到着すると、開口一番かいこういちばん感嘆の声を上げる。


 メゾリカの街から徒歩で一時間ほどの場所に群生する月下草げっかそうは、草原くさはら一面をほたるが発するような淡い黄緑色の光で照らしている。


「おっ、この光の元が特効薬になるのか……」


 土筆つくしは目の前に広がる幻想的な景色を前に、思わず声を漏らす。


「それはちょっと違いますけどね。あの光が空気中の魔素と反応して生成される成分が特効薬の元になるんですよ」


 弟子達に指示を出し終えたカリアナが、土筆つくしの間違いを錬金術師らしく指摘する。


「それでは土筆つくしさん、周囲の安全確認お願いしますね」


 カリアナは土筆つくしにそう告げると、自身も素材採取に取り掛かるのだった。


「ああ任された。キャンプの設置もしておくよ」


 土筆つくしはカリアナの背中に向かって言葉を返すと、持参した道具を使ってキャンプの設営を始める。


「おっ、はっけーんっ。お肉狩って来るねー」


 お肉の気配を察知したメルはそう宣言すると、土筆つくしが返事をする間すら与えずに走り去っていく。


「おっさん、俺達も何か手伝うぜ」


 近くで体を動かして遊んでいたルウツとホッツは、土筆つくしがテントの設置を開始したことに気付くと駆け寄ってきた。


「お兄さんな。ここは俺一人で大丈夫だから、ホズミとシェイラの護衛をお願い」


 土筆つくしは草原入り口に自生している樹木の根元に座って談笑しているホズミとシェイラの方を見ながら、夕食を食べずに宿舎を出た子供達のために用意した甘い保存食を人数分手渡すと、ルウツとホッツに二人の邪魔をしないよう見守って欲しいとお願いをするのだった……

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