第16話 山小屋の点検と風光明媚な丘

 土筆つくしがコルレットから水魔法について教わった翌日、メゾリカの街は雲一つない晴天に恵まれていた。

 土筆つくしはメルが西の平原で狩ってきた肉……もとい、ウッガーの丸焼きの残りを使って弁当をこしらえると、先日冒険者ギルドで受けた依頼を達成するために必要な物を確認しながら鞄の中に入れていく。


 今回の請け負った依頼は山小屋の定期点検だが、土筆つくしの目的は山小屋から少し離れた場所に生息するゴトッフと言う山羊のような魔獣をテイムする事である。

 もちろん、メルが楽しみにしているピクニックも予定の中に盛り込んだ。

 目的の山小屋から更に進んだ先にある丘は冒険者達の間で風光明媚ふうこうめいびなスポットとして有名で、今の時期は群生している野花が可憐に咲き乱れているはずだ。


 出発の準備が整い、ポプリに出掛ける事を知らせた土筆つくしは、椅子に座って尻尾を揺ら揺らさせながらうたた寝しているメルに声を掛ける。


「メル、準備ができたぞ」


 いつもなら土筆つくしの手とメルの尻尾の攻防が始まる場面なのだが、今日はピクニックの予定も入っているからか、メルの目覚めがすこぶる良い。


「んっ……出発?」


 メルは土筆つくしの呼び掛けに獣耳をぴくりと動かして反応すると軽快なリズムで立ち上がり、両手を天井に向け大きく伸びをする。


「ああ、待たせたな」


 土筆つくしは鞄を背負いメルと共に宿舎を出発すると、冒険者ギルドで依頼開始の報告を済ませ、その足で目的の山小屋が在るメゾリカの街の東の森へ向かって移動を開始するのだった……



 メゾリカの街の東門から伸びる街道を通って東の森に入り、そのまま街道沿いにしばらく進むと、街道の右手側に石材で建てられた騎士団の詰め所が見えて来る。


 目的の山小屋へ行くには詰所の手前で街道から枝道に入り、後はひたすら山道を登って行くことになる。

 街道と違い、人の手による整備が行われていない、いわゆる”けもの道”であるが、冒険者であれば素材採取などで度々利用する山道の一つでもあるので危険度はそれほど高くない。


「ねえねえ、肉狩ってきていい?」


 山道に入り少し進んだ辺りで、土筆つくしの前を歩いていたメルが振り返って話し掛ける。


「そう言えばリエーザさん、まだ干し肉の材料が足りないって言ってたな」


 土筆つくしは出発前に立ち寄った冒険者ギルドでの会話を思い出して呟く。


「うんうん。ついでだから肉狩ってこようと思うの」


 メルは尻尾を勢いよく左右に揺らしながらうずうずしている。


「わかった。なら山小屋集合って事でいいか?」


 土筆つくしはあっさりと承諾すると、メルが目的地である山小屋の場所を知っているかどうか確認する。


「うんうん。場所は知ってるから大丈夫」

 

 メルは待ちきれないのか、既に目線が茂みの奥へ移っている。


「生態系壊さないようにな」


 土筆つくしは大丈夫だと思いつつも、一応釘を刺す。


「りょうかーい。今夜もお肉だー」


 メルは片手を大きく突き上げて返事をすると、歓喜の声を上げながら軽やかな足取りで茂みの中に消えて行くのだった……



 メルを見送った土筆つくしは、先ほどの会話で緩みかかった気持ちを引き締め直すと、周囲の気配に神経を尖らせながら山道を登って行く。


 危険度がそれほど高くないと言えども、今土筆つくしが移動している山道は人を襲う魔物が生息している地域であり、警戒を怠って魔物達の急襲でも受けようものなら、立所に窮地に立たされることになり兼ねない。


 特に土筆つくしは魔法職として転生した影響もあるのか、日々欠かす事なく鍛錬を積み重ねても、この世界の基準では人並み程度の身体能力しか持ち合わせていないのだ。


 魔王の呪いによる魔力の制限が原因で、土筆つくしは戦闘時に使用できるような高出力の魔法を発動する事ができず、代替で習得した精霊魔法は発動時間の問題があり、あらかじめ仕込む作業を挟まないと実用する事は難しい。


 土筆つくしの主力武器は腕に装着するタイプの自作クロスボウで、矢の他に魔法弾と呼ばれる魔法を込めた特製のシリンダーを撃ち出す後衛用の武器である。魔法攻撃も可能だが、その威力は改善の余地があり、更に電池と同じで時間の経過と共に充填した魔法の威力は減少してしまう。

 土筆つくしは補助の武器として短剣も帯剣しているが、これは護身用の意味合いが強く、残念ながら今の土筆つくしに前衛として活躍できるほどの力量はない。


 幸運にも、土筆つくしが目的地である山小屋へ辿り着くまでの間、戦闘に発展するような魔物との遭遇は無かった。


 土筆つくしは山小屋の敷地内に入ると、真っ先に魔物除けの魔法結界が正常に動作していることを確認する。


 魔物除けの魔法結界は山小屋の敷地内に複数設置されていて、それぞれが独立して魔物除けの効果を発動している。

 その為、設置されている魔物除けの内のいずれかが故障し機能を停止したとしても、直ちに山小屋全体の魔物除けの魔法結界が消滅することはない。


 土筆つくしはギルドで受け取った羊皮紙の内容に従って魔法石の交換を行い、雨漏りの有無や設備の損傷なども記載されている通りに確認しては、報告用の羊皮紙に記載していく。


 そして、ギルドから請け負った”山小屋の定期点検”の依頼を無事に終えた頃、大量の魔獣を手に持ったメルが集合場所である山小屋に到着するのだった。



「狩った狩ったー」


 メルはご機嫌な様子で山小屋の敷地内に入ろうとするが、魔物除けの魔法結界により拒まれてしまう。

 その事に気付いた土筆つくしが慌ててメルの元に向かうと、正にメルが結界を蹴り壊そうとする直前だった。


「ちょっ、メル待ったーっ!」


 土筆つくしの叫び声にメルの獣耳が反応すると、間一髪、繰り出そうとしていた蹴りを止め、声が聞こえた方向に視線を送る。


「あっ、土筆つくし君……何かが邪魔して通れないの」


 土筆つくしは山小屋の敷地内から出ると、メルに魔物除けの魔法結界について説明するのだった……



「そうなの? それじゃお肉持って入れないよ……」


 メルは口を尖らせて不満そうな顔をする。


「大丈夫、息絶えた魔獣なら結界は反応しないから」


 土筆つくしはメルの一撃を受けて気絶しているであろう魔獣達を見て答える。


「ここで息の根を止めたら不味くなるよ?」


 メルは食肉を美味しくするために、あえて生きた状態で捕獲しているのである。


「それも大丈夫、山小屋の敷地内には狩猟者用に血抜きする為の施設が備わってるから」


 メルは土筆つくしの説明に納得すると、狩ってきた魔獣をその場で絞めていくのだった……



 血抜き作業を終えた土筆とメルは、予定に盛り込まれていたピクニックを楽しむために、山小屋から更に進んだ先にある丘へと向かうのだった。


 風光明媚ふうこうめいびなことで知られるこの丘は、とある貴族が保有する養蜂場で飼育されている蜜蜂に似た魔物であるヴィーの餌場として厳重に管理されていて、群生している野花の中に無断で立ち入る事は許されていない。

 しかし、土筆つくし達が依頼で訪れた山小屋を経由してこの丘に向かうと、管理地との境界線を意味する柵の外側にある高台に行着く。

 その高台からは群生する野花を一望でき、咲き乱れる野花を手に取って香りを楽しむ事はできなくても、十分に自然を満喫する事が可能なのである。


「おおっ、絶景かな絶景かな」


 メルは大きく手を広げ、吹き抜ける風を体全体で感じながら何処かで聞いた事があるような言葉を漏らす。


「メル、飛び降りるなよ? 崖の下は管理地だからな」


 メルの野生が爆発して高台から飛び降りてしまうと、色々面倒な問題が発生する。


「大丈夫だよ。ご飯を置いて行くなんてできないもん」


 メルはそう言うと、土筆つくしの横に座り込んで頂戴のポーズを取るのだった。


「花より団子かよ」


 土筆つくしは小さく呟くと、鞄の中からこしらえた弁当を取り出してメルに手渡す。


「待ってましたー」


 メルは早速サンドイッチに齧り付くと、幸せそうに頬張る。


「おいおい、急いで食べると喉につかえるぞ……」

「大丈夫だひょっ」


 言ったそばからサンドイッチを喉にを詰まらせ、自身の胸を激しく叩くメルの背中を土筆が優しくさする。


「ほら……水」


 土筆つくしは持っていたコップに生活魔法で水を注ぐと、飲むようにメルの口元に運ぶ。


「あふぃふぁと」


 メルは土筆つくしからコップを受け取ると、勢いよく飲み干すのだった。


「ふう……死ぬかと思った」


 そう言いながらも次のサンドイッチを手に取るメルに呆れた表情を見せる土筆つくしだった……

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