第15話 魔女っ子と女騎士

 東の地平線から光が顔を覗かせる頃、運動着に着替えた土筆つくしは宿舎の外で地精霊ドニを召喚して石材の整理をお願いしていた。

 了解を意味する拳の突き上げをしながら去って行くドニを見送った土筆つくしは、入念に準備運動をすると、日課である鍛錬をこなす為に走り始めるのだった。


 土筆つくしが購入した宿舎は庭付きの物件として売られていたものだが、正確に表現するのであれば、広大な土地に宿舎が付いているようなものである。

 その広大な土地はメゾリカの街の南外壁を底辺とした二等辺三角形の形をしており、底辺となるメゾリカの街の南外壁は東西に約二キロメートル、南北に限っては東西に流れる川が合流する地点まで最長で四キロメートルにも及ぶ。


 言うまでもなく、土筆つくしが購入した土地は荒れ地であり舗装された道などは存在しない。外周を一回りすると言うことは凸凹した大地を駆けることを意味し、少しでも気を抜けば足を取られ転倒してしまうような劣悪な条件での走破となる。

 しかし、冒険者として生きている土筆つくしにとっては好適の環境であるとも言える。

 

 冒険者にとっての活動の場は主に街の外の世界であり、手付かずの自然に囲まれたこの世界では地ならしされた場所なんて殆ど存在しないからだ。

 依頼遂行中に森の中で運悪く魔物と遭遇し、戦闘の最中に足が取られでもすれば、それこそ命に係わる大惨事になり兼ねない。

 冒険者にとって体幹を鍛える事は、生き残るために最も重要視されるものなのである。


 土筆つくしは慌てる事もなく、適切な足場を見付けては自身のペースで走って行く。

 例えるならトレイルランニングそのものであるが、何の手も加えられていない足場に加え、この世界では標準となっている革靴を履いているのでスポーツ競技のそれとは比較にならないほど難易度は高くなっている。



 時間にして九十分ほどで宿舎に戻って来た土筆つくしは両膝に手をついて息を整えると、この宿舎を所有する者へ課せられる義務を思い浮かべながらその対策に思いを巡らせる。


 様々な条件が課せられている中で真っ先に対応すべきは、メゾリカの街の南外壁付近に生い茂る雑草の処理である。


 外壁には一定間隔毎に見張り所が設置されていて、騎士団の隊員が交代で見張り業務を行っている。

 メゾリカの街の南側は陸の孤島になっているので北側に比べて重要度は低いのだが、街の取り決めにより外壁から一定距離内の除草が義務付けられている。

 土筆が購入するまでは、この街を納める領主が各ギルドへ依頼していたのだが、今年からは土筆つくしが行わなければいけない。

 土筆つくしが自費でギルドに依頼すれば済む話なのだが、その為に必要な出費を考えると、できるなら避けたいところだ。

 勿論もちろん、この宿舎を購入するに当たって課せられる義務の説明も受けていたので、その対策も複数考えている。

 

「後でテイムする作戦を考えないとな」


 土筆つくしはそう呟くと、汗でベタベタになった上着を脱ぎ、汗を洗い流す為に中庭に向かうのだった……



 午前中は部屋の片付けや昨日購入した商品の受け取りなどで瞬く間に過ぎ去り、午後になってようやくく落ち着き、息抜きを兼ねたティータイムの最中にコルレットが訪問するのだった。


「ちわーっす。コルレットちゃん来たっすよー」

 

 土筆つくしはコルレットを迎い入れると飲み物を用意する。


「メル先輩こんにちわっす」


 コルレットは屈託のない笑顔で、満腹後のうとうとモードに入ったメルに挨拶をする。


「……あれポプリちゃんは居ないっすか?」


 周りを見渡したコルレットが土筆つくしに問い掛けると、土筆つくしは昼食を一緒に食べて部屋に戻った事を説明する。


「ポプリに用事があるなら先に済ませてこれば?」


 今日やるべき予定は午前中に終えているので、特に時間を急ぐ理由もない。


「あっ、いいっす、いいっすー。特に用事があった訳じゃないっすからー」


 土筆つくしの言葉に手を左右にパタパタと振りながら答えたコルレットは、用意された飲み物を飲み干すと立ち上がった。


「ご馳走様っす。では水精霊ディネちゃんの能力を確認しに行くっすよー」


 メルはコルレットに合わせて立ち上がった土筆つくしの仕草に反応を示すと、眠たそうに片目をこすりながら上半身を起こす。


「あれ? ……コルレットだ。何処か行くの?」


 土筆つくしはコルレットが余分な事を言い出す前に返答をする。


「ああ、昨日契約した水精霊ディネの能力を試しにちょっと外まで行ってくる。一緒に来るか?」


 メルはまだウトウトモード継続中なのか、ゆっくりと時間が流れている様子だ。


「うーん……やる事あるし今日はいいや。」


 メルは眠気が覚めて来たのか、椅子に座ったまま両腕を天に伸ばして大きく伸びをする。


「やる事? 何か言ってたっけ?」


 メルは土筆つくしの問い掛けに答えるように、伸ばした両腕の片方をそのままの流れで厨房の方へ向ける。


「昨日見付けちゃったんだよねー、あの大きな窯をっ」


 土筆つくしはメルの指し示す方向にある料理用の窯に視線を移す。


「あの大きさだったら、丸焼きが出来ると思うの」


 付き合いの長い土筆つくしは、メルが何を言いたいのかを瞬時に理解する。


「だから、お肉を狩ってくるんだよ」


 メルは目を輝かせながら立ち上がるのだった。


「そうか、なら今日の晩飯は肉だな。付け合わせを考えておくよ」


 土筆つくしはメルが西の平原でダチョウによく似た二足歩行の飛べない魔鳥ウッガーを狩に行くのだと察して返事をする。


「うん、任せたっ」


 メルは拳で胸部を叩くと満足そうな表情をする。


「そう言えば昨日リエーザさんが干し肉の原料欲しいって言ってたっけ? 食べきれない分はギルドに引き取って貰えば一石二鳥だな」


 メルの性格を知り尽くしている土筆は、さりげなく言葉を添える。


「そんな事言ってたねー。ついでにギルドの分も狩ってくるねっ」


 メルの能力を考えれば、天変地異でも起きない限り怪我をする事はないだろう。

 それよりも心配なのは、食べ切れない量のウッガーを持ち帰ってくる事である。

 帰り道に冒険者ギルドに寄って引き取って貰えれば、対価としてお金も稼げるし、食べきれなかった分を処理する手間も省ける。


「きっとリエーザも喜ぶよ」


 土筆つくしは尻尾を勢いよく振り、意気揚々としているメルを残してコルレットと共に宿舎の外へ向かうのだった……



 土筆つくしが購入した土地の敷地内、精霊魔法の効果を試すのにちょうど良いサイズの岩が転がっている場所に移動した土筆つくしとコルレットは、他愛の無い会話を交えながらも不慮の事故が起きないように安全の確認を行う。


「ここなら大丈夫じゃないっすか?」


 コルレットは精霊魔法の的にするのに適した岩を指差して土筆つくしに確認を取ると、その場でくるりと回転し神力を使って服装を変える。


「何故に魔女っ子?」


 膝丈の黒いローブに赤いリボンがアクセントになっている黒色のとんがり帽子、ちょっと大きめの銀縁眼鏡で魔女を意識しているのが一目でわかる装いである。


「魔女っ子じゃないっすよっ! 魅惑の美魔女っす」


 コルレットは身をくねくねさせて魅惑のポーズを決めるのだが、その言葉を聞いた土筆つくしは思わず噴き出してしまう。


「コルレット……美魔女って言うのは、年齢を重ねても若々しくて美しさを保っている女性って意味だぞ」


 土筆つくしに指摘され、美魔女の正しい意味を知ったコルレットの顔が見る見る紅潮していく。


「くっ……くっ殺っす」


 何処で覚えて来たのか、女騎士の決め台詞せりふとして利用される有名な言葉もニュアンスが微妙に違っていて土筆つくしの笑いが加速する。


「その台詞せりふは、魔女ではなくて騎士じゃないのか?」


 しかし、勘違いしていたのは土筆つくしの方だったかも知れない。


「黒歴史は滅せなければっす……ツクっち、記憶をちょこっとだけ消去するっすよ」


 コルレットはそう小声で呟くと、どす黒いオーラを纏った拳を振り上げる。


「おっ、おい、コルレット?」


 土筆つくしはコルレットの拳を既の所で交わすと、危険を感じて後退る。


「コルレットちゃんは本気っすよー」


 冗談なのか本気なのか分からないが、コルレットの猛攻は暫くの間続くのだった……

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