第17話 テイム大作戦

 絶景を眺めながらのピクニックを満喫した土筆つくしとメルは、少しの間、高台でのんびりとした陽気を楽しむと、残りの予定を消化する為に山小屋に戻る事にした。


 土筆つくしがメルにこれからの予定を伝えると、メルは土筆つくしが魔物をテイムしている時間を利用して、更にお肉を狩りに行くと決めたらしい。


「それなら、もっとお肉を持って帰れるね」


 メルは土筆つくしが山羊のような魔獣のゴトッフをテイムする予定だと知ると、目を輝かせながら荷鞍にぐらを持ってきているかどうか聞いてくるのだった……


 それぞれの予定が決定し、山小屋で温かい飲み物を飲みながら小休憩をとった土筆つくしとメルは、集合時間を決めると再び単独行動に移る。


 土筆つくしは山小屋の敷地内で昨日考えた作戦のシミュレーションを入念に行い、万全の態勢でゴトッフのテイムに臨む。


 テイマーにとって、魔物をテイムすることは命懸けの仕事である。

今回土筆つくしがテイムを予定しているゴトッフは、既にテイムの成功条件が知られている魔物ではあるが、過去に誰もテイムを成功させていない魔物、所謂いわゆる、前人未踏の魔物についてはテイムの成功条件そのものが不明なのだ。

 基本的にテイムの条件はそれぞれの魔物によって異なる。その多くは対象となる魔物の習性を知る事によって推測する事が可能だが、その推測が正しいどうかは、実際にテイムしてみないと分からない。


 更にテイムを行うには宣言魔法と言う風属性の魔法を発動させ、テイムに挑む旨を相手に宣言する必要があり、奇襲や騙し討ちなどの手段を用いることは出来ない。


 当然、テイムは術者と対象となる魔物との一騎討ちの真剣勝負でしか成立せず、仮にテイムに成功したとしても、対象の魔物が術者に従ってくれるとは限らないのである。



 土筆つくしは山小屋から少し離れた場所にあるゴトッフの生息地まで移動すると、作戦に適した地形を探して陣取り、他の魔物が寄って来ないように魔物除けのお香を焚く。

 この魔物除けのお香は当然の事ながらゴトッフにも有効なので、風向きを考慮して設置をしなければならない。


 決戦の場を整えた土筆つくしは休む間もなく地妖精ドニと風妖精シフィー、そして水精霊ディネを召喚し、一人一人に作戦を丁寧に説明し、力を貸してくれるようお願いをする。


 全ての準備を終えた土筆つくしは、眼下に広がる断崖絶壁に生息するゴトッフの中から、規模の大きいハーレムを築いていそうな雄を探しだす。


 ゴトッフの雄には頭部に立派な角が二本生えているのだが、縄張り争いや雌の奪い合いで角が折れてしまうと負けとなるのである。

 従って、立派な角が生えている雄は雄同士の決闘で勝ち続けている者であり、ハーレムの規模も大きくなるのだ。

 コルレットから聞いた話では、ゴトッフの角は数年に一度生え変わるようなので、角が全てではないようであるが、目安としては十分な材料となる。


 土筆つくしは風妖精シフィーの効力が及ぶ範囲でお目当てのゴトッフを見付けると、宣言魔法を発動して風妖精シフィーに届けて欲しいとお願いをする。


 風妖精シフィーは任せろと言わんばかりに土筆つくしの周りを旋回すると、土筆つくしが発動した宣言魔法を空気の層で包み込み、目的のゴトッフ目掛けて運んで行くのであった。


 土筆つくしはそれを見送ると、服に付いた埃を払いながら立ち上がり、ゴトッフを迎え撃つべく態勢を整える。


 やがて、高鳴る鼓動を感じながら深い呼吸で精神を高める土筆つくしの前に目的のゴトッフが現れ、挨拶変わりなのか咆哮こうほうする。


 その鳴き声は地球に生息する山羊のような可愛らしいものではなく、土筆つくしより一回りも二回りも大きいゴトッフに相応しい威風堂堂いふうどうどうたる咆哮ほうこうである。



 土筆つくしはゴトッフに気圧されぬよう、全身に気合いを入れ身構える。

 ゴトッフは唸り声を出しながら首を一振りすると、土筆つくし目掛けて突進する。

 土筆つくしはゴトッフの突進を上手くいなすと、すれ違いざまに素早く短剣を抜いて角に斬り付けた。

 事前に予想していた通り角は硬く、土筆つくしの技量では傷一つ付けることは出来ないのだが、ゴトッフの物理攻撃に対しては十分対応できると手応えを感じるのだった。


 その後もゴトッフは何度も突進を繰り返すが、土筆つくしに攻撃が届く事は無かった。

 しかし、土筆つくしもゴトッフに対して決定打を与えるに至らず、体力勝負を避けたい土筆つくしは、用意した搦め手で勝負に出る決意を固めるのだった……



 その後も何度かゴトッフの突撃をいなした土筆つくしは、間合いを取ると同時に地妖精ドニに合図を送る。


 合図を受けた地妖精ドニは土筆つくしの手前、ゴトッフが突進して来る進路上の土を泥沼化し落とし穴を作り出す。

 土筆つくしを角で突き刺すために踏み込んだ前足が地妖精ドニの作った泥沼にはまってしまったゴトッフは、透かさず風属性の魔法を使い泥沼の中に足場を作り、それを利用して前足を大きく振り上げて泥沼から抜け出す。

 土筆つくしはゴトッフの行動に臆することなく水精霊ディネの力を借りて水球を作り出すと、ゴトッフの顔を覆うように放出する。


 土筆つくしの放った水球を受けて息が出来なくなったゴトッフは一瞬嫌がる素振りを見せる……が、好機とみたのだろう、ゴトッフは水球の中を突っ切るように、土筆つくし目掛けて振り上げていた前足を振り下ろすのだった。


 ゴトッフの足先には足場の悪い切り立った崖での移動を可能にする強靭なひづめがあり、その強度は細い樹木であれば簡単に粉砕してしまう威力を誇る。

 土筆つくしの肉体がその威力に耐えられるはずも無く、直撃すれば間違いなく致命傷に至るだろう。


 土筆つくしは振り下ろされるゴトッフの前足をすんでの所で躱す。しかし、その弾みで体勢を崩し倒れ込んでしまうのだった。


 その場面を目撃していた者ならば、誰もが勝負ありと思ったであろう。


 しかし、ゴトッフが自慢の角で追撃を行うことは無かった。

 何故なら、ゴトッフが前足を振り下ろしたと同時にゴトッフの角は根元から切断され、風音を立てながら地に落ちたからである。


 実は、地妖精ドニが泥沼を作った時点で土筆つくしが立案した”木を隠すなら森”作戦は始動していたのだ。


 ゴトッフがその巨体で足場の悪い断崖絶壁に住むことを可能にしているのが、先ほど発動した風属性の魔法による足場生成である。


 土筆つくしはそれを利用すべく地妖精ドニに泥沼を作ってもらい、ゴトッフはその習性から半ば反射的に魔法を発動させたのだ。

 その後、土筆つくしはわざと隙を見せる事によりゴトッフに好機と思い込ませ、土筆つくしが放った水球はゴトッフに距離をとらせる為に放ったものではく、ゴトッフの視界からある物を見えなくする為だったのだ。


 土筆つくしは水球を作り出した直後に、昨日練習した円盤形のウォータージェットを水球の僅か上方、ちょうどゴトッフの両角の根元に合わせて発動したのである。

 遠距離から目標を狙って放つには、移動距離での衰退などを考慮する必要もあり技術を伴うが、配置して向こうから斬られに来るのであればその限りではない。

 結果、好機を読み違えたゴトッフは、水中からは見ることが出来ない”水面の上にある水”に自らの角を当てに行ったのだ。


 一瞬にして二つの角を失ったゴトッフは、状況が飲み込めないのか呆然と立ち尽くしていた。


 土筆つくしはゆっくりと立ち上がり、テイムの条件が達成されているかどうかを確認するために、風妖精シフィーの力を借りて魔法を発動する。

 この魔法は宣言魔法を用いて行ったテイムの成否を判別する事ができ、対象の魔物が敗北を認めテイムが成立した場合、術者と対象の魔物の間に魔力回路が形成され念話でお互いの意思を伝える事が可能になるのである。


 土筆つくしはゴトッフとの間に魔力回路が繋がったのを確認すると、テイムの交渉を始める。


 ここでの交渉と言うのは戦後処理のようなもので、敗北を認めた魔獣は従属するか拒否するかの最終決断を行う。

 仮に魔物が事実者への従属を拒否した場合、術者はその魔獣をテイムする事を諦めて解放するか止めを刺すかの選択を迫られるのだ。


「聞こえているかい?」


 土筆つくしはゴトッフへの配慮を心掛けつつ、優しく語り掛ける。


「……」


 ゴトッフは未だに状況の把握ができていないようで、土筆つくしの語り掛けに対応できないでいた。


「……私は負けたのか?」


 ゴトッフは地面に転がっている自らの角に目線を送ると、囁くように言葉を漏らす。


「……そうか……」


 土筆つくしがゴトッフの言葉に静かに頷くと、ゴトッフは力なく空を見上げるのだった……



「待たせて済まなかった」


 落ち着きを取り戻したゴトッフは、土筆つくしと念話を通して交渉を始めた。


 土筆つくしはテイムを行った理由と目的を説明し、ゴトッフは気になった事や疑問に思った事を問いただす。

 土筆つくしとゴトッフの交渉は時間と共に進み、テイム条件は概ね整って行くのだった。


「私を従属すると言う事は、私の妻達も同時に従属させることになるが問題はないか?」


 この世界にとっての契約とは神が管理する神聖で不可侵なものである。契約内容を細部に至るまで確認する行為は人族も魔獣も変わらないのだ。


「ああ、君の全てを受け入れるつもりだ。移動先で繁殖してもらっても問題はないし、環境が合わなかったらテイムを解消してこの場所に戻ってもらっても構わない」


 土筆つくしの提案を受け入れたゴトッフは天に向かって咆哮すると、風属性の魔法を発動して

ハーレムを構成してる雌達に集合をかける。

 するとゴトッフの呼び掛けに応じたハーレムを構成する雌達が続々と集結し、あっという間に土筆とゴトッフを取り囲むのだった。


「主よ。我らに名を授けてくれないか?」


 土筆つくしはゴトッフの求めに応じて、一頭一頭名を授けていくのだった。


 土筆つくしがテイムした雄のゴトッフはモーリスと名付けられ、モーリスは土筆つくしとの名付け契約によってユニークスキルを発現させた。

 しかし、モーリスのハーレムを構成する雌のゴトッフ達は土筆つくしによる名付けによるユニークスキルの発言は起きなかったのである。


 後日、土筆つくしがコルレットに確認したところ、名付け契約によりユニークスキルを発現する為には、契約者本人から直接魔力回路を開いて魔力の供給を受ける必要があるとのことだった。

 要するに土筆つくしと直接契約をしているのはモーリスのみであり、モーリスのハーレムを構成する雌のゴトッフ達は、土筆つくしからではなく、モーリスから魔力供給を受けるためユニークスキルは発現しないのである。


 無事にゴトッフをテイムすると言う目的を達成した土筆つくしは、モーリス達を連れて山小屋に戻るのだった……

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